そんなこんなで最初は問題の連続。周囲、その中でも特に晴斗に助けてもらいながらすごす日々が続いた。
だが一週間もメガネを外した生活を送っていると、小さな行動くらいなら一人でもそれなりにできるようになってくる。見えないなら見えないなりに、手探りで行動すればいい。
自分のことで手一杯だったが、次第に余裕ができてきた。そして余裕ができてくると、周りの変化が目につくようになった。
「なあ晴斗」
「どした?」
昼休み、名前を呼ぶと晴斗は復習の手を止めて横を向き、話を聞く姿勢になってくれた。
流し聞きしてくれてもいいような内容だということは自覚しつつ、斗真は晴斗に質問を投げかける。
「最近さ、女子が俺のこと見て話してる気がするんだよな。数人」
「そう?」
はっきりとは見えないからなんとなくでしかない。が、体の向きや話の中で出てくる単語で分かる気がする。
「気のせいだったらいいんだけどさ。なんか話題にされてる気がして。刺さってんだよな、視線という名の矢印がぐさぐさ」
晴斗は斗真の予想に対して、一つ頷いた。
「まあ……言われてみれば、な。俺は斗真の話題で話したことないけど、聞いたことはあるよ」
「それってやっぱり俺の目つきのことかな?」
斗真はとりあえず思いついた言葉を口にする。
「自分じゃ気付かないし誰も言わないだけで、実はめっちゃやばい顔してたりして? 見られたら呪われるとか、そういうウワサになってたりして!?」
想像はどんどん膨らむ。さすがにそんなことはないか? でも、どこか現実味があったり……。
「いや、そういうのじゃないよ」
晴斗は『違う』と断言する一言で、走り出した斗真の思考を止めた。
「なんでそう言えるんだよ」
「斗真、自分で目つき悪いってよく言ってるけど、そんなことないよ。全然目つき悪くないし、変なこともないし。単純に会話の中で名前出ただけじゃない?」
そう言われると考えすぎにも思えてくる。だけど……な?
斗真は机に体を倒す。腕の上に頭をのせて、横向きに晴斗の方を見る。
「外から聞いたらそういうふうには聞こえないように言うんだろ、そういうのって」
「そうか? 言わないから分かんないな」
「俺とはほぼ関わりない人だけどさ、悪いこと言われてたらへこみますよ斗真くんは……」
「おーい、普段のポジティブとハイテンションはどこ行った〜?」
晴斗は机に突っ伏した斗真の肩を揺らす。ポジティブって言われてもさ……。
「悪いこと言ってるようには思えなかったけどな。話し方がそんな感じだった」
「俺、いつでもポジティブなわけじゃないし。悩むときだってあるし」
「じゃあたまには満足するまで悩んでみなよ」
斗真はゆらゆらと顔を上げる。意味もなく教室を見回して、晴斗に視線を固定する
――その直前。
晴斗の席の三つほど前の席から、誰かがこちらを見ていた。
ほんの少しだけ目を細めてみる。髪が長そうに見えるから多分女子なのだろう。ちらちらとこちらを見ているのか、見え方が数秒ごとに変わる。
「……斗真、どうかしたか?」
「ん〜? あ、誰かこっち見てるなって思ってさ……あれ、近付いてきてない?」
「見えてんの?」
「とてもとてもとても、うっすら。やっぱり、俺に物申しに来たのかな? 絶対そうじゃん……」
「そんなわけないって」
その女子の周りの空気はほかの女子よりもふんわりとしていて、うーん、物申しに来たようには見えないけど……。
思っているうちに女子は斗真の席の前にまで来ていて、斗真は慌てて上体を起こした。
「斗真くん……」
可憐でよく通る声には聞き覚えがあるようなないような。ぼやけているにも関わらず凛として見える佇まいにも見覚えがあるようなないような。
「えー、少々お待ちください」
晴斗に寄って、小声で聞く。
「……誰?」
晴斗は同じく小声で答える。
「琴葉さんだよ」
「なるほど」
一学期まで同じ班だった女子だ。……とは言っても、晴斗とも同じ班だったからほぼ話していなかった。
「おまたせしました。……あの、どうかした?」
琴葉は気恥ずかしそうにうつむく。これくらいの距離だと、見えづらい範囲の中でも見えやすくて助かる。
そのまましばらくうつむいたままでいた琴葉だったが、意を決して顔を上げると、勢いよく言葉を発した。
「あのさっ、斗真くんの好きな女子のタイプって、どんな感じ?」
……え。
「こういう子がいいな、とか、こういう子が好きだなとか、……そういうのがあったら、教えてほしいな」
琴葉はそうゆっくりと言ったが、それにしても、
――なぜ急に?
