さて、高校に入ってから初めてのイベントだ。
と言っても、うちの高校の遠足は毎年登山をすることで有名なので、特に楽しみということはない。むしろ行きたくない。
大型バスに乗って山のふもとまで移動し、わざわざ山に登らされる。それも、クラスメイトたちが先輩から聞いた話によると、登りやすい遊歩道ルートではなく、かなり本格的で険しい登山ルートを進むらしい。
運動神経の悪い、ただの帰宅部の俺は付いていけるのだろうか。
グループのみんなは運動部なので、きっとハイペースだし、おそらく途中で「俺を置いて先に行ってくれ」とお願いする展開になるだろう。
まだ始まってもいないのに、ボッチ登山確定だとわかる。憂鬱な気持ちで、遠足のための荷物を準備する。雨、降ればいいのに。
「オカンこっちだよー!」
昨夜の雨乞いも虚しく、気持ちのいい晴天で当日を迎えてしまい、始まる前からげんなりした顔で合流する。
「オカンめっちゃテンション低いじゃん」
「俺おやついっぱい持ってきたから餌付けしてあげるよ」
「なにその言い方...全然嬉しくない...」
バスに乗り込み、みんないよいよだとワイワイ盛り上がる。
「オカン帰宅部だけど大丈夫そ?」
「いや、登る前からわかる。絶対に無理だから俺のことは置いて行ってくれ」
「置いて行かないってー!」
「そうだよ、おんぶしてでも連れて行ってあげるよ」
「優しさが仇になって滑落しそう...」
しばらくバスに揺られ、いざ到着してみると最初は遊歩道だったので楽勝だった。
こんなもんかとみんなで楽しく話しながら調子良く登っていたのも束の間、突然明らかに険しいコースが現れる。
これか。ここからが始まりだったのか。
最初はクラスごとにスタートしたが、抜かす人と抜かされる人がいて、だんだんとクラスが入り乱れてくる。
「オカン大丈夫?」「結構きついね」とみんな優しく声をかけてくれたり、手を引っ張って助けてくれていたが、やはり運動部のみんなについていくのが難しくなってきた。
みんなにこれ以上迷惑はかけられないので「頂上で会おう」とカッコよく言って、諦めて自分のペースで登ることにした。
騒がしい奴らが一気にいなくなったので、なんとなく寂しい気分になる。
それにしても、普段の運動不足がたたって、本当にきつい。
これ、最終的に一番後ろを歩いてる先生と合流するんじゃないのか...
あまりにも次々と抜かされていくので、そんなことを思いながら登っていると、嘘みたいな難所にぶち当たる。
みんな手を引っ張り合ったり、なんとか自力で登ったりしているが、俺の運動神経では自力で登り切る自信がない。詰んだ。
その時、後ろから「三谷!」と名前を呼ばれる。
藤崎だ。まだこんなに後ろにいたんだ。
「うちのクラス、スタートが遅かったから、三谷と落ち会えると思わなかった。ラッキーだ」
爽やかな笑顔でそう言われて、疲れ果てていた気持ちが癒される。
藤崎が手伝ってくれて、どうしようかと困り果てていた難所もなんなく通過できた。
「三谷は友達とはぐれたの?」
「はぐれたっていうか、俺がみんなのペースについていけなくて、先に行ってもらった」
「そういうことか〜」
「藤崎は?友達と歩かなくていいの?」
「うん、僕は特に決まった人と歩いてなくて、一期一会みたいな感覚でマイペースに歩いてる」
なにそれ、かっこいい。藤崎ぐらい有名になるといろんな人から声をかけられるだろうし、たしかに一人寂しく歩く場面は想像できない。
「せっかく会えたし、頂上まで一緒に行こうよ」
「俺、めちゃくちゃ遅いけどいいの?」
「もちろん。ペース合わせるよ」
急に心強い味方を得たような気持ちになった。
みんなにはかっこつけて頂上で会おうなんて言ったけど、やっぱり誰かと歩いている方が楽しいし、安心する。
藤崎と歩いている間にもどんどん抜かされ、いつの間にかかなり後ろのほうになったようで「もうすぐで頂上に着くからがんばれ〜」と後ろから励ます先生の声が聞こえる。
「はーーー!ようやく着いた!」
「三谷、本当にがんばったね」
藤崎に笑顔で頭をよしよしされ、なんだかくすぐったいような気持ちになる。
「藤崎が一緒に登ってくれたからだよ。本当に助かった。ありがとう」
「僕も三谷と登れて楽しかったよ」
そんな会話をしていると、遠くから「おーい!みんな!オカンやっと来たぞ!」と聞こえる。
みんながワラワラと集まってきていつものように揉みくちゃにされる。
「オカン、藤崎と一緒に登ってきたの?」
「俺たちが見捨てたばっかりに...」
「藤崎くん、オカンの面倒見てくれて本当にありがとう」
「保護者かよ」
藤崎も面白そうに笑っている。
「じゃ、1組はあっちで集合だから、またね」
「うん、本当にありがとう」
手を振り合って解散する。
「オカンが藤崎と仲良いってマジだったんだな〜」
「マジだよ。まだ疑ってたの」
「いやだって、あの藤崎春誠だからさ〜」
「登山した後なのにイケメンだったよな」
「それな」
「てかオカン、遅すぎて遭難したかと思ったわ」
「まじで。結構ガチで心配してた」
「羽山が探しに行く?とか言ってさ」
「ごめんごめん。ほぼビリだったから。これが帰宅部クオリティだよ...」
その後はクラスごとに点呼を取り、見晴らしのいいところでお弁当やおやつを食べて休憩した。
「オカン疲れたでしょ〜」
「下山するために体力を回復させなさい」
朝笑い飛ばした餌付けしてあげるという冗談が現実になり、みんなからあれもこれもと食べさせられた。
もはやみんなのほうがオカンらしい。
心配していた下山だったが、登ることに比べると体力の消耗も少なく、クラスメイトたちが手を掴んでくれたり、ペースを合わせてくれたおかげで遅れることなく下りてこられた。
藤崎のクラスとはスタートが全然違う上に乗るバスも違うので、登頂後にバイバイしたきり、もう会えないまま遠足は終了した。
しかし、これが毎年あるのか...工場見学とかにしてくれたらいいのに...
ひとり心の中でぼやきながらも、苦手なイベントが一つ、思いがけず楽しい形で終わってホッとした。
