『好きな人の好きな人』に捧げる恋愛手引書

 クラス会は試験の最終日に予定通り行われることになった。
 昼はファミレスに行くこと、夕方からは夏祭りに行くことを守屋に告げたら、すぐさまチャットが動き、参加者が続々と集まった。
 参加する人数はクラスの七割程度で、任意参加ではあるもののまずまずの出席率だ。
 先に集まれる人たちだけでファミレスに向かえば、十人用の長いテーブル席とその横の五人用の席に案内された。

「やっと座れた〜!」

 守屋が我先にとソファ席に座り、十人用テーブルの長みたいな顔で腕を組む。
 席は自由で、なるべく周りが観察できるように端っこを……と思ったけれど、またしても伊波に首根っこを掴まれた。デジャヴだ。

「相川はこっち」
「ちょっと、勝手に決めないでよ」
「俺の隣が嫌なのかよ」
「嫌……ではないけど、ここ最近ずっと一緒じゃない?」
「当たり前だろ。俺のセンセーなんだから」

 そう言って、五人掛けのテーブル席に誘導される。
 結局、俺が壁側、出口を塞ぐように伊波という配置になってしまった。
 これだと伊波の想い人を探る計画が早くも狂ってしまう。せめて誰か伊波の隣に女子でも来てくれたら……と思ったけれど、こんなときばかりみんな遠慮しているのか、誰も隣には来なかった。

「注文はタブレットで取ってくださーい!」

 守屋の合図で、十人席と五人席側でそれぞれ料理を注文していく。
 目の前には事情を知っている長谷川さんがいて、残り二人は別の女子だった。

「相川は? なにする?」
「俺はポテトにする」
「そんだけじゃ腹に溜まんねぇだろ。もっと食え」
「ちょっと、脇腹を突かないで!」

 俺と仲良しこよしをしている場合ではないのだ。助け舟を求めて長谷川さんを見るも、なぜかじーっと俺の顔と伊波の顔を交互に見つめるだけだった。

 そうしてあらかた注文を終えたあとは、ドリンクバーで各々好きな飲み物を持ってきて乾杯する。
 暫くするとポテトやピザなど、みんなでつまめるものがテーブルに運ばれてきた。なんだかんだ、このテーブルにいるメンバーは気が回る人たちのようで、シェアして食べられる料理ばかりだ。
 ポテトおいしいね、ピザおいしいね、と食べ物に舌鼓を打っていたら、次第に話題は恋愛相談に変わってくる。
 これじゃあ、いつもと変わらない……と思ってポテトをつまめば、伊波もポテトをつまんだ。

 ……ん? さっきから行動が被ってない……?

 試しに俺がポテトを二本同時につまめば、伊波も二本つまみ、俺がメロンソーダを飲めば、伊波もメロンソーダをストローで啜る。
 今度はおしぼりで手を拭えば、伊波があからさまにおしぼりで指先を拭った。

「……でさ、接点ないから望み薄なんだけど、いけると思う?」

 長谷川さんの隣に座っていた吉野さんから話しかけられて、ハッと意識を彼女に向ける。
 つい、伊波の観察に夢中になっていた俺は、吉野さんの話に耳を傾けた。

「そういう望み薄な子には、特殊なシチュエーションに引きずり込むのが手かもね」
「どういうこと?」
「【吊り橋効果】って聞いたことない?」
「あ〜、なんか不安とか恐怖のドキドキが恋のドキドキに感じるみたいなやつ?」
「そ。そもそも恋は脳みそのエラーって言われてる。とっても騙されやすくできてるから、その不安とかのドキドキを恋のドキドキと思っちゃう」
「なるほど〜」
「ほら、今日の夕方から夏祭り行くじゃん? そこで思い切って一緒にお化け屋敷でも入ってこれば〜?」
「まず誘うのが難しいって」

 同じクラスの男子に恋をしているらしい吉野さんにアドバイスをすれば、隣で聞いていた伊波が、ふーんと相槌を打つ。
 意図せず伊波にも恋愛テクニックを披露したことになってしまったけれど、いずれは伝えるつもりだったからいいだろう。
 むしろ、伊波が誰かをお化け屋敷に誘えば、そこで意中の相手が一発でわかるかもしれない。

