春風の声


あれから何か特別なことが起こるわけでもなく、今日も藤崎と一緒に帰っている。

「へ〜冬夜意外だね」
とてもナチュラルに名前呼びしてくる藤崎に対し、俺はなんとなく照れ臭くて名前を呼べずにいる。
かと言って今さら藤崎と呼ぶのも他人行儀な気がして、どうすればいいか考えあぐねている。

「じゃ明日休みだし、何もないなら一緒に遊園地に行ってみようよ」
「え?」
どこか上の空で会話していたから、急展開になって驚く。

「あ、もしかして用事ある?」
「いや、ううん。ない。いいよ、行こっか」
「よかったらそのあと僕の家に泊まりに来てよ。この間は泊まらせてもらったし」
「え、いいの?ご家族とか」
「両親は仕事で遅いから、冬夜の家みたいに賑やかにもてなすことはできないけど。冬夜が良ければ」
「それは気にしないで。それじゃお邪魔しようかな」


軽く約束したが、家に帰ってきて急に緊張してきた。まず、藤崎がずば抜けてかっこいいため、隣に並んでも恥ずかしくない服装って何だ?と悩み始める。

「明日藤崎と遊園地行くことになったんだけど、この格好変じゃない?」
ああでもない、こうでもないと悩んだ結果、迷走気味になったので家族に確認しに行く。

「遊園地?遊園地?」
「うん?どこも変じゃないよ」
「うん、いつも通りね」
「あら、でもちょっと地味なんじゃないかしら。藤崎くんってとてもかっこいいから、冬夜はもう少し背伸びした格好でちょうどいいんじゃない?」

父さんとばあちゃんは適当だけど、母さんは本気だ。
結局ありったけの服をクローゼットから引っ張り出してきて、母さんがコーディネートした服で行くことにした。
この歳になって母親にコーディネートしてもらうとは思わず、絶対に誰にもバレたくない、墓場まで持っていこうと誓った瞬間だった。


土曜日、あっという間に約束の時間が来た。
藤崎は目立つので、探すのに苦労しなかった。

「おはよう。朝に待ち合わせるの新鮮だね」
「おはよう。本当に、おはようって言うのも変な感じ」
笑いながら合流する。

外で見る私服姿の藤崎は、いつもとはまた雰囲気が変わって、とても大人びて見えた。
シンプルな服装なのに誰よりもかっこいいのがうらやましい。
俺は母に言われるがままに背伸びしてみたものの、その辺によくいる人だ。仕方ない。

「冬夜、おしゃれだね。かわいい」
心の中で卑下していたところ、藤崎が甘いマスクと甘い声で褒めてくれたので心臓が跳ねる。
「え、そ...そうかな」
「うん、すごく似合っててかわいいよ」
「わー!わかったわかった。ありがとう」

耳まで真っ赤になって慌てる俺を見て、藤崎はクスクス笑う。
「あ〜本当に可愛い。最後にちゃんとありがとうって言うところが冬夜っぽいよね。ほら行こう」
眩しすぎる笑顔でそう言われて、もう何も言えずに目的地に向かって歩き出す。


「うわ〜俺、遊園地って本当に久しぶりだ」
「小学生以来って言ってたもんね。僕もほとんど来たことないよ」
「どれ乗る?全制覇できるかな?」

アトラクションを前にしてテンションが上がり、いつもの調子がもどってきた。
藤崎も普段よりもテンションが高く、年相応な感じがして意外だったが、レアな藤崎を見れていると思うと嬉しく、変な優越感さえあった。

小さい遊園地なので優しめのアトラクションが多く、調子よく次々と乗っていた。
しかし、最後にとっておいた本格的なジェットコースターとバイキングに乗ったことによって、俺の恐怖感は一気に最高潮まで達していた。

久しぶりすぎて知らなかったが、もしかして俺は高所恐怖症なのかもしれない...。

「あと観覧車に乗れば全制覇だね!」
何も知らない藤崎に無邪気にそう言われ、断れるはずもない。まぁ観覧車なら大丈夫だろう、浮遊感とかないし。

そう思ったさっきまでの自分を殴りたい。
絶叫系アトラクションの余韻が残っている俺には、観覧車のジワジワとした上昇すら精神的に追い詰められる材料だった。

「ちょっとまじで無理かも」と突然弱音を吐く俺に、藤崎は何も言わず隣に移動してきてくれた。

藤崎が一瞬立ち上がったことで、ゴンドラが揺れる!と発狂しそうになったが、横に座って手を握られると落ち着きを取り戻す。

側から見たら仲睦まじいカップルに見えるだろうか、それとも男同士なので変な光景に見えるだろうか。
だが、今はそんなことには構っていられない。とにかく何か掴むものがないと心許ないからだ。

