「藤崎春誠やべーな」
「あの見た目で頭もいいとかずるいって〜」
「ほんとそれな。しかも運動神経までいいらしいから」
「まじかよ...俺にも何か分けてくれ」
下駄箱で靴を履き替えながら、クラスメイトたちが口々にぼやく。
新入生代表挨拶をしていた藤崎春誠があまりにも見目麗しかったので、その話題で持ちきりだ。
端正な顔つきにスラッとした長身。成績優秀で運動神経抜群、さらには人柄も素晴らしいと中学生の頃から有名らしい。
「天は何物も与えすぎだろ」
「人生楽勝じゃん」「な〜三谷〜」
クラスメイトの一人に肩を組まれたので、
「まぁでも、血の滲むような努力をしてるんだろ」と何となくぼやき返しておいた。
そのまま数人で駅に向かって歩いている時、後方でワッと大きな笑いが起こった。
「なにあの歩き方」
見ると反対側の歩道で不自然なくらい小刻みに歩いているおじさんがいる。時々立ち止まって、つんのめるようにまた歩き出す。
笑いは波のように広がり、こっちのグループまで押し寄せる。
「さすがに小股すぎじゃね?」「不審者?」
歩き方を真似するやつとそれに釣られて笑うやつ。
まただ。自分が笑われているわけでもないのに、どうしようもなく心が痛くて、動悸がする。
どうかあのおじさんに聞こえませんように。どうかあのおじさんが傷つきませんように。
そう心の中で祈っていた時、後方からよく通る声が聞こえた。
「パーキンソン病かもしれないね」
記憶に新しいのですぐにわかる。藤崎春誠の声だ。
「パーキンソン?」
周りが一気にハテナを浮かべる。
「体が震えたり強張ったりして上手く動けなくなる病気だよ」
藤崎がそうはっきりと丁寧に説明すると、嫌な笑いは引き潮のように引いていった。
こちらのグループもどこか気まずい空気になり、誰も笑わなくなった。
すごい...関係のない俺まで救われたような気持ちになり、安堵のため息をついた。
「はー疲れた」
家に帰るなり、着替えもせずにバタンとベッドに倒れ込む。
「かっこよかったな...」
俺もあんな風に言えばよかったのか。
事実を淡々と伝える藤崎春誠を思い出し、これまで差別にぎこちなく同調してきた自分を恥ずかしく思った。
だけど、あんな風に自然と立ち振る舞うのがどれほど難しく、勇気のいることか。
自分には簡単にできそうもないので、余計に憧れる。
そして、パーキンソン病という理由があることを知ってすぐに笑うのをやめた同級生たち。
俺にとってはそれもまた意外で、新しい発見だった。
みんな知らないから面白がったり眉を顰めたりするだけで、理由を知っていたら笑えないのか。
たったそれだけの事実がストンと胸に落ち、視野が広がったような感覚になった。
俺は兄ちゃんがいたから笑われる痛みを知っているんだ。そう思うと、苦しかった記憶も誇らしいものになっていくような気がした。
それに、藤崎春誠の毅然とした態度は、俺が長年抱えてきた周りへの怒りも、羞恥も、怯えも、全てを洗い流すような清々しさだった。
