「ちょっ、晴斗! どこ行くんだよ!」
「いいから、来て」
「せめてなにするのかくらい!」
「……あとで話す」
晴斗はキレているのか、つかまれた手がさらに強く引っ張られる。
『明日、琴葉さんからの告白の返事、するから』
あの分かれ道で晴斗に言うと、晴斗は今のように手を引いて歩き出した。
――なんでこうなってんだよ!
嘘をついていたが本当は琴葉が好きだった、という線は薄いし……。告白とは無関連だったりして?
――まず、晴斗がこんな力ずくの行動をしたことがあったか?
わけが分からない。理由も言わずに半ば強制的に連行されて、混乱するばかりだ。
引っ張られるがままに帰り道を外れる。住宅街を抜けて、視界がひらけて、大きめの公園につく。ここにはよく来たことがあったから小さな段差の位置は分かるが、なにしてんだよ晴斗、危ないだろ!
強引にベンチに座らされて、斗真もついにキレた。
「晴斗、マジでなにがしたいんだよ」
「……話したいことが、ある」
「んなこと知ってるし! 意味分かんない」
「……ごめん」
「ごめんじゃなくて――」
距離を開けて同じベンチに座った晴斗はどこか思い詰めたような顔をしている気がして、斗真は口を閉じた。
「なんも言わないで連れてきちゃって……用事あったらごめん。今しか言えなくて」
「……うん」
「連れてきた理由も、コンタクト外した理由も、全部話すから」
「…………許す。んで、聞く」
ありがとう。
言って、晴斗は姿勢を正す。
「はっきり言うから」
こちらを向く。
「斗真、告白の返事、ちゃんと考えてくれ」
「……それ? 考えてるよ。2日かけた」
「それは分かってる。でも、ちゃんと考えてほしいんだ。……うまくまとめられないからめちゃくちゃだけど……理由があって」
晴斗は一つ息をついた。
「斗真、前……メガネ外してただろ。ココア飲んでてくもって、そのときに俺が呼んだら、振り返ってた」
「……目つきが、とか、コンタクトがって話したときだよな」
「ああ。あのとき俺、初めてしっかり斗真の顔見た」
「え、中学の頃から一緒にいて? 初めて?」
「一瞬、とかならあったけど、ちゃんと見たのは初めて。……まあ、斗真の素顔見て、分かったんだ」
カラフルな遊具で遊ぶ子供たちを見ながら、晴斗ははっきりした口調で続けた。
「――斗真のことが好きだ、って」
「……え、」
琴葉に呼び出されたときは、告白されることがなんとなく予測できていた。好意を持たれていることにも気付いていた。だから心の準備ができた。
が、まさか晴斗がそういった気持ちを抱いていて、それを伝えてくるとは思っていなかった。
たった一音が、ひどくかすれて、揺れている。
「それって、恋愛として?」
「……うん」
半開きになった口で、引きつった笑みを浮かべた。
「だって晴斗……言ってただろ。中1のとき……」
脳裏に中学校の寂れた教室が浮かぶ。
『これからもよろしく!』
斗真が片手を差し出すと。
『こっちこそよろしく。ずっと親友で、な』
その手を握り返して、言ったのだ。
「……ごめん」
晴斗は、今日何度目かも分からない一言を繰り返す。
「気付いてなかっただけで、多分中学の頃から好きだったのかも。でも、俺は親友として好きなんだって思ってた」
「…………」
「素顔見たとき、親友としてじゃなくて、恋愛として斗真のこと見てるんだって、やっと自覚した」
晴斗は一瞬だけ斗真の方を向いて、今度は空を見上げた。
「ココアのときにそんなことがあって、帰り道にずっと斗真のこと意識してて。メガネかけてるとか関係なく見ちゃって、一人でドキドキして」
「……そんなこと」
「ないように見えた? ならよかったけど。俺、バレるんじゃないかって心配で、だったらコンタクト外せばいいんじゃないかってなった。ぼやけるから、いつも通り『親友として』すごせるんじゃないかって」
――ああ。
斗真も空を見上げた。
「……外した理由は、分かったよ。晴斗が……そう思ってることも。じゃあなんで今言ったの? 俺のこと、鬱陶しくなったから?」
「そんなわけないって。逆に頼ってくれて嬉しかったよ。たださ……斗真、モテるようになったから」
――ああ。
青と白が混ざりあって、境界線をなくしていく。それと同じように、親友としての境界線も曖昧になっていく。
「されるとは思ってたけど告白されたし、いろんな人に絡まれてたし……男子はまだよかったけど、女子から注目されてるの、嫌だった。だからメガネ、かけてほしかった」
――ああ、そうか。
たしかに、最初からそれとなくヒントはあった。
メガネを外したまま振り返ったときのリアクション。近付いたときの反応。ここまで生活を助けてくれたこと。言われるようになった『メガネかけて』という言葉。琴葉に告白されたときの会話。
よく考えたら、違和感には気付けたはずだ。少なくとも、コンタクトを外したときの雰囲気の変化に気付くことと同じくらい簡単には。
……おそらく、心の奥底では気付いていたのだろう。親友だからありえないと、自分に恋愛感情なんて抱いていないはずだと、選択肢を消していただけで。
「琴葉さんからの告白、ちゃんと考えてほしい」
「……うん」
「…………って言ったけど俺、斗真に誰かの彼氏になってほしくない。琴葉さんと付き合ってほしくない」
斗真は膝の上で手を重ねる。
「……琴葉さんとは、付き合わないよ」
その手を見つめる。
「付き合って大切にするんじゃなくて、友達のまま大切にする。メガネもかける」
晴斗が長く息をはいた。
「あと……晴斗からの告白の返事も考える」
「…………」
「返事してほしいんだろ? だから、考える」
「……いや、いいよ」
晴斗は横に首を振った。
「斗真はそういうふうに思ってないって分かってるから、いい。俺が好きなだけで、いい」
「でも、晴斗……」
「斗真さ、こう思うことってある?」
突然、晴斗の声が明るくなった。
「一緒にいるのが楽しいとか、ほかの友達よりも優先したいって思うのとか。隣にいるだけで嬉しいって思うのとか。ある?」
「それは……俺だって」
――俺だって、晴斗と一緒にいるのが好きで、楽しくて。
「晴斗が、いたら……」
「俺にとってはそういう意味ってだけで、斗真とそんな変わんないから。いいよ、返事とかは考えなくて。……ほんとは返事、ほしいけど、斗真はそう思ってないんだからこのままでいい」
でもさ、斗真。
呼んだその声に少しだけ切なさが混ざっていて、斗真は思わず顔を上げた。
「せめて友達ではいてほしいな」
――親友だろ。
友達じゃなくて、親友だろ。
「……分かった」
言われたら、頷くしかない。
「じゃ、遅くなったし帰ろっか」
「…………うん」
「斗真はそっちだよね? 俺はこっちだから。気を付けてね。また明日」
「……また明日」
立ち上がって、手を振る。別々の方向を向く。
晴斗の『斗真のことが好きだ』と言った言葉が。
『斗真はそうじゃないって分かってる』と言ったときのどこか寂しげなあの表情が。
明日に会うことなんてないんじゃないかと思うくらいあっさりした別れが。
一人で歩き出してからも、いろんなことが頭に引っかかって離れない。



