(どうしよう。夜が来ちゃう)
おれは内心、とても焦っていた。
どうにかしないと。でも、どうしたらいいのかわからない。
「風呂けっこう広かっただろ? ちなみに風呂場の隣にあるのがランドリールーム」
(大丈夫かな。耐えられるかな)
「あ、トイレは廊下出て左の突き当たりな。知ってた?」
(いや、『かな』じゃなくて耐えるしかないし。どうしようとか言ってる場合じゃないし)
「柏木に選択肢なくて悪いけど、ベッドはそっち使って。ボロい建物だし、窓際ちょっとだけ隙間風あるんだけど、気になるほどじゃないから」
目の前ではルームメイトになる男子が丁寧に説明してくれている。
でも、その声も耳をすり抜けていく。
「22時半から点呼があって、23時に消灯な。23時に寝ろってわけじゃないけど、電気は消さないとダメなんだ」
その言葉だけは、素通りしないでズガンと頭に突き刺さった。
(そうだよね。消さないとダメだよね)
「……どうしよう」
「え? 何か言った?」
小さなつぶやきを聞き逃したルームメイトが、腰を屈めて尋ねてくる。
でもおれは、何も返事できなかった。
(どうしようどうしようどうしよう。やっぱり不安しかない、怖い!)
──おれ、柏木雪人はとある私立高校に通う2年生。
大学受験もだけど、運動部の活動に力を入れている学校だ。
そんなわけで、スポーツ推薦の生徒や一部の希望者が入れる寮がある。
おれは今まで自宅通学だったのだけれど、諸事情で6月の中旬という半端な時期に急きょ入寮することになった。
今は入寮初日の、夕食と入浴を済ませて部屋に戻ってきたところ。
2人部屋で、ルームメイトとなる藤倉浩斗くんが、色々とレクチャーしてくれている。
(ごめん藤倉くん、あんまり聞けてなかったけど)
「なんか柏木、顔色悪くない? 体調悪い?」
返事しないおれを、藤倉くんは心配そうに覗き込んできた。
おれたちは同じクラスだから、一応顔見知りだ。でも今年初めて一緒になったので、まだあまり話したことはない。
ややひっこみ思案で人見知りがあるおれは、軽くたじろいで身体を引いた。
「だ、大丈夫」
(体調は、大丈夫です)
「そう? てか、俺たち同じクラスなのにあんまり話したことなかったよな」
安心したように頬をゆるめた藤倉くんは、おれが思っていたのと同じことを言った。
「俺の名前、覚えてくれてる?」
「もちろん。……藤倉浩斗くん」
「あ、よかった。藤倉でいいよ、柏木雪人くん」
藤倉くん改め藤倉は、「名前『と』終わりなの一緒だな」と付け加えてニカッと笑う。
「これからは同室だし、仲良くやってこうぜ」
(爽やかだなぁ)
憂鬱な気持ちも一瞬忘れて、ついその顔に見入った。
藤倉はまさにスポーツ推薦で入学した、サッカー部のエース。
──ということを、親しくもないおれが知っているほど存在感のある生徒だ。
背が高くて肩幅も広くて、172㎝しかないおれよりひと回り大きい。
性格は明るくてにこやかで、見るからにスポーツマン好青年。
顔もかっこいいと思う。きりっとした眉が男らしくて、でも笑うと目が細くなってちょっと幼い印象にもなる。
だから大きくてもいかつい印象はない。人懐っこい大型犬という雰囲気だ。
(太陽みたいな人だよな。ああ、この明るさで消灯後の部屋も照らしてくれたらいいのに)
そんな叶わない望みをいだきながら、おれは壁の時計に目をやった。
21時55分。覚悟を決める時間まで、もうあと1時間と少し。



