――ということが昨日あったわけだけど。
昨日の晴斗と今日の晴斗、違うのはどこだろうか?
「んー……」
晴斗に近付いて顔を寄せる。鋭いわけではない、涼しげな瞳と目が合う。まさしく至近距離だ。
ココアを飲んだ翌日の朝、学活が始まる前の時間。自分の親友の雰囲気に違和感を覚えた斗真は、勢いのまま晴斗に迫っていた。
「なにしてるわけ?」
言いつつも晴斗は斗真を押しのけることはしない。居心地が悪そうに視線だけはそらされたが、されるがままになっている。
それはラッキー、と観察を続ける斗真は、時間をかけてやっと違和感の正体に気付いた。
「晴斗さ、今日コンタクトしてないだろ」
斗真は晴斗から離れながら言う。
「そうだけど、よく分かったね」
「分かりますって晴斗さん。俺に気付けないものはないぜ?」
もう一度顔を近付けて見てから、斗真は晴斗の隣の、自分の席に座って首をかしげた。
「外したの、なんで?」
「あー……、ちょっと目が痛くて」
「大丈夫?」
「心配しなくても大丈夫。そういうときもたまにあるから」
晴斗は笑ってみせる。目が腫れていることも充血していることもなさそうだ。
「メガネにすれば?」
「そこまでひどくないし」
「晴斗って裸眼でもすごせるくらいの視力だったっけ? 俺と同じくらい悪くなかった?」
「そっちもそこまでひどくないんだなぁ。あとさ、斗真と同じくらいって相当だからね?」
まとう雰囲気以外は普通で、斗真は安心した。
晴斗によると、目薬を使えば治るらしい。早くよくなればいいな、と思いながら斗真は朝の準備を始める。
翌日。
「あれ晴斗、コンタクトは?」
「まだちょっと痛くて」
「病院行った?」
「行ってないけど、斗真は心配性だなぁ」
その翌日。
「コンタクトは?」
「まあ……」
「え、そういう感じ?」
「斗真が言ってるのがどういう感じかは知らないけど、多分違うと思う」
そのままさらに翌日、翌々日と、晴斗はコンタクトを外したまま学校に来た。
1日2日じゃ治らないのはまだ理解できる。でも、治るのに時間がかかりすぎではないだろうか。
……そんなもん?
「なあ、目、まだ痛いのか? 病院は?」
疑問に思い、ある朝聞いてみると晴斗はまたかすかに笑った。
「そういうことじゃないから」
「じゃあなんで?」
「……なんとなく?」
理由を聞くと、最初と似た答えしか返ってこない。それはずっとそうだった。
だが、だんだん曖昧にされているような、ぼかされているような感じがするのは気のせいではない。
――なんかあるな?
六年近く一緒にいるからこそ分かる。自分の勘がそうだと言っている。
「なんとなくって、なにそれ。今まではコンタクトでミラクルアイを封じてたとか?」
斗真は目を強調するように、顔の前に手を持ってきて指の隙間から晴斗を見る。
「ミラクルアイのほうがなにそれだよ。俺が超能力者だってこと? 斗真、発想がおもしろ」
笑う晴斗は理由を教えてくれそうにない。絶対に理由はあるはずなのに、隠したいみたいだ。
大体、コンタクトを外すメリットなんてあるのか? ただ見えなくなって困るだけだと思うのに。
……見えなくなるだけ。
――もしかして、それなんじゃ?
見えないことが理由に関連してるんじゃ?
「……決めた」
突然真面目な顔になった斗真に、晴斗は質問する。
「なにを?」
斗真はメガネに手をかけた。
「俺も外す。コンタクトじゃなくてメガネだけど」
晴斗は呆気にとられたようだった。なにか言おうとしているがなにも言わない。
ようやく言葉を発したかと思うと、
「……やめといたら」
「なんで!」
メガネにかけていた手を晴斗の机について、身を乗り出す。
「俺は別にいいんだよ。大して悪くないし。でもさ」
晴斗は横を向く。
「斗真は視力悪いだろ。なんも見えなくなるから危ないじゃん」
ぐっと言葉につまる。事実、メガネがないと普段の生活が危うくなるくらいには視力が悪い。それは自分が一番知っている。だからこそ。
「やってみなきゃ分かんないじゃん」
「いや、これに関してはやるまでもないし」
「いいから! ――とりゃっ!」
斗真は自分で掛け声をかけ、大げさにメガネを外した。しばらく周囲を見回してみる。
教室の、ありとあらゆるものの輪郭がグラデーションのようにつながっていた。すべてに境界線がない。
席に座っている誰かは、制服の紺色と顔なのであろう肌色の丸い塊が縦に連なった影に見えた。
手の中にある取ったばかりのメガネですら、そこにものがあることは分かるが、やはり形ははっきりとしない。
「……なんも見えない」
「なにやってんだか」
晴斗は肩をすくめた――ように見えた。今の斗真にとっては、すべてのもの、動きが不確かだ。
「ほら、分かったんだったらやめとけ」
目の前で晴斗があきれ混じりに言っている。だが、それは斗真の耳には届かない。
――これならいける! 晴斗がコンタクトを外した理由が分かる!
斗真は心の中でひっそりとガッツポーズをした。