「アシストするから大丈夫だよ。それに、あとちょっとで夏休みに入っちゃうし、接点は作っておきたいじゃん」
「そうだよね、頑張ってみる」

 彼女が気合を入れたところで、そろそろ場所を移そうという流れになる。
 人数分の席が空くまで待っていた時間のほうが長すぎて、楽しくご飯を食べていた時間はあっという間だった。
 お会計を済ませ、全員でぞろぞろと店の外へ出ていく中、俺はその前にファミレスでトイレを借りる。すると、こんなところまで真似しなくてもいいのに伊波もやってきた。

 狭いトイレでジャバジャバと手を洗いながら、その横で同じように手を洗っている伊波を睨む。

「……伊波、わかってるよね?」
「なにが?」
「俺の真似してどーすんのって話! 好きな子の真似するようにって言ったよね!?」
「あー……そうだっけか?」

 とぼけた顔で言う伊波に、怒りたい気持ちがしゅるしゅると萎んでいく。
 そもそも俺は伊波の好きな人を炙り出すために、わざとミラーリング効果のことを伝えた。それも、好きな子の行動だけ真似するんだよ、と。
 だけど、そんなずる賢い算段など伊波は知らない。伊波になにも告げないまま、俺は伊波の秘密を暴こうとしているのだ。

 だから、俺が怒るのは筋違いだ――。

「……次から気をつけてね」
「わかったわ」

 本当にわかってるんだか、わかってないんだかわからない返事をして伊波がトイレから出ていく。
 俺も伊波に続いて店の外に出れば、すでにクラスメイトの姿が小さくなっていた。

「あーあ、置いていかれちゃってる。早く行こう」
「真」

 走り出そうとする俺の手を掴んで、伊波が足を止める。
 なに? と振り向けば、伊波がムスッと唇を尖らせていた。

「えっと、どういう感情……?」
「どうもなにも、ゆっくりでいいだろ。走ったら疲れる」
「……それもそうか」

 どうせ行き先は同じだ。急いだところで疲れるだけだし、さっきの時間でなんとなく伊波のことはわかった。

 あの空間に、伊波の想い人はいない。そうでなければ、真っ先に俺の隣に座った意味がわからない。

「あっつー……」
「なら、手を離してよ」

 さっきから繋ぎっぱなしになっている右手を見る。咄嗟に手を握っただけだとわかっていても、心臓がバクバクとおかしな音を立てていた。
 鼓動が体の内側で激しく鳴っているのがわかる。ちょっとだけ、心臓が壊れそうで心配になる。
 自分の体なのに、ひとつも制御できないのだから恋は厄介だ。

 俺は友人として伊波の恋を全力で応援すると、そう決めたのに。

「また泣きそうな顔してる」
「してないよ」
「なぁ、真、俺……」

 伊波が立ち止まった瞬間、前方にいた守屋が「おーい」と俺たちを呼んだ。

「早く〜! おせーぞ!」

 守屋の声にびっくりしてパッと手が離れる。幸いにしてかなり離れていたから、守屋には俺たちの手が触れ合っていたことはバレていないはずだ。
 それでもさっきの恋の緊張とは違うドキドキが胸を打ち、見上げた伊波も同じように焦った顔をしていた。

「これが吊り橋効果ってやつ?」
「……そーね。ちょっと違うかもだけど」

 吊り橋効果にしては弱い気もするけれど。
 ただ、俺は伊波に触れられるだけでドキドキする。特殊なシチュエーションじゃなくても、俺は伊波の一挙手一投足に心を乱されていた。

「早く行こっか」
「おう」

 ぱたぱたと走り、やっと前にいた集団に追いつく。
 夏祭り会場である神社の鳥居の前までたどり着いたときには、夕方から合流すると言っていたクラスメイトたちも集まっていた。