「俺、自分が絶叫系無理な高所恐怖症だって今日初めて知ったわ...」
「久しぶりに乗ると意外と怖いよね。僕も浮遊感が結構苦手だったな」
観覧車がたまに風で揺れるので終始ゾワゾワしていたが、藤崎が降りるところまで手を握っていてくれたので、発狂せずに済んだ。

無事地上に降りてきた安堵で、腰が抜けたようにフラフラしている俺を見兼ねた藤崎が、少し休憩しようと誘ってくれた。
俺をベンチに座らせた後、休んでいる間に名物のソフトクリームまで買ってきてくれる。

「ありがとう。本当にスマートすぎる」
「かっこよかった?」
藤崎がニヤリと聞いてくる。
「藤崎は悔しいぐらいにかっこいいよ」
「なんでちょっとヤケクソなの」
クスクス笑いながら言われる。


落ち着いたのでそろそろ帰ろうと言うことになり、コインロッカーに預けていた荷物を取って、そのまま一緒に藤崎の家に向かった。

「お邪魔しまーす」
「まだ誰もいないから楽にしてて。今日母は出張で帰って来ないし、父も仕事で遅いから」
「忙しいんだな、藤崎のご両親」
「そうだね。おかげで家事スキル高いよ、僕。おすすめ物件だと思う」
藤崎が珍しく冗談めいたことを言うので釣られて笑ったが、実際その通り過ぎてあまり冗談になっていないことに気づく。

「とりあえず疲れただろうから、先にお風呂に入ってきたら?」
そう進められたので、お言葉に甘えてお風呂に入らせてもらう。
お湯を張ってくれた上に、いい匂いのする入浴剤まで入れてくれたのでとても心地良い。いつの間にか遊園地での恐怖心も綺麗さっぱり洗い流されていた。

「お風呂ありがとう」
上がってくると藤崎がエプロンをしてキッチンに立っていた。もしかして晩御飯を作ってくれているのか...?

「ゆっくりできた?こっちにおいで」
ソファーに促され、あれよあれよとドライヤーをかけられる。
「いいよ。自分でできるから」大慌てでそう言うが「いいから、いいから。やってみたかったんだよね」と半ば無理やり乾かされる。
こんなに至れり尽くせりでいいのかと思いながら、誰かに髪を乾かしてもらうのが心地よく、大人しく目を瞑って享受することにした。

「はい、おわり。冬夜から僕と同じ匂いがするの、なんかいいね」
「なっ...なんでそんな小っ恥ずかしいことが言えるんだ...」
真っ赤になり、膝を抱えて顔をうずめる。

「ごはんにしようか」藤崎がしてやったりという顔で頭を撫でてくる。
「やっぱり作ってくれてたんだ...ありがとう」
何か手伝えることはないかとウロチョロしてみるが、座っててと言われたので大人しく椅子にちょこんと座って待つ。

「なにこれ...プロじゃん」
運ばれてきたお盆には、ごはんと油淋鶏とスープがのっていて、盛り付けセンスが爆発している。カフェで出されてもおかしくない。

「「いただきます」」
「なにこれ!うまい!うますぎる!」
「本当?よかった」藤崎がニコニコしている。
「こんなにオシャレでおいしいカフェごはんを作れる男子高校生がいるなんて衝撃的だよ。もう一体藤崎には何ができないのか、逆に知りたい」
「僕、器用貧乏タイプなんだよね」
「いや違う。ものすごい努力家のマルチプレイヤーと言え」
大真面目に突っ込ませてもらう。

「本当においしいよ。幸せすぎる」
「冬夜がそう言ってくれると料理してきてよかったなって思えるよ」
「あ、俺、お皿だけは洗わせて。それだけは家でもたまにやってるし、得意なんだ」
得意というか、誰にでもできる仕事なんだけど。
「ありがとう。なら後で一緒に片付けよう」
藤崎が笑っている。ああ、なんか幸せだな。

「「ごちそうさまでした」」
「本当においしかった。作ってくれてありがとう」
「お粗末さまでした」
それから二人で食器を片付け、歯を磨いてからくつろいでいると藤崎のお父さんが帰ってきた。

「あ、お邪魔しています。三谷です」
「三谷くん、よく来てくれたね。何もお構いできずにごめんね」
「いえ、とんでもないです。お世話になります」
藤崎が眉目秀麗なので、当たり前のようにお父さんもかっこいい。遺伝子の力を感じる。

