箱入り娘の箱の中

「あらっ、午後ちゃん、鉛筆だ」

 たぶん、中学校の1年生の秋だった。言ったのは、田舎の学校のせまい教室の中、問題を解く生徒を見回っていた先生である。理科の担当の彼女は「いいですねえ、先生も鉛筆派よ」と言って、それから、わたしの隣の男の子のノートを覗き込んでいた。

 ◇

 わたしは鉛筆が好きである。かすかな木の匂いだって、芯のところのつめたさだって、金の字の刻印のへこみ具合だって、素敵に文学的だ。きっと、シャープペンシルの方が何倍も書きやすいのだろう。それでも文具店で1ダースも買ってきてしまうのは、ちょっぴり意地になっているせいかもしれない。

 小学校で推奨されていたのは、2Bだった。
 保育園を卒業するとき、きれいな保育士の先生から、これも1ダース手渡してもらったのを覚えている。ピンクものと、白いのと6本ずつで、その日年長さんでなくなったばかりのわたしには、それが途方もない数に思えた。
 そのピンクの1本が、使いきれずに、まだわたしのペン立てに刺さっていることは、小さな秘密である。

 2Bのそれはあんまりにもやわらかいから、わたしには合わなかったのだ。わたしにはものを書くとき、ぎゅっと力を入れてしまう癖がある。小学校1年生ならいいけれど、中学年になってくるといくらか握力がついた。さらさらっとした感じで「4÷2」とか、「白いぼうし」とかノートをとっているクラスメート。ほんのちょっとうらやましかったのを覚えている。

 しばらくして、Bのを買った。どうしてだかわからないけれど、また1ダース。1本試しに買ってみて、使えばよかったと思わなくもない。ピンクの2Bよろしく、Bの鉛筆は今もペン立てでしょんぼりしている。

 さすがのわたしだってそこで学んだのか、やっとばら売りを買うようになった。「もうやわらかいのはこりごりだあ、えいっ」とHのもの。それは小豆色の、お尻の丸い鉛筆で、手の側面が真っ黒になることも、粉をひっぱってノートが汚れることもなかった。けれどもしかし、手が痛み出した。生まれて初めて腱鞘炎というのになったのである。中学校一年生の前半、そのころは小説もノートに書いていたし、なんなら絵を描くのも好きなのだから、無理もないこと。濃く書けないから、はて、となって、なおさらぎゅっとしてしまったのだ、きっと。なんだか悲しきモンスターみたいである。

 執筆も描画もできない、なんだかつまらなくて不便な数日間を過ごしたわたしは、やっぱりHBを使ってみることにした。これがなんと、シンデレラの靴みたいにぴったりだったのである。——シンデレラの靴とHBの鉛筆とを一緒にしては、フェアリー・ゴット・マザーはご不満だろうけれど、やっぱりそのくらいぴったりだった。
 書き味はなめらかで、手はどんどん筆を進めるし、金の刻印はきらきらしていた。わたしはにやっとする、やっとぴったりの鉛筆を見つけたのだ。
 あのとき「えいっ」とHを買わなかったら近道、というか正規の道が通れていたのだけど、そのことはそっと胸に秘めておいた。遠回りもきっと、一種の文学。

 ◇

 そうして中学校1年生の秋、いまごろ。るんるんとして、クラスメートの大半がシャープペンシルを使う教室の中、その日も鉛筆で問題を解く。
 そのとき、先生が言った。

「あらっ、午後ちゃん、鉛筆だ」

 わたしはふふっと笑って、たしか、「そうなんです」とだけ答えた気がする。のっそりしたわたしが、クラスメートより気持ち分だけ早く問題を解き終わった日のことだった。
 そのときのことを思い出すと、久しぶりに鉛筆で小説でも書こうかしら、という気持ちになる。——さみしげなほかの硬さの鉛筆たちをどうするか、と考えるのが、それより先な気もするけれど。