【短】親友がコンタクトを外したので、




「別に文句があるわけじゃないんだけどさ」


 中庭の自販機の前で、おつりを財布にしまいながら晴斗(はると)が呟く。


「早くない?」


 その隣に立っている斗真(とうま)は、視線を空に向けつつも言葉を返した。


「早くない早くない。この前10月になっただろ? だからもう冬も同然!」

「なんじゃそりゃ。10月ってことは夏終わったばっかってことだろ」

「でもさ、いっつも秋!って感じがしないまま冬になってるじゃん。てことは大差なしってことで冬じゃね?」

「それ、めっちゃ秋に失礼」


 取り出し口から飲みものを取って、斗真に差し出しながら晴斗は笑った。


「……そういうの、斗真らしいけどさ」


 そんな晴斗を見て、斗真も自然と笑顔になった。自販機でココアのボタンを押しただけなんだけどな。


「晴斗はなににすんの?」


 もうココアを飲もうかと考えながら聞いてみる。晴斗は硬貨を入れてから『んー』と人差し指を彷徨わせた。その指が一つのボタンで止まる。


「せっかくだし、コーンスープにしようかな」


 押すと、がちゃんと音がして缶が落ちてくる。斗真は自分のココアの缶を手の中で転がすのをやめた。


「やってること俺と同じじゃん! せめてものココア」

「なんで?」

「ココアは裏切らない!」

「どっかの誰かも言ってたな、そんなこと。……とりあえずこの冬初めてってことで、コーンスープだよね」

「晴斗も秋に失礼だし! まだ冬じゃないんだろ?」

「……おっと、斗真のがうつっちゃった。なーんて」


 さすが晴斗、ノリがいい。そしてよく笑う。

 斗真は素早く晴斗のコーンスープを自販機から取って、駆け出した。


「晴斗、急げっ! ぬるくなる!」

「はいはい」


 ベンチに座った斗真に続いて、晴斗もゆっくり歩いてくる。腰掛けた晴斗に取った飲みものを渡して、自分はココアを開けようとプルタブに指をかけた。が。


「斗真」

「ん〜?」


 名前を呼ばれたらどんなときでも顔を上げてしまうのはほぼ反射だし、呼んだ人の方を見てしまうのはそういう習性なのだろう。

 晴斗と目を合わせると、晴斗はいつもの爽やかな笑みより少し幼い笑みを浮かべた。


「せーの、」


――乾杯!


 晴斗は缶を開けてコーンスープを飲む。斗真もココアを開ける。


「なんかさ、外で飲むのもいいな」

「いいなって、まだ飲んでないくせに。なんなら明日も来ようか?」

「いーや、そういうことじゃなくて」


 斗真が言葉をにごすと、晴斗は一口飲んでから指を鳴らした。


「たまにがいいってことか」

「そーゆーことっ!」


 ぱちんと指を鳴らして返す。


「それと、そこに俺の親友がいたらなおよし! な、晴斗」

「それはこっちも」


 斗真はココアの缶に口をつける。飲んだ瞬間、湯気でかけていたメガネのレンズが一気に曇った。メガネをかけている斗真にとってはよくあることだ。


「……ごめん、メガネ曇った」


 缶を置く。晴斗に断りを入れてから立ち上がって後ろを向いた。よくはないと分かっていながら服の裾でレンズを拭いていると、晴斗が問いかけてくる。


「なんで後ろ向くの?」

「ほら、俺めっちゃ視力悪いから。かけてないと目つき悪くなるわけ。それを気にしての、これ。見られて目つき悪いって言われるとか最悪じゃん」

「それ、知ってた」

「じゃあなんで聞くんだよ。そういう晴斗はコンタクトだもんな。楽なようで」

「斗真もコンタクトにしたらいいじゃん」

「えー……」


 メガネを拭く手を止めて、宙を見つめる。今晴斗に言われたことは何度も考えたことがあったけど。


「目、痛くなるらしいじゃん? 昼寝できないし。あとさ、普通に怖い」

「それが一番の理由か」


 話しながら拭き終えて、よごれを確認するために太陽の光に当てた。顔を近付けてみて、よし、きれいになった。


「なあ、斗真」

「ん〜?」


 呼ばれて、メガネを手にしたまま振り返る。呼んだ張本人はなにも言わずに動きを止めている。


「なに?」


 晴斗と目が合う。正確には、目らしきものと合った。


「……なんでも」


 目らしきものがそらされる。裸眼だとぼやけすぎていてよく分からない。……裸眼? 裸眼のまま?

 たしかに今、メガネをかけていない。ということは。


「なんだ、目つき悪かったってことだよな? あ、それともかっこよかったとか?」

「…………」


 晴斗はまた黙る。見られたのが晴斗ならいっかと思いながら、


「ためらうなー!」


 ぼやけたままの視界で晴斗を捉える。


「こっちが恥ずいんだけど! そこで遠慮するな! マジ、笑って!」


 メガネをかけて、改めて晴斗を見る。晴斗はどこか戸惑った様子だが、そんなこと言ったっけ? そんな返しづらい冗談だったっけ?


「いつものやつだから! 目つき悪いのは知ってるし! ほら、明るく、前向きに行こうぜ相棒!」


 ばしんと背中を叩くと、そこで晴斗は表情を和らげた。


「……そうだね」


 斗真も内心ほっとする。ベンチに座ってココアを持ち上げると、目の前にコーンスープの缶が差し出された。


「一口いる?」

「よっしゃ、いる! 俺のも一口あげる!」


 斗真はコーンスープを受け取って、交換にココアを渡す。