『好きな人の好きな人』に捧げる恋愛手引書


 放課後、俺は長谷川さんたちを呼び出して、臨時の相談室を開いていた。
 交換条件はひとつ。彼女たちの恋愛相談を聞くかわりに、伊波の想い人を探るというもの。
 彼女たちは俺の話を聞くなり目を輝かせた。

「え、伊波って好きな人いんの!?」
「さぁ、知らないよ。本人から聞いたことないし。でも俺の勘がなんとな〜くそう告げてるだけ」

 さすがに本人から恋愛相談されているとはいえない。うまく言葉を濁したけれど、恋愛のスペシャリスト相川真が言うならそうなんだろうとすぐに彼女たちは納得してくれた。

「なにそれ面白そう〜。てかさ、それなら来週テスト期間で最終日だけ午前終わりじゃん? だから、みんなでファミレス行こうよ。しかもその日は夏祭りがあるよ」
「いいね、クラスのみんなで行こうよ!」
「夏祭りだったら、部活動ある子も合流できるし、クラス会ってことにすれば自然に集まれるじゃん!」

 女子たちの盛り上がり方がすごい。そして、出てくる案も自然で悪くない。
 うちの市では本格的な夏休みに入る前に、大きな夏祭りがある。今年はちょうどその日が一学期の試験終了日だ。

 そうと決まればクラスのムードメーカーである守屋にセッティングを頼もう。そうすれば男子側は人が集まる。
 女子側は長谷川さんがまとめることになった。

「よし、任せて! てか、相川って友だち思いだよね〜。自分の恋愛関係は本当にひどいけど」
「それね。後腐れなく消滅させてるのがすごいまである」
「あはは、そうかなー……」

 全然、褒められたことではない。
 だって俺のお付き合いは所詮おままごとで、私利私欲にまみれたものだ。

 俺は立場上、伊波のことが好きだという女子からの相談も受ける。そのとき、相手の相談に乗るフリをして伊波へ向けていた気持ちを俺のほうにねじ曲げることがある。
 口説き方の練習、アピールの練習として甘い言葉をかければ、みんなコロッと落ちてきてくれるのだ。

 そうして向こうが勘違いしたところで魔法を解く。

 ――はい、練習は終わり。

 そう言えば、女子たちは途端に魔法が解け、俺と付き合っていた時間はまやかしだったのだと気付く。
 だけど、その頃には伊波に向けていた熱も萎んでいる。

 そんなことを繰り返していたから、実際は本当に付き合っていないのだけれど――あくまで練習でしかないのだけれど――その瞬間を見た人たちから相川とAちゃんは付き合っていると噂されるようになり、またあるときはBちゃんだった……みたいな感じで噂に尾ひれがついた。

 だから、実のところ恋愛初心者なのだ。不誠実だなんだと言われているけれど、そもそも恋のスタートラインに立てたことすらない。

「じゃあ、女子の方のセッティングはよろしくね」
「わかった!」
「俺は守屋に声かけるから。てことで、解散ね」

 そう言って、ぱんと手を叩いたときだった。ガラッと扉が開いて、一番事情を知られたくない本人が備品置き場にズカズカと入ってきた。

「何するって?」
「伊波!?」

 これには俺だけでなく女子たちもびっくりして目を丸くしている。伊波は怖い顔で俺の腕を掴むと、無理やり俺を立たせた。

「ほら、帰るぞ」
「えっ、え? そんな約束したっけ……?」

 有無を言わさない力強さで引っ張られ、体を捻りながら右手を胸の前で垂直に立てる。
 ごめんなさいのポーズは彼女たちに届いたようで、手をひらひらと振られた。

「ちょ、痛いよ、伊波」
「わりぃ。でも今は俺と恋愛のベンキョー中だろ」
「そうだけど……」
「だったらいまは、俺だけに教えろ」

 そんな横暴な……と思いつつ、今まさに伊波の好きな人を探って本格的なアドバイスをしようと計画しているところだよ、と心の中で悪態をつく。
 伊波はあろうことか俺を教室ではなく屋上まで引っ張ると、後ろ手で扉を閉めた。

「もしかして俺、突き落とされる……?」
「そんなことしねぇ。ただ、続きを教えろ」
「続き……?」
「恋愛テクニック」
「あー……」

 鬼気迫る勢いで詰め寄ってくるから何事かと思えばそんなこと。
 だけど伊波は相当焦っているのか、その表情には余裕がない。
 俺は風で靡く髪を手で払った。

「いまの俺の動き、真似してみて」
「は……?」
「いいから」

 言われたとおり髪を払った伊波に、俺はプッと吹き出す。
 素直で可愛いと言ったら、伊波は怒るだろうか。
 だけど、好きな人に好かれようと努力する伊波は可愛い。そして、かっこいい。どこまでも。

「……なんで泣きそうな顔になってんの」
「真が真似しろって言った」
「表情までは真似なくていいよ。それに、俺はそんな顔してない」
「いや、してる」

 風ではらはらと動く前髪が邪魔だと言わんばかりに伊波が俺の髪をかき分ける。
 そんなことまでしなくていい。というか、真似しろっていったのに。伊波は俺の前髪をかき分けると、両手で俺の頬を掴んだ。

「さっき、アイツらになんか言われたか?」
「言われてないよ。なーんにも」
「でも……」
「風で目が乾燥して痛いだけ」

 パッと伊波の手を払い、間に防御壁を立てるように内ポケットからメモ帳を取り出す。
 ページを捲るふりをして、俺は【ミラーリング効果】について説明した。

「いま、伊波にやってもらったのはミラーリング効果ってやつ」
「ミラーリング?」
「そ。同じ行動を同じタイミングでやるの。自分と似た行動を取る人に安心感や親近感を覚えるってやつ」
「なるほど」
「だから、相手のことをよく見て同じ行動を取るといいよ。簡単でしょ?」
「いや、難しくねーか? 常に鏡写しみたいに行動できねぇ」
「無理しなくていい。できるときでいいんだよ。あと俺の真似ばっかしてると変な癖ついちゃいそうだから、これだけは必ず(・・)意中の相手の行動を真似ること」

 このミラーリング効果を伝えたのは、次のクラス会で伊波の想い人を炙り出すため。
 もし伊波が誰かの行動に合わせて体を動かせばその子が意中の相手ということになり、逆に誰の行動も写さなければほかの場所に対象の相手がいることになる。
 そうやって地道に潰していけば、いずれは答えにたどり着ける。

「わかった、やれそうなときにやってみるわ」
「……うん」

 ……ごめんね、伊波。騙すようなことして。

 でもこれも伊波のためだから。伊波の恋を、叶えるための嘘だから。