「こんだけの人数が揃うと圧巻だな〜」
「ね、まだなにもしてないのにワクワクしちゃう」

 放課後にこれだけの人数で集まって遊ぶことがないからか、みんな浮き足だっているみたいだ。
 この状況ならきっと俺の提案も受け入れてくれるはず……と、手を打った。

「ね、みんなさ。このお祭りで一番人気なのはなんでしょう」
「人気〜? 金魚すくいとか?」
「たこ焼きじゃね?」

 口々に意見が飛んできて、俺はニヤリと笑う。
 このお祭りでなんだかんだ人気なのはお化け屋敷だ。毎年、怖さがパワーアップしていて、この祭りの名物でもある。
 みんな知らないわけでもないだろうに言わないのは、ホラーコンテンツに対して若干の苦手意識があるからだろう。
 だけどクイズ形式にすれば、いずれ誰かが答えにたどり着く。案の定、お化け屋敷? と誰かが言った。

「せいかーい! ってことで、みんなで行こうよ。さすがに全員で入るのは難しいから何人かのグループになってさ」

 そう提案すれば、俺の意図を汲んだらしい何人かが賛成と声を上げた。

「くじ引きでチーム決めてもいいけど、希望もあるだろうし、ある程度自由にしよ。どうしても決まらないところとか、男女比が微妙なところは、あとでバランス見てくっつけたりするかもだけど」

 ニコッと笑って、さっき相談してくれた吉野さんに目配せする。
 俺の提案はすんなりと受け入れられ、お化け屋敷がある場所へと移動していく中で確実にチームができていった。

「はい、じゃあできたね? えっと、こことここはチーム合体して、そこは多いからバラしね。あと、そこはひとチームで」

 みんなの恋愛相関図は頭の中に入っている。喧嘩しないように、邪魔しないように、離れないように。
 アレコレとくっつけて、やっと理想のチームが出来上がった。

「よし、じゃあ最初のチームから順に入っていこう!」

 みんなの気が変わらないうちに誘導して、みんなを中に入れていく。
 そうして案内役に徹したあとで、何か忘れているような……と首を傾げた。

「で、真はどうすんだよ」
「うわぁ! あれ、まだいたの?」
「真が誰ともチーム組まねぇから、さっき抜けた」

 そう、伊波はこの期に及んでも誰かを誘う素振りを見せなかったので、適当に他のチームに混ぜたのだ。だけど、気付かないうちにチームから抜け出していたらしい。
 お化け屋敷の入り口で俺と伊波だけが残ってしまった。

「……俺はここでみんなを待つよ」
「は? 行くに決まってんだろ。ほら」
「ちょっ!」

 ギュッと手を握られて、伊波に引っ張られる。慌ててお金を払いお化け屋敷に入れば、中は思った以上に暗かった。

「手、離すなよ」
「いや、繋がなくてもだいじょう……ひぃ!」

 わっ、と横から血塗れの役者が飛び出してきて、猫みたいに飛び跳ねる。
 すぐに伊波が抱きとめてくれて、無様に腰を抜かすことはなかった。

「大丈夫かよ……」
「大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけ……ぎゃああああ!」

 今度は上から作り物の人形が降ってきて白目を向く。気付けば伊波の手どころか腕に自分から抱き着いていた。

「本当は怖いの苦手なんだろ」
「……そーだよ。悪い!?」
「悪くはない。可愛いな、とは思うけど」
「か、かわっ……」

 そんなこと、初めて言われた。可愛いの対極にいると思っていたから、心臓がぐるんと上下逆さまになったみたいに変な脈の打ち方をする。
 じわりと頬まで熱を帯びてきて、ここが真っ暗な室内でなければ誤魔化しきれないほど赤い顔になっていた。

「吉野のために提案したんだろ? これ」
「まーね。それに、みんなの役にも立つかなぁ、って」
「そういうみんなに気を回すところ、好きだわ」

 俺を見下ろし、優しく笑う伊波に、あぁ、好きだなぁ、と語彙力もへったくれもない感想を抱く。

 好き、好き、大好き。
 伊波に想われている人が羨ましい。
 そう言えたらいいのに、俺は己のちっぽけなプライドと伊波の傍にいたいという私利私欲のために始めた恋愛相談のせいで自分の首を絞めている。
 好きな人の好きな人を幸せにするために、努力したわけではないのに。

