羽山と前後の席になった縁から、あれよあれよとグループに巻き込まれ、賑やかな毎日を過ごせていることは本当に幸せだ。
それに、藤崎という心から尊敬できる友達と仲良くなれて、俺は本当になんて幸せ者なんだと正直なところ舞い上がっていた。
そうして幸せを噛み締めていた矢先、事件は起こった。
その日はちょうど兄の誕生日で、家族みんなで食事に来ていた。
「あれ?三谷?」「藤崎...」
店内のソファーに座って家族と順番待ちをしていたところ、食べ終わってこれから店を出るであろう藤崎と遭遇した。
高校からはかなり離れた店だったので、まさか友達に会うとは予想もしておらず、俺の中で一気に緊張が走る。
だが、そんなこととはつゆ知らず、隣では兄が「だれ?だれ?」と無邪気に肩を叩いてくる。
兄のことを友達に話す覚悟など全然できていなかったので、若干パニックになり、冷や汗をかいて固まる。
どうしよう、どう思われているだろう。
整理のつかない頭で、マイナスなことばかり考えてしまう。
その時、春風のように暖かく、優しい声が俺の心をスッと通り過ぎた。
「初めまして。冬夜くんの友達の藤崎春誠です」
思わず顔を上げると、藤崎が兄をまっすぐに見て挨拶をしている。まるでなんてことないみたいに。まるで兄が普通の人みたいに。
「はるま?はるま?」
自分の名前と似ていることが気になるのか、嬉しそうに兄が繰り返す。
「はい、春誠です。三谷のお兄さん?」
「あ、うん、そう。兄ちゃん。春陽っていうんだ。名前が似てるからそれで...」
「はるま?はるま?」
「はい、春誠です。名前似てますね」
何度も同じ言葉を繰り返すのに、何度でも優しい笑顔と声で応えてくれる。
「冬夜がいつもお世話になっています」
こちらのやりとりに気づいた両親と祖母が藤崎に声をかける。
「こちらこそ、三谷くんにはいつも仲良くしてもらっています」
「冬夜が話していた素敵なお友達ね。これからも冬夜をよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
想像を遥かに超える藤崎の神対応に、頭と心の処理が追いつかず、困惑している間に家族と藤崎が言葉を交わす。
「三谷、そろそろ行くね。また明日。皆さんもありがとうございました。失礼します」
支払いを済ませたであろう藤崎のご両親が合流し、会釈をしてあっという間に行ってしまった。
「本当、冬夜が言っていた通りのとっても優しい子ね〜」
「あんなにいい子はなかなかいないね」
「それに本当、すごく綺麗な子だったわね」
家族たちのほのぼのとした会話を聞いて、遅れてじわじわと胸が温かくなる。
なんだこれ。なんだあれ。かっこよすぎるだろ。
今までからかわれたり、気まずそうにされることはあっても、あんな風に真っ直ぐ兄の存在を受け止めて、兄本人に話しかけてくれる人はいなかった。
藤崎の人柄は分かっていたつもりだったが、俺のちっぽけな想像を遥かに飛び越えてくる強い優しさだ。
鼻の奥がツンとしてきて、慌てて明日の授業のことを考えた。
次の日、昨日の話になるだろうなと少しだけ緊張しながら靴を履き替えていると、藤崎が来た。
「三谷おつかれ。昨日すごい偶然だったね」
「おつかれ。ほんと、びっくりした」
「三谷の家族に会えて嬉しかったよ」
「うちの家族も藤崎のこと優しい子だってずっと褒めてたよ」
藤崎の安心感はすごい。先ほどまでの緊張はすぐになくなり、スムーズに会話ができる。
「うれしい。春陽くんって何年生なの?」
「一つ上だから、今は二年生」
「そうなんだ。一つしか違わないんだね。どこの学校に通ってるの?」
「家の一番近くにある特別支援学校。障害を持ってる子たちが通う学校なんだけど、そこに行ってる」
藤崎があまりにも普通に聞いてくれるので、こちらもすらすらと話せる。
兄のことをこんな風に堂々と、当たり前のことように人に話したのは初めてだ。
込み上げてくる感情にグッと胸が詰まりそうになる。
あぁ、そうか。俺の心はずっとこうありたくて泣いていたのか。
兄のことを恥ずかしく思ったり、気まずく思ったり、コソコソ隠したりせず、こうやって普通のこととして話してみたかったんだ。
「また三谷のご家族にお会いしたいな」
「...あのさ、もしよかったら今度泊まりで遊びにきてよ」
口からスルッと出てきた言葉に自分でも驚く。
「本当?嬉しい。絶対行く」
藤崎が本当に嬉しそうな笑顔でそう言うので、また泣きそうになる。
言葉が続かない俺に、藤崎は何も言わなかった。
藤崎の沈黙はとても温かく、これまでの全ての痛みに寄り添ってくれているようだった。
