「三谷くん」
下駄箱で靴を履き替えている時に誰かに声をかけられ、振り向くとなんと藤崎春誠だった。
下校中の一件以来、勝手に尊敬の念を抱いていたので、びっくりしすぎて凝視した。
なんで俺の名前を知っているんだ?
「藤崎くん...だよね?」
「うん、藤崎春誠です。はじめまして。ごめんね、急に声かけて」
「三谷冬夜です。全然いいけど、何で俺の名前...」
「羽山に聞いたんだ」
羽山は俺が高校で一番最初に仲良くなったクラスメイトだ。顔が広く、クラスでも目立つタイプなので、藤崎春誠と友達だと言われても頷ける。
「友達になりたいと思って声をかけたんだけど、迷惑じゃなかった?」
「まさか!迷惑なわけないよ」
あまりにも謙虚すぎるので、慌てて否定する。
「よろしく。藤崎でいいよ」
「俺も三谷でいい。えっと、一緒に帰る?」
「うん、帰ろう」
藤崎が嬉しそうに笑った。
「三谷のこと前に見かけたことがあって、ずっと友達になりたいと思ってたんだ」
一方的に尊敬していた人物から友達になりたいと言われ、気持ちが上ずる。
「俺も藤崎のこと知ってたよ。新入生代表挨拶してたでしょ」
「そうそう。覚えてくれてたんだ。うれしい」
覚えているに決まっている。
それに、下校中の一件は俺の人生を救ってくれたと言っても過言ではない。
「そんなにかっこいいんだから覚えてるよ」
いろんな意味を込めて言っておいた。
「そうだ、三谷の連絡先教えてくれる?」
「あ、うん」
慌ててスマホを取り出して、連絡先を交換する。
「よし、これでいつでも連絡とれるね。もしよかったら、明日からも待ち合わせて一緒に帰らない?」
藤崎があまりにも眩しい笑顔でそう言うので
「え⁉︎いいの⁉︎」と、ただのファンのような反応をしてしまった。
「もちろん。明日から帰るのが楽しみになるよ。また連絡するね」
「ありがとう。俺も連絡する」
嬉しくてホクホクした気持ちになり、スマホを宝物のように握りしめた。
全く違う路線だったので、駅の分かれ道で解散した。
電車に乗ってからも、この奇跡のような一連の流れを一人思い返しては、喜びを噛み締める。
クラスの友人たちはみんな部活があるので、一緒に帰れる友達ができて純粋に嬉しい。
しかも、相手は憧れていたあの藤崎だ。
「ただいま」
「冬夜おかえり、冬夜おかえり」
家に帰るといつものように兄が飛び跳ねながら、繰り返し声をかけてくる。我が家の日常風景だ。
「おかえり。もうすぐごはんできるわよ〜」
「ありがとう」
俺は家からかなり離れた高校に通っているため、帰宅部でまっすぐ帰ってきてもちょうど晩ご飯の時間くらいだ。
「冬夜、学校は楽しかった?」
ごはんを食べながら、いつものようにばあちゃんが確認してくる。
「うん、楽しかったよ。今日新しく友達ができた」
「へえ、どんな子?」
父と母まで興味津々といった様子で聞いてくる。
「新入生代表挨拶するくらい優秀で、今までに出会ったことがないレベルのものすごいイケメン。しかもめちゃくちゃ優しくて、前にもみんなに笑われてたパーキンソン病のおじさんのことを庇ってて、それがすごいスマートでかっこよかったんだよな〜」
友達になれた高揚感も相まって、とても誇らしい気持ちで家族に自慢する。
「友達?友達?」兄が嬉しそうに繰り返す。
「うん、友達」
「それは素敵な友達ができたね。また家にも連れていらっしゃい」
「ほんとね、ぜひお会いしたいわ」
俺が珍しく饒舌に友達のことを話すので、みんな嬉しかったらしい。
「冬夜のお友達、会ってみたいわね〜」
「友達、来る?友達、来る?」
しかし、家族が盛り上がる中、俺は先ほどの饒舌さとは打って変わって、曖昧な返事をしてはぐらかした。
実は、揶揄われるのが怖くて、兄のことを自分から友人に話した経験がほとんどない。ましてや、家に呼んだことなど一度もない。
藤崎は差別をするような人間ではないとわかってはいるが、それでも喜んで誘おうと思えるほど心は単純じゃなかった。
兄のことを打ち明ける勇気が俺にはまだない。