「真」
「……なに」
「俺、真のことが好きだ」
「もう、ここで吊り橋効果を試そうとしないでよ。俺が本気で伊波に惚れたら、困るのは伊波だよ。ていうか、目の前にガチで吊り橋みたいなのがあるんだけど……」

 少し先に川を模したセットと、吊り橋ではないけれど木の橋がかかっている。
 どうやらここを通らなければゴールにたどり着けないらしい。だけど、橋の下は真っ暗。明らかに何かが出てくるのはわかる。

「ぜ、絶対、俺の手、離さないでね」
「言われなくても離さねーわ」
「絶対、絶対だよ」

 及び腰になる俺とは打って変わって、伊波は臆することなく歩いていく。
 伊波の半歩後ろで、一歩、また一歩と足を出したところで、左足に冷たいものを感じて視線を下におろしかけた。

「見るな」
「わっ」

 横から大きな手で目を覆われて、元々暗かった視界が真っ暗になる。優しい声で「大丈夫だ」と囁かれて、恐怖で乱れそうだった息が落ち着いた。

「ゆっくり前に歩け……そう、あと少しだから」

 橋を渡りきれば、出口の明かりが見えてくる。
 そうしてやっとの思いで外に出てきた頃には、先に入っていたクラスメイトたちが俺たちのことを待っていた。

「よかった! 相川だけひとりで行ったんかと思ったわ」
「ずっと誘導してたしね」
「てか、伊波と入ったんだ」

 守屋と波多野、喜多がお疲れと肩を叩いてくれる。
 どうやら、このお化け屋敷作戦は功を奏したようで、吉野さんは意中の相手と連絡先を交換していた。
 その他にも、ちらほらと関係が進展したらしいところがある。脳内にある恋愛相関図が大きく変わりそうだな、と思っていると、何かをピトッと頬に押し付けられた。

「うわぁ!」
「ほら、水。飲んどけ。さっきまで叫びまくってたから喉痛いだろ」
「あ、りがと」

 伊波が近くにあった自販機で飲み物を買ってきてくれたらしい。
 手渡された水を受け取り、一口飲めば、伊波も同じようにペットボトルを煽っていた。

「じゃあ、ここからは自由解散なー」

 人によっては門限や塾などの予定があるかもしれないということで、守屋の一声で解散になる。

 俺はお化け屋敷の一件ですっかり気力を失っていたため、守屋たちにご飯を食べようと誘われたけれど、そのまま帰ることにした。

「……で、伊波はなんでこっちに来るのさ」
「俺ももう疲れたから帰る」
「あっそ……」

 絶対、嘘だ。たぶん、俺のことを心配して来てくれたんだ。でなければ、こうして俺の隣を歩く理由がない。伊波にはなんのメリットもないんだから。

 当たり前のように駅まで送ってくれるらしい伊波の横を歩き、俺はひとつの核心を得る。

 伊波は、俺の知らない誰かを好きなんだ、と。

 他クラスや委員会活動で知り合った先輩や後輩、個人的に仲のいい人や中学からの知り合いとなってしまうともうお手上げだ。
 俺では伊波の意中の相手を探ることができない。

 ただ、これだけは言える。もう俺から伊波にアドバイスできるものはないということ。
 伊波は俺の恋愛テクニックなんかなくても、思いやりに溢れていて、優しくて、かっこよくて、完璧だ。惚れた贔屓目はあるかもしれないけれど、それでも魅力的なことには変わりない。

 だから、この恋愛相談室は終わりだ。終わりにしなければ。
 これ以上は、俺が苦しいだけだ。

 全力で伊波の恋を応援すると決めたのに、俺は俺自身の心を守るためのことしか考えられない。

「……ねぇ、伊波。来週の月曜日の放課後、備品置き場に来て」
「あ、あー……わかった。まだあんだな、相川センセーの恋愛テクニックが」
「まーね」

 勘違いしているらしい伊波の言葉を訂正することなく、ニコッと笑って「俺、こっちだから」と駅に向かって走り出す。 

 伊波に最後まで送っていくと言われたけれど、俺は無視して全速力で走った。
 ハッ、ハッ、と息が切れて、肺が苦しい。体が悲鳴を上げる。

 これでいい、これでいいんだ。献身的な愛は、今日で終わりにする。