「えっとですね……」
斗真は脳をフル回転させて考える。タイプ? 好きって、え? それ、俺に聞く?
「……まあ、優しい子とか? 話が合う子とか? ずっと一緒にいたいって思える子とか……か?」
言いながら、ありきたりすぎて苦笑いを浮かべる。
「曖昧でごめん。あんまぱっと浮かばなくてさ。だったら最初からそう言えよって話」
「ううん、全然。そんなこと思ってないよ」
「それに今は晴斗がめーっちゃ仲良くしてくれてるから! 恋愛しよう!って気にならないっていうか」
「斗真さ……」
隣で晴斗がため息混じりに言うが、これはあとで、と。
「そうなんだ。教えてくれてありがとう。それじゃあね」
琴葉はお礼を言ってくるりと斗真に背を向ける。
「あ、ちょっと待って。俺も聞いていい?」
斗真は呼び止めた琴葉が振り向くのを待ってから、先程まで晴斗と話していたことを質問した。
「最近さ、俺のこと話してない? 自意識過剰かもしんないけど」
「……たしかに、話してる」
「それってさ、俺の目つきが悪いから? そういう関連? 遠慮とかなしでお願いします」
「……ち、違うよ。悪いことはなんもなくて」
琴葉はぶんぶん首を振って否定する。そして、話しかけてきたときと同じようにうつむいてしまう。
「言えないようなことなら聞かないから、なかったことに――」
「最近!」
突然大声を出した琴葉に、晴斗とそろって硬直する。
「最近、斗真くんメガネ外したでしょ? みんな、斗真くんの素顔見たことなくて、初めて見たから……その、いいなって、気になってて……」
一言目の大声から、琴葉の声はどんどん小さくなっていく。それは本当に声のボリュームが落ちているのか、それとも驚きのせいで声が遠く聞こえているのか。
――いいな?
それはつまり、顔のことを褒められているということで?
メガネを外した顔が、みんなにとっては『いい』と?
「はえ……」
「斗真くん、別に目つき悪くないよ。多分、斗真くんが思ってるよりも」
「…………」
「……斗真くん?」
「あ、え、そうなんだ。知らんかった。よく分かんないけどありがとう」
「ううん、どういたしまして」
今度こそ、琴葉はもと来たところへ戻っていった。のを見送ってから。
「……晴斗」
「どした?」
「褒められた! 褒められた……!」
「……だね」
興奮する斗真とは反対に晴斗は落ち着いたままだ。だから晴斗にも一緒になって喜んでほしくて、斗真はさらに言った。
「俺、マジで初めて! え、俺ってそんな感じだったの?」
「…………」
「でもな? 顔だけ褒められても、性格を褒められたわけじゃないから……まあ分かるんだけど、ほら晴斗も!」
晴斗は喜んでくれない。素振りすら見せてくれない。
「……晴斗?」
静かになって、昼休みの喧騒が耳に入る。教室のどこからも声が聞こえる。
「なあ、晴斗!」
「……斗真、メガネかけて」
晴斗はもう一度繰り返す。
「メガネ、かけて」
真剣な中に少しの苦しさがまじっているような口調で言われる。好きな女子のタイプを聞いてきた琴葉といい、唐突にメガネをかけるよう言った晴斗といい、
――なぜ急に?
ただメガネを外しただけなのに、みんなよく分かんないんだけど……。



