あれから学校ではたまに「俺に惚れるんじゃねーぞ」程度のブラックジョークをかましてくるやつもいたが、そういう時は羽山たちが決まって「願い下げだバーカ」「オカンにも選ぶ権利がある」「お前が藤崎に勝てる要素どこ?」と火力強めに撃退してくれていた。
俺の周りが平和なのは、間違いなく羽山たちのおかげだ。
春誠も今まで培ってきた地位と名声があまりにもすごすぎて、学校では誰かから揶揄われたり、傷つけられたりするような様子は全く見受けられなかった。
春誠ファンの女子たちも、羽山たちいわく「他の女に取られるくらいなら男のほうがマシ」と言っているらしく、かなり静かになった。
人の噂も七十五日というのは本当で、今ではほとんどの人が俺たちへの興味関心を失っていた。
ただ一つの懸念材料が、春誠の家族問題だ。
ついに俺が春誠の家にお邪魔する日がやってきた。
ご両親がお揃いの日曜日の昼下がりだ。
「お邪魔します」
「いらっしゃい。よく来てくれたね」
「いらっしゃい。春誠の母です」
「三谷冬夜です。はじめまして」
春誠が恋人を連れてくると話したと言っていたので、失礼ながら門前払いに合ってもおかしくないと思っていた俺は、むしろ出迎えられたことに拍子抜けした。
手土産も無事に受け取ってもらえ、席に着くよう案内される。
全員が席に着いたところで、春誠が話し始めた。
「こちら、僕の恋人の三谷冬夜くん。一人で話すのに勇気が出ないから、今日は一緒に来てもらいました。前にも話した通り、僕はゲイです。小学生の頃に自分の恋愛対象が男の人だと気づいてからは、周りから否定されたくない一心で、完璧な人間になろうと死に物狂いで努力してきました。そのおかげかはわからないけど、今学校で直接嫌なことを言ってくる人はいません。そして、冬夜くんは僕が初めて好きになった人です。冬夜くんはゲイではないけど、ありがたいことに僕のことを好きになってくれて、今は付き合っています。ゲイだということはずっと隠したまま生きていくしかないと考えたこともあったけど、自分にも周りにも嘘をつき続けるのが苦しくなって、カミングアウトしました。受け入れ難いことだと分かっているけど、これが本当の僕で、これからもありのまま生きていきたいと思ってる。以上です」
これまでの春誠の葛藤や苦悩を考えると、かなり簡潔にまとめられていたが、ご両親は一言一句たりとも聞き逃さないといった真剣な表情で聞いていた。
今回もまたひどく否定されるかもしれないと覚悟を決めてきたが、そんな心配は無用だったらしい。
息子を必死に受け入れようとするご両親の気持ちが、話を聞く態度や表情から十分に伝わってきた。
「春誠、一度ああいった態度を取ったのに、諦めずに話してくれてありがとう。父さんは正直予想もしていないことだったから、驚きすぎて何も言葉が出なかった。だけど、あれから考えてお母さんとも話して、そして今改めて春誠から話を聞いて、その気持ちを受け止めたいと思ったよ」
「私は正直なところ、まだショックが大きい。だけど、前にひどいことを言って泣き喚いて、あなたのことを傷つけてごめんなさい。母親失格だわ。あなたはとても大切で自慢の息子。それは変わらない。お母さんあれからLGBTQの本をたくさん読んだの。少しずつしか前に進めないけど、あなたを理解したいと思ってる」
あの一件以来、春誠のご両親もたくさん悩んで、勉強して、整理して、最終的には息子を受け入れたいという思いに至ったんだろう。
何より、春誠がとても大切に思われていることがご両親の言葉から伝わってきた。本当によかった。
「父さんも母さんも...ありがとう。もうこのまま受け入れてもらえないだろうと思っていたから、そんな風に前向きな言葉をもらえて本当に嬉しいよ。ありがとう」
俺の出番はなかったなと思ったけど、せっかくなので空気を読まず、外部から見た春誠をプレゼンテーションしようかと思う。
「あの、春誠くんは眉目秀麗、成績優秀、運動神経抜群で、我が校を飛び越えて他校にもファンがいるくらいの人気者です。カミングアウトしてからも、春誠くんがこれまで努力して培ってきたものは何一つ壊れていません。そしてご存知の通り、人柄も素晴らしいです。僕の兄は重度知的障害者ですが、春誠くんは初めて兄に会った時、まるで兄が普通の人のように真っ直ぐ目を見て優しく話しかけてくれました。春誠くんのおかげで僕は兄の障害を受容することができて、人生が明るいものに変わりました。春誠くんの優しさは、人の痛みを知っている、強くて深い優しさです。春誠くんのセクシュアリティは社会的に言えば確かに少数派ですが、そのセクシュアリティがまた、彼に人としての深みを与えている、切っても切り離せない大切な一部だと僕は思います。そして何より、春誠くんはたった一部では語り尽くせないほど奥行きのある人間です。僕は春誠くんが男性でも女性でも好きになっていたと思います。そのくらい魅力的な人です」
みんな揃ってポカンといった表情をしている。突然のマシンガントークで、出過ぎた真似をしたかと今さらながら恥ずかしくなり、汗をかく。
「ははは。三谷くんには本当に頭が下がるよ。ありのままの春誠を好きになってくれてありがとう」
「息子のことをそんな風に言ってくれてありがとう。セクシュアリティのくだりは特に、今まで読んできたどの本よりも心に響いたわ」
「いえ、あの、突然ベラベラとプレゼンテーションを始めてしまってすみません...」
春誠がプレゼンテーションってと言いながらクスクス笑っている。
「君たちまだ高校一年生なのに、なんだか結婚の挨拶みたいだね」
春誠のお父さんに面白そうに言われ、また恥ずかしくなる。
「大切な人だからどうしても紹介しておきたかったんだ」
春誠が優しい顔で答える。
「三谷くん、今日はわざわざ来てくれてありがとう。おかげで春誠のことをよく知ることができたよ」
「そうね。ここからまた本当の意味で春誠の親として向き合っていける。三谷くんも春誠も話してくれてありがとう」
「僕は何も...皆さんが素敵な家族だというだけです」
「またいつでも遊びにきてね」
「はい!ありがとうございます」
挨拶をして駅まで春誠と一緒に歩く。
「冬夜、今日は一緒にいてくれて本当にありがとう。おかげで強い気持ちで自分のことを話せて、思いがけず受け入れてもらえて、すごく嬉しい一日になったよ」
「うん。でも、春誠のお父さんもお母さんも、もうすでにたくさん考えて、答えは出ていたみたいだったね。受け入れてもらえて本当によかった」
「冬夜の言葉、すごくよかった。ゲイというセクシュアリティが僕に人としての深みを与えているって。そう言われると、むしろ誇らしいような気持ちになるよ」
「俺が全部春誠に教えてもらったことだよ」
「そっか。冬夜はそう言ってくれるよね。僕たち、いいカップルだね」
「ほんとだよ」
笑い合いながらまた明日と解散した。
