見えない方程式



「ばいばーい、心音」

「また明日ね~」

手を振る瀬那と玲亜の姿が、手を振り返す心音が角を曲がったことで見えなくなる。

「……はぁ」

だから心音は、自然とため息を吐き出していた。

多少の選択ミスはあったものの、なんとかカバー出来るミスの大きさだったから、今日もなんとか大丈夫だった。

もう、私はあの時の私じゃないんだから――心音は高1時代の自分を思い返し、唇を噛み締める。

元々、心音は友達作りが得意ではなかった。

ハッキリ言ってしまえば、だれにも見られないのなら自己紹介カードの【苦手なこと】の欄に【友達作り】と書くと確信しているくらい、苦手だった。

幼稚園時代は大抵、先生がなんとかしてくれた記憶がある。

小学校時代も1年生だった時は似たようなものだったし、2年生に上がってからは1つ下の妹が入学してきたため、心音は休み時間になるたびに妹のクラスへ遊びに行っていた。

しかし学年が上がるにつれ、比例するようにその行為が恥ずかしくなっていった。

けれど妹のクラスへ行きさえすれば、自分より1歳下ということが信じられないほど優しい心を持つ妹が相手をしてくれたため、だんだんと恥ずかしさも消えていった。

だが、思春期同様、人間の心というものは変化していくものである。

5年生になると、心音は妹のクラスに向かう足が動かなくなってしまったのだ。

休み時間になるたびに教室から出ていく上、クラスメイトに話しかけられてもぼそぼそと聞き取れるか聞き取れないかくらいの声量で返し、自分から会話を広げようともしない心音は、同じ学年に友達がいないままだった。

中休みや昼休みになるたび、周りのクラスメイトは男子も女子も関係なく友達同士で集まるのに、自分は友達がいないことを強調するかのように教室から出ていくのが苦痛に思えてきたのだ。

もしも、心音の誕生日があと1日ずれていたら。

心音は小学校から今まで学校に行けなかったかもしれない、あるいは山崎佳子のように保健室登校をしていたかもしれなかった。

「心音、誕生日おめでとう!」

妹が満面の笑みで、パチパチと拍手をする。

両親の拍手も加わり、そして途切れた時。

母親が心音の好きなレモンが乗ったケーキを作ってくれた手で、長方形の箱を渡してくれた。

『心音。11歳の誕生日、改めておめでとう。これ、お母さんとお父さんからの誕生日プレゼントよ』

11歳になったばかりの小さな手が、少し苦戦しながらも長方形の箱の封を破る。

そこから出てきたのは、母親や父親のような大人がいつもいじっていたものだった。

『なにか分かるか?スマホだ。しかも心音専用の、な』

スマホ、心音専用。

それは、1年に1回必ず言われる『誕生日おめでとう』と同じような特別な響きを放って、父親に言われた。

心音は無邪気に喜ぶ。

自分専用のスマホをもらったことが、大人への第一歩だと感じて嬉しかったからではない。

スマホがあれば休み時間、妹のクラスに行かなくても大丈夫だと思ったからだった。

「……ふふっ」

休み時間はスマホを睨めっこを繰り返していた、小5から高1の自分がずいぶんと懐かしく感じ、心音の顔に思わず笑みが浮かぶ。

けれど、そこでふと思い立った心音は救世主であるスマホをポケットから取り出し、慣れた動きで操作した。

その指が押したのは、とあるアプリのアイコンだった。

乙女ゲームの友達版、とでも言おうか。

普通の乙女ゲームとは、はなっからの目的が――選択肢次第で迎えるエンドが違うというのは変わらないが――違う。

乙女ゲームでは対象の男キャラと両思いになるまでを目的としているが、心音のインストールしているアプリは対象の女キャラと友達になるまでをのを目的としている。

だから、乙女ゲームの友達版、なのだ。

心音はそのアプリに、出会うのもハマるのも早かった。

現実では相変わらず友達はいなかったが、選択肢をミスしない限り友達が出来るアプリなのだから、当然と言えば当然ではある。

高2になり、瀬那と玲亜というゲームとは色んな意味で違う友達が出来てから、繰り返し愛用していたそのアプリに触れることは少なくなっていった。

しかし忘れ去ったわけではなく、たまにこうして起動する。

だがここ最近はホーム画面を見るだけで、それはプレイする精神ではなくなってしまったからだった。

周り――瀬那と玲亜に合わせることは、ゲームで選択肢をミスしないように頭を働かせることの倍以上、神経を使うと分かった。

それでも心音は、また明日もあの2人に合わせるんだろうな、と思う。

友達に嫌われないようにするためにどんな選択肢を選ぶか、それは明白なのだから。