「うちのクラスの山崎さ、保健室登校とかマジダサいよね」
瀬那の言葉に、心音の背筋がぴんと伸びた。
先生に問題を当てられる直前のような、これから悪い話をされるような、独特の緊張感が心音を襲う。
時間を早送りしたいという叶えることの出来ない願いを込めて、机の下で不器用に指を動かす。
「山崎さんって、あの地味な子~?」
いつもの少しおっとりした口調で質問を投げかけた玲亜に、瀬那は前髪を校則違反のネイルが塗ってある指で整えながら頷く。
「そうそう。うちら2年はどうせあと1年で高校卒業するのにさ、教室にいれないとかどういうこと?って感じ」
「でも最近は山崎さん、給食を取りに教室に来れてるよね~」
「そうだっけ?うち、全然気づいてなかった」
平然と言い放った瀬那に、玲亜は苦笑する。
だがそれは、苦い笑いというには、苦さがあまりない――それどころか面白みというのも入っていそうな――笑いだった。
ただの間違え探しでさえ苦戦することの多い心音だが、玲亜のその笑いの名前が苦笑ではないことはすぐ見抜いた。
なぜかと問われたら、見慣れているから、と答えるであろう心音はお得意の偽笑顔を貼りつける。
「私も気づかなかったな。山崎さん、影薄いね」
「影薄いレベルじゃないって。山崎が保健室登校になったって担任のおっさんから知らされた時、うち、『それだれだっけ?』ってなったもん。マジで」
「え~、それは瀬那が他人に興味ないだけじゃない?」
「そう?でも考えてみれば、山崎みたいな保健室登校しそうな陰キャは名前すら言えないや」
陰キャ、の単語に、クラスの端で固まっているいわゆる陰キャラのクラスメイトたちの動きが、一斉に止まった。
距離は意外と離れているものの、瀬那の無駄にでかい声は筒抜けだったのだろう。
青ざめてうつむいた彼女たちの姿が心音の視界に入る。
今さっきの心ない発言は心音の口から出たわけじゃないけれど、飼い犬か自分の兄弟が人様に迷惑をかけたみたいに、瀬那があんなこと言ってごめん、と彼女たちに謝りに行くため椅子から腰を浮かす。
――そんな、絶対に出来ない妄想を心音はする。
妄想とは真逆の現実に引き戻されたのは、瀬那と玲亜2人の会話が始まったからだった。
「てか陰キャっていえば、保健室登校ってさー、絶対陰キャが選ぶ道だよね」
「それも、友達がいない陰キャだよね〜。友達がいたら教室にいるくらい出来るも〜ん」
「たしかに!でもさ、友達が出来ないのはそいつの努力不足じゃね?テキトーに、友達になれそうなやつに声かけとけばいいのにさ、それすらも出来ないわけ?幼稚園児じゃないんだからさぁもう」
瀬那のその言葉は、確実に心音の心を抉った。
心、という自分の名前にも入っている漢字が、体のどこにあるのかは分からない。
しかし、アイスクリームみたいに簡単に抉られた心は、え、だかなんだかの発音をこぼした口と共鳴してしまった。
瀬那の無駄にでかい声は、心音の選択ミスをかき消してくれず。
「え、なに」
玲亜はともかく、瀬那も本当にその選択ミスを不思議がっていると思う。
思うけれど。
周りの同意を得てイジメを加速させるイジメっ子の言葉のように、瀬那の不思議がっている問いですら圧を感じた。
心音の勘違いかもしれない、だが選択ミスをした自分を責めるような圧を――
「い……いや、なんか意外だなって」
言ってから、意外、なんて人によっては不愉快に感じるであろう単語を引き合いに出して後悔する。
けれど、仮にも瀬那と玲亜に合わせてここまで生き残れている心音は、学校にいる間は休みなく働いている脳みそをより総動員させて続けた。
「えっと、山崎さんは保健室登校してるじゃん?2人は保健室登校のことあんまりよく思っていなさそうだから、もっと悪く言うのかなって思って」
山崎――山崎佳子の存在すら忘れていたと言う瀬那による、悪口というかディスりというかの会話を聞いていなかったわけではなかった。
玲亜は山崎のことをあまり悪く言いたくないような返しをしながらも、無駄にいい子ぶる仮面を剥げば、瀬那と同類になるだろう。
そんなことがらはとっくに分かっていながらも、心音も同類に成り下がる発言をする。
するしかない。
実際、決定事項みたいに瀬那と玲亜のテンションが上がった。
「うわ〜、心音意外にキツイね?」
「てか悪く言うっていうか、保健室登校自体論外なんだよね。ただ逃げてるだけじゃん」
「逃げてるかな〜?」
「逃げてるよ。保健室登校なんかセコいことしちゃってさ、山崎の将来はお先真っ暗決定!どんまーいって感じ」
「山崎さん可哀想〜きゃははっ」
「…たしかに可哀想だね、教室に来れば済む話なのに」
瀬那がだれかを悪く言い、玲亜がその対象を庇うフリをしながらも笑い、心音が合わせて相槌を打つ。
これがいつもの日常だった。
普通の女子校生の会話が、こんなにもドロドロしていないと心音は思う。
それでも心音にとっては、これが日常――普通だった。


