明かりを消したら守ってあげる


 寮で迎える、3回目の土曜日の朝。
 強豪校とあって、サッカー部は土日も練習がある。
 平日と同じ早朝、今朝の藤倉は自分のベッドで寝ていたのだけれど……

「あ~~~っ……」

 ジャージに着替えたところで、なぜか急に雄叫びをあげておれに抱きついてきた。

「ちょっ、どうしたの?」

 ベッドで上半身を起こしていたおれは、面食らいつつもなんとか倒れずに受け止める。
 藤倉はおれの肩にすりすりと額を擦りつけながら、

「くそぅ。大雨ならいいのに」
「え、なんで?」
「朝の部活なくなるから」
「……?」

(部活したくないってこと? サッカーに青春捧げるって言ってたのに)

「柏木と朝寝坊してみたい。気の済むまで寝て、その後も2人でゴロゴロダラダラしたい~っ」
「ああ、そういうこと」

(そっか。さすがの藤倉でも、たまにはゆっくり寝たいとか思うんだ。まぁでも、無理ないか)

「だよね。毎朝5時半起きは大変だよね」
「……や、そこじゃないんだけど……」

 納得したおれに反して、藤倉はなんだか残念そうな声で顔を上げる。

「え?」
「……いい。気にすんな」
「???」

 よくわからないけれど、藤倉はあきらめたように離れてベッドへ戻った。スポーツバッグへタオルや着替えを詰め始める。
 荷造りを終えると、バッグを背負いながら振り向いた。
 
「柏木、今日は何すんの?」
「あ、今日は出かけるんだ」
「そうなのか。買い物とか?」
「……まぁ、そんなところ」

(忍先輩と出かける、って言っても説明長くなるしな……)

「そか、気ぃつけてな」
「ありがとう。藤倉も頑張って」
「おう」

 藤倉を見送ったら、朝食の時間まで二度寝。
 そこまではいつもと同じように過ごしてから、課題を済ませ、今日は私服で11時前に寮を出た。

 その後、忍先輩と某所へ出かけて、時刻は夕方──

「ありがとうございました、先輩」
「どういたしまして。またやってみようよ。こういうのは気長に」
「はい、そうですね」

 寮まで送ると言ってくれた先輩と、門の前で少し立ち話をしていると。

「柏木?」

 背後から聞こえた声に振り返る。ジャージ姿の藤倉が、バッグを手に立っていた。

(わ、かち合った……)

 藤倉は驚いたような、やや硬い表情でこちらを見ている。
 別に悪いことをしていたわけじゃないんだけれど、なんとなく気まずい。

「藤倉……今、部活終わり?」
「……うん。そっちは、えっと……」

 藤倉の視線が、おれの隣に立つ忍先輩へ流れる。

「あ、この人は3年の小峰忍先輩。中学の時からお世話になってる人なんだ」
「はじめまして。藤倉くんっていうの? もしかして彼がルームメイト?」
「そうです。クラスも同じで」

 忍先輩がおれに尋ねたので説明する。藤倉が「どうも」と言って軽く頭を下げた。

「そっか。ゆきのこと、よろしくね」

 先輩は初対面の相手でも物怖じしない人だ。いかにも先輩らしくにこやかにそう言ってから、ポンとおれの肩を叩いた。

「それじゃ、一緒に行きなよ。また今度連絡する」
「はい。本当にありがとうございました。受験勉強もちゃんとしてくださいね」
「言われなくてもするって。じゃあな」

 苦笑しながら去っていく先輩。その姿が少し離れてから、藤倉がすぐ傍まで歩いてきた。

「……ゆきって」
「え?」

 ぼそぼそした低い声だったので、聞き取れなかったおれは聞き返す。

「あの人、柏木のこと『ゆき』って呼んでんの」
「……ああ、うん。中学の時からそうで」
「へー……」

(気のせいかな、藤倉の表情がすごく重い気が……)

 疲れてるんだろうか。動く気配もないので、おれから歩き出した。

「とりあえず入ろうよ」
「…………」

 返事がない。そんなに部活でヘトヘトなのかなと、内心では軽く焦りながら部屋まで移動した。
 中に入ると、藤倉はバッグを乱暴にベッドへ投げ置く。荒っぽい動作だ。

(やっぱり様子がおかしい)

「あの、藤倉、大丈夫? 具合悪いんだったら──」

 話しかけながら歩み寄る。ところが途中で振り向いた藤倉に、伸ばしていた手を掴まれた。

「どこ行ってたの、今日?」
「えっ……」

 真顔で問われて、ドキリとする。
 怒っているというほどじゃないけど、真剣な顔だ。
 手首を掴む力も、痛むほどじゃないけどけっこう強い。

(……なんでこんな顔)

