狂犬と、花開く恋。

 高校二年に上がった始業式の朝。朝月楓は校舎裏に来ていた。
 もちろん愛の告白をするためではない。況してや、ヤンキーとの決闘が待っているわけでもない。
 ー花に水をやるためだ。
 友達のいない楓の趣味は、自然と触れ合うことなのである。
 高校に入ったばかりの頃、お昼を食べるところを探していたら偶然ここを見つけた。芝生がふさふさと生い茂り、木漏れ日が心地よい校舎裏は、すぐに楓のお気に入りの場所となった。そして、放置されていた花壇に勝手に種を蒔くくらいには私物化していたのである。
 楓は、家から持ってきたじょうろに水を汲み、花々に近寄った。
 今の季節はネモフィラを育てている。爽やかな青色に乗った露が朝日を反射して、キラキラと輝く様子はそこだけ別世界みたいだ。
 楓はほくほくしながら校舎に戻ろうとー
 ードガッッ!
 突然、平和なこの場に似つかわしくない衝撃音が響いて動きを止めた。
 続いてバタバタと走り去る音。
 聞こえたのはすぐ近くである。
 (ほんとに決闘してるヤンキーいたんじゃ……)
 楓は恐る恐る校舎裏の隣にある体育館倉庫に歩み寄った。開けっぱなしにされたドアからひょい、と覗き込む。
 「誰もいない……」
 すぐ引き返そうとしたその時である。視界に黒い物体を捉えたのは。
 「ひっ」
 それはどう見ても人だった。しかも負傷している。意識はあるようで、片腕を抑えながら跳び箱の横に座り込んでいる。
 彼は楓の声に反応し、顔を上げた。その鋭い視線にギン、と射抜かれ楓は逃げ出してしまいそうになる。
 そもそも人と関わるのに慣れていないのに、よりによってこんな、一番世界線が違う人と向かい合っているのだ。
 楓はそろそろホームルーム始まるから……と心の中で言い訳をして立ち去ろうとした。
 ……立ち去ろうとしたのである。
 だが、どうしても見過ごすことができなかった。
 だって、顔も傷だらけで絶対に痛いだろうからだ。なのに、本人は全然痛そうじゃないから。
 楓にはそれが、無性に悲しく思えてならなかった。
 多分、おそらく、この人は自分で手当をしようとはしないだろう。医者に行くとも思えない。
 楓は自分のおせっかいな性を呪った。こうなりゃ、やることは一つである。
 ひとつ、大きく深呼吸をして、楓はズンズンとその人に歩み寄った。
 「ご、ごめんね」
 染みるかも、の意味である。
 「……?」
 楓は緊急ポーチを取り出した。一体どこに入ってたんだよというサイズであるが、そんな疑問はお門違いだ。
 ティッシュに消毒液を吹きかけ、そっと頬にあてがう。優しく汚れを拭き取り、最後に可愛らしいニコちゃん柄の絆創膏をぺちっと貼った。
 楓ができるのはこのくらいであるが、少しでも傷が治るといいと思う。
 「う、腕も見せて」