「今回オレ、頑張ったんすよ!」
「うんうん、そうだね。よかったな、単位認定」
「あざっす! 環さんが励ましてくれたおかげっす」
「いやおまえが頑張ったんだって。ほら、水も飲めよ」
チェイサーといっしょに、本日何杯目かの酒が運ばれてくる。チャイナブルーは俺、ペールエールは滝川。
「……ねえ、かっこよすぎっすよ、環さん」
ふと、滝川がこぼした。こっちを見ずに言ったその声が、やけに大人びて聞こえる。
……やばい、今日は俺、酔うのが早いかも。
「なに、かっこよすぎって」
謎に動揺してしまった自分をごまかすように、俺はニヤニヤしながら滝川をからかってみた。
「そんなに褒めてもなんにも出ないぞー」
「そういうんじゃないっすけど……」
滝川の耳が赤くなる。俺より背が高くて、陸上競技で鍛えられたいい身体を持っているのに、滝川はこういうところが本当にかわいいと思う。
「けど、……なに?」
残りちょっとだったカクテルを飲み干して、俺は頬杖をついて滝川を見る。
すると滝川はますます眉を八の字にしてしまう。
「なにって……、そういうとこっすよ! オレも、チャイナブルー飲みます!」
その場にふさわしくない体育会のノリで注文する滝川に、俺は安心する。
いつもの滝川だ。俺の知ってる滝川。
出会った頃から変わらない、まっすぐな滝川だ。
「……なあ、さっきの、詳しく教えてほしいんだけど」
俺が促すと、滝川は既にピンク色に染まった首元に手をやりながら、
「なんでそんなに掘り返すんすか? もういいでしょ」
と話を切り上げようとする。その様子に、俺は少し意地悪がしたくなってしまう。
「よくない。……ねえ、俺、そんなにかっこいい?」
何言ってんだ俺。でももう、口から出ていった言葉は取り戻せない。
そして、俺は滝川の言葉に、期待した。
「……もう……かっこいいっすよ」
しょうがなさそうに滝川が言った。めちゃくちゃ照れている赤い頬が、かわいくてしょうがない。
「ていうか、環さんてめっちゃきれいなんすよ。言われません? めっちゃモテるっしょ?」
「うーん……」
モテてたらこれまで恋愛に苦労してないんだけどな。なんて言えなくて、俺は曖昧にほほえんでみせた。
「『かっこいい』かぁ……それはおまえこそ、言われるでしょ? 女が切れたことがないタイプっぽい」
なんでこんな話してんだ、俺たち。
ほとんど俺がけしかけている状況とはいえ、今まで触れてこなかった話題が展開されていて、自分でも着地点がわからなくて胸騒ぎがした。
もうこの辺が撤退ラインじゃないかと俺は思いながらも、会話を止められなかった。
そのときの俺は、滝川の恋愛事情が気になった。
滝川は、俺が頼んだナッツをかじりながら返してきた。
「それは、環さんもそうなんじゃないすか……? だいたいオレら、知り合ってからお互い彼女いないのわかってんじゃないすか」
「あー、まあ、そうか……」
そうだ。俺達、あの学園祭で出会ってからずっとこんな感じでつるんでる。俺はあらためて思い出した。
俺、ここ1年ちょっとの滝川をずっと見てきた。そして滝川も、同じだけ俺を見ているんだ。
「……てか、もうこの話、やめましょ!」
滝川が仕切り直したいかのように言って、俺をまっすぐ見た。
「もうオレの負けです。あのね、さっき店入ってきたとき、オレびっくりしたんすよ。
ほんと言うとこれが初めてじゃないんすけど、オレ、前からすげーなって思ってたことがあって」
「『すげーな』って? え、俺が?」
「うん。……環さんの後ろ姿がね、……あの、オレもう酔っ払っちゃってるんで! ほんと、そういうていで聞いてほしいんすけど!」
妙に言い訳めいたことを並べたあと、滝川は、赤く染まった耳をさらに赤くしながら、絞り出すように言った。
「……環さんの後ろ姿が、オレ、……すっげー色っぽいなって、思っちゃってて……」