「あの人と一緒だったんだよな? どこ行ってたの」

 もう一度聞かれて、おれは困惑しながらも口を開いた。

「地元帰って、母さんの様子見てからプラネタリウム行ってた」
「プラネタリウム?」

 藤倉の眉がスッと寄る。
 それは当然いぶかるだろう。おれがプラネタリウムなんて。

「その、忍先輩が暗所恐怖症の克服に役立つかもしれないって言ってくれて」

 『暗所恐怖症をどうにかできたら』とこぼしたおれに、協力すると言ってくれた先輩。
 受験生にそんな面倒かけられないと、最初は固辞したんだけれど……

「それくらいのこと手間でもなんでもないし、受験生にも息抜きは必要だ」

 そう押し切られて、とりあえず試しに1回行ってみようということになった。

「……あの人も知ってるんだ、暗所恐怖症のこと」
「うん。で、暗い場所での楽しい経験を積むことで、恐怖心を薄めていける場合があるってことで」

 そこまで話して、おれは苦い笑みで目を伏せる。

「……でも、30分くらいで我慢できなくなって出ちゃったんだけどね」

(明かりがたくさんある夜の街とかは平気なんだけどなぁ。星の光があっても、広くても、閉鎖空間だと思うとやっぱダメだった)

「そうなんだ」

 藤倉は波のない声で言いながら、思い出したように掴んでいた手を離した。
 おれの戸惑いは濃くなるばかりだ。
 いつもは表情も声も、大げさなくらい感情をのせてコロコロ変わるのに。
 今はずっと、何かを抑え込んでいるようで、思っていることが掴めない。

「うん……忍先輩がせっかく協力してくれたのに申し訳なかったよ」

 当惑をいだきつつも、おれは自嘲しながら思いを吐露した。

(そう簡単にうまくいくとは思ってなかったけど。ほんと、わざわざ休みに出かけてもらったのにな)

「そんな顔すんなよ。怖い思いしたのは柏木だろ」

 目線を合わせず、横を向きながら藤倉が言う。どこかすねたように、唇が少しとがっている。

「てか、別にそんな無理しなくていいんじゃないのか」
「……え?」
「わざわざ受験生の先輩付き合わせてまで、そんな頑張んなくても……」

 言葉に迷うように、わしゃわしゃと自分の髪を掻き混ぜながらそう続けた。

(頑張る、か。藤倉にはそう思えるのかな。でも、こんなの全然頑張ってるなんて言えたレベルじゃない)

 むしろおれは何もできないし、してこなかった。
 恐怖症も受け入れてくれる家族に甘えて、克服より騙し騙ししのいでいく道ばかり選んできた。
 でも、そのせいで母さんや忍先輩だけじゃなく、藤倉にも心配や面倒をかけることになって。

(だからこそ、やっと、いつまでもこのままじゃダメって思うようになったんだ)

「……忍先輩を付き合わせるのが申し訳ないっていうのは、おれも思ってる」

 おれも言葉を探しながら、ゆっくりと話し始めた。

「でも、恐怖症の克服自体は、前からやるべきだと思ってたんだよ。お医者さんにも無理は禁物、長くうまく付き合っていくしかないって言われたけど、治せるなら治したいし」
「そんな……『やるべき』なんて、そこまで気負わなくても……」

 藤倉は気遣ってくれているのか言い淀む。でもおれは、静かに首を振って、

「今も藤倉にだいぶ面倒かけちゃってるだろ。甘えてるのに調子いいかもだけど、それも改善しなきゃって思ってるんだ」

 そう話すと、藤倉は目を見開いた。詰め寄るようにこちらへ足を踏み出す。

「俺はかまわないよ、全然!」
「えっ……」
「面倒とかまったく思ってないから、俺がしたくてやってるだけだから。俺に気遣って、改善しようなんて思わなくていい」
「ふ、ふじく……」

 急に距離を詰めて早口にまくしたてられ、ついたじろいでしまうおれ。

「あ、わりぃ……」

 藤倉も我に返ったようにバツの悪そうな顔になる。

(……こういう人のいいところに、全乗っかりしてきちゃったんだよな)

 だからやっぱり、それだけの自分ではいたくない。

「心配してくれてありがとう、藤倉。でも大丈夫、無理はしないから」

 少しでも安心してもらえるように、精いっぱいの笑顔を作って告げる。

「……心配なんかじゃ……」

 藤倉は目線を彷徨わせながら、消え入りそうな声で言った。
 でもすぐ、気を取り直したように口角を上げておれを見る。

「いや、ごめん。俺が悪かったよ、頑張ろうとしてるのに水差すようなこと言って」
「……うん」

 なんだか取り繕ったように見えた。
 けれど、そんなこと追及もできないのでおれもぎこちなくうなずく。

「それより、飯食い行こうぜ。早く行かないと食堂混む」

 微妙な空気を払拭するように、明るく提案する藤倉。

(おれの気持ち、ちゃんと伝わったかな……)

 不安はありつつも、「うん」と答えて一緒に部屋を出た。