「父さんごはん食べるでしょ?」
「ああ、いつもありがとう。着替えてくるよ」
藤崎がさっき作った食事を温め直している。

「冬夜、そろそろ僕の部屋で休もうか」
藤崎が促してくれ、着替えてきたお父さんも「ゆっくり休んでね」と優しい笑顔で言ってくれたので、おやすみなさいと挨拶をして藤崎の部屋に行く。


敷いてくれた布団の上で寝転がってくつろぐ。
家も部屋も綺麗に整頓されていて藤崎らしい。
それに部屋には参考書や本がたくさんあって、藤崎の努力がうかがえる。

「冬夜おまたせ」
藤崎がお風呂から帰ってきた。
いつの間にかウトウトしていたようで、ぼんやりと意識が引き戻される。
「ごめん起こしちゃった?」
「ううん、大丈夫。居心地よくてガチ寝するところだった」
笑いながら体を起こす。

「藤崎の部屋って、藤崎の部屋って感じだよなぁ」
「なにそれ、どういうこと」藤崎が笑う。
「それより冬夜。春誠って呼ぶって言ってたよね?なんで藤崎なの?」
「あ、それは...はい」
「はい。春誠って呼んでみて、今」
「ええ...今...」

呼ばされるとなると余計に照れ臭いが、藤崎が真剣な表情で見つめてくるので逃げようもない。
「は...はる...はるま...」
だいぶ詰まりながら言ったが、藤崎が顔を覆って天を仰ぐ。
「かわいすぎるよ、冬夜」
「可愛いって...」
そう言われるとあまりにも恥ずかしくて、耳まで真っ赤になる。

「冬夜は本当に可愛い。愛おしい。大好き」
藤崎によしよしと頭を撫でられ、恥ずかしすぎて今度こそ茹でダコになる。
「冬夜真っ赤。もしかして僕のこと意識してくれてる?」
うんうんと頷く。心臓がバクバクしてうるさい。

男だから恋愛対象ではないとこれまで無意識に思い込んできたが、いざ告白されて考えてみると不思議と嫌悪感はない。それどころか、ちゃんとドキドキする。
あれ?俺、本当はずっと藤崎のことが好きだったんじゃないのか?急にストンと胸に落ちる。

「あの...唐突なんだけどさ」
「うん?」
今から告白されるとは夢にも思っていないような顔で聞き返してくる。
「俺、は...春誠のことが好きみたいだ。その、恋愛対象として」

「えっ」
雷が落ちたという表現がぴったりなくらい、衝撃的ですという顔で固まっている。
「春誠のことが好き。俺と付き合ってください」
「...本当に?本当にいいの?僕男だけど」
当たり前のことを真剣な顔で言ってくるので、笑いながら答える。
「うん、知ってる。初めて性別を通り越して人を好きになったよ」

藤崎が俯く。もしかして泣いている?
「無理を承知で告白したから...まさかそんな返事をくれるとは思ってなくて...ごめん」
「なに謝ってるの。泣くほど喜んでくれて嬉しいよ」
慣れない仕草で、でも自然と藤崎を抱き締めた。

ずっと一人で抱えて思い悩んできたであろう荷物を俺にも背負わせてほしい。俺が藤崎に背負ってもらったように。
藤崎の手がおずおずと俺の背中に回り、やがてきつく抱きしめられる。泣いていて言葉にならないみたいだが、不思議と気持ちが伝わってくる。こちらも気持ちを込めて背中をさする。


「すごい泣いてかっこ悪いところ見せちゃったな」
落ち着いた藤崎が恥ずかしそうに言う。
「大丈夫、泣いてても様になってたから」
ニヤッと笑いながら返す。

「ありがとう冬夜。これからよろしくね」
「うん。こちらこそよろしく」
「さっそくなんだけど、今日一緒に寝てもいい?」
「え、狭くない?大丈夫?」
「そこなんだ」
藤崎が笑いながらおいでおいでしてくるので、藤崎の布団に潜り込む。

「お、お邪魔します」
いざ入ってみると、改めて距離が近くてドキドキする。
だが、藤崎にそっと優しく抱き寄せられると、今までにない大きな安心感があり、無意識に藤崎の胸にすり寄る。
「春誠の匂いがする。いい匂い」
「あの〜冬夜さん。すごく可愛くて嬉しいんだけど、僕の理性を崩壊させない範囲でお願いします」
「あ、すいません」

目を合わせて笑い合い、藤崎がおでこに軽くキスをしてくる。
「今はこれで十分。いい夢見れそう」
「俺も、いい夢見れそう。おやすみ」
「うん、おやすみ」
幸せを噛み締めながら眠りについた。