その言葉を聞いた途端、俺の腰の奥の方が大きく疼いた。
じわっと、下半身から心臓に、心臓から全身に、甘い痺れのような感覚が走る。
なんだこれ。
俺は、自分の体の変化に自分の理解が追いつかない感覚を、そのとき初めて味わった。
「……えーっと……あ、ありがと、ね……?」
何とコメントするのが正解なのかわからなすぎた。
「いや、……すいません、変なこと言って……」
滝川は本当に申し訳なさそうにそう言って、グラスに残ったチャイナブルーをぐいっと飲みきった。
「おい、おまえペース考えろよ」
「大丈夫っす」
大丈夫じゃないだろ、と俺は思う。
滝川は次にスコッチをロックで頼んだ。さすがにそれはちょっと、と思った俺は、チェイサーも追加した。
「環さんさ、あのとき……女装したときって、あれマジで剃ったんすか? 脚、ツルツルだったじゃないすか」
不意に尋ねられると俺も戸惑った。今そんなことを聞かれるなんて、思ってもみなかった。
「あー、あれね。前にちょっと、脱毛行ってたんだよね」
言いながら、俺の頭には苦い記憶が一瞬蘇る。
それを知るはずもない滝川は、ふーん、と言って、突然両手で自分の顔を覆った。
「あー、オレ、早く大人になりてぇ……」
「え、なに? 急だな」
それは俺が今まで見たことのない滝川だった。胸がざわつく。今日はどうしたんだろう。感情が忙しい。
「環さん、自分のこと、わかんなすぎっすよ。オレ、心配っす」
「なんでおまえがそんな心配すんの。てか、今日はあれだろ、おまえの単位が間に合ったお祝いだろ。
……いや、ごめんな、俺が変な話させちゃった」
そして俺はおまえに、言わなきゃいけないことがある。
そう切り出したいのに、なかなか言葉にできないのは、やっぱり俺だ。
「単位はー、大丈夫なんです! それよりオレは、早く大人になって、環さんに追いつきたいんっす!」
「おまえ飲みすぎだよ、何言ってんの」
「なんで脱毛とか行ったの」
「……え……?」
不意打ちだった。
おまえも行きたいの? なんて冗談ぽく返せるような雰囲気じゃなくて、俺は口をつぐんだ。
滝川が、かすれたような声で言った。
「環さんに、そうさせたやつ、誰なの」
「……いや、これは別に、俺が行きたくて」
「そうかもしんねーっすけど!」
「あー! やめやめやめ! おまえ酔ってるよ! もう飲むな!」
滝川の言葉を遮って、滝川のロックを奪い、ぐっと飲んだ。さすがに喉がかあっと燃える。50度は越えてそうだ。
少し、視界がぐらついた気がした。
「オレの酒じゃないっすかぁ」
「うるせぇ。水でも飲んでろ、酔っ払い」
「環さんだって酔っ払いっすよ」
ちょっと怒ったような声音の滝川が、なんだか涙目に見えて、俺は無性に滝川が愛しくなってしまう。
滝川、かわいそうに。俺とずっと一緒にいるから。俺なんかを、かっこいいとか、きれいだとか、色っぽいとか、そういう価値観になっちゃって。
……おいおい、何を考えてるんだ、俺。
一気に混乱してきた頭で、俺もロックを頼み、でも、と思った。
でも、悪い気はしない。ただ、こいつのそばにこのままでいることが、できなくなるだけだ。
スコッチを、水みたいな速度で飲んだ。煙くせぇ。けど今日はもっと飲めそう。
「おまえ好きな子いんの」
俺は自分が何を言いだしたのか、もうわからない。滝川が戸惑っている。
「あー、……います、ね。うん、いる」
「……ふーん……かわいい? キレイ系かな」
「えっと……両方っす」
「ふふ、両方? 贅沢だなあ」
俺は再び、ぐびっと飲む。炎天下のアイスみたいにどんどんとろけていく視界の中に、切れ長の眼を見つけた。
いやいや、おまえのほうが全然かっこいいじゃん。おまえこそ、なんでわかんないんだ?
「俺、おまえに恋しちゃってたら、よかったのにな」
