春風の声


「昨日兄ちゃんが俺の漫画勝手に友達に貸しててさ、まじでありえんでしょ」
「やべー俺、弟に同じことしてるわ」
「おまえまじで重罪だからな」

休み時間、いつものように何気ない話題で盛り上がるクラスメイトたちの中で、俺はかなり緊張していた。
大体こういった兄弟の話になると、その場にいる全員に兄弟の有無を確認する流れになると相場が決まっている。

これまでの人生、正直に話したことも何度かあったが、大体気まずい空気になるのでいつからか適当にはぐらかすようになっていた。

だけど今は、藤崎のおかげで兄の障害を少しずつ受容できてきている気がする。
今の俺なら勇気を出して正直に言えるかもしれない。
だけどやっぱり傷つくことも怖い。どうする俺...どうする...

「オカンは?何人兄弟?」
きた。普通の人にとったらなんてことない話題なのに、激しく動悸がする。

「うちは兄ちゃんと2人」
言う直前までかなり迷っていたが、自然と口をついて出た。

「え!意外すぎ!しっかりしてるから長男かと思ってたわ〜」
「オカンの兄ちゃん、どこの高校行ってんの?」

ここらからだ。勇気を出せ、俺。
事実を淡々と伝えるだけだ。藤崎みたいに。

「うちの兄ちゃん知的障害者だから、家の近くの特別支援学校に行ってる」
なるべく何でもないことのように、軽く、淡々と言えた気がする。たぶん。

「あ、そうなんだ...」
やはりどこか気まずい空気になり、冷や汗をかき始めた時「だからか〜!」と羽山のバカデカい声が響く。

「え、なに、羽山うるさい」
誰かがすかさずツッコむ。

「いや、だからオカンって誰にでも優しくて、こんなに包容力があるんだなと思ったんだよ」

羽山の発言を皮切りに、クラスメイトたちが口々に話し出す。
「たしかに!この年齢にしてはやたらと落ち着いてるのも納得だな」
「今までいろいろ苦労してきたんだな」
「優しさレベルが普通じゃないもんな」

おそらくこのまま気まずい空気で終わるだろうと思っていたので、予想だにしない展開に頭がなかなか追いつかない。

俺、今正直に兄ちゃんのこと話して、みんなそれを明るく受け止めようとしてくれてる?
鼻がツンとしてきて慌てて涙をこらえる。

「オカン何泣きそうになってんの〜」
「お〜泣け泣け」

兄ちゃんのことを話そうとすると、なぜか勝手に涙が出てくる。
我慢したが結局堪えきれず、泣きながら感謝する。

「みんな、ありがとう」
「何がありがとうだよ。よしよし」
「なに泣いてるのオカン〜かわいい」
「かわいすぎ、保護しよう」

クラスメイトたちに抱きしめられ、いつものごとく揉みくちゃにされながら、また一つ自分の中で大きな一歩を踏み出せた気がした。

理解されないだろうと勝手に決めつけて怖がっていたけど、みんなこんなにも優しいんだ。
俺が今まで怯えていた視線や気まずい空気の中には、なんて声をかけるか気遣ってくれていた人も、もしかしたらたくさんいたんじゃないのかな。

ずっと周りからジャッジされていると思っていたけど、最初から理解されないと決めつけてジャッジしていたのは俺のほうだったんだ。


その日の放課後もいつものように藤崎と帰っていた。今日あった出来事を早く話したくて仕方なかった。

「あのさ、今日クラスで兄弟の話になって、俺思い切って兄ちゃんは知的障害者だって言ったんだ」
「うん」
「気まずい空気で終わるだろうなと思ったんだけど、みんな明るく受け止めてくれた。まぁ羽山が明るい雰囲気に持っていってくれたんだけど」
「うん」
「藤崎があの時、兄ちゃんに普通に話しかけてくれて、次の日も兄ちゃんのこと普通に聞いてくれただろ。それがあって、俺、今日も勇気出せたんだ。本当にありがとう」

「ううん、三谷が頑張ったんだよ」
優しい笑顔でポンポンと背中をさすられて、また泣きそうになる。
その後は泣き笑いみたいな変な顔で、いつもみたいに何でもない話をしながら帰った。