伊波の想い人を見つける――そう決めたのはいいものの、俺は想像以上に己の考えの甘さに辟易していた。
『相川、飯行こう』
『あーいーかーわー』
『真、俺の横座れ』
伊波は、ことあるごとに俺を呼ぶ。そして、俺にばかり構おうとする。
これには守屋たちも驚いて、二人ってそんなに仲良かったっけ……? と首を傾げるほどだ。
「そうだった。俺、練習台にされてるんじゃん……!」
ギリッとシャーペンを握りしめ、真後ろにいるであろう伊波に意識を向ける。
当の本人は素知らぬ顔で授業を受けているだろうが、俺からしたら死活問題だ。
俺が練習台であるうちは、伊波の本当の想い人はどれだけ頑張っても探れない。だって俺が教えた恋愛テクニックは惜しみなく実験台である俺自身に向けられているからだ。
それに、伊波は相変わらず異性を寄せ付けようとしない。基本的には塩対応で、なぜか俺がそれをフォローする側だ。
ノンデリすぎるとそのうち嫌われちゃうよ〜と言いたいところだけれど、顔面と頭脳と身体ですべてをカバーしているので、多少の欠点は可愛らしさに変わる。
むしろ、付き合ったら浮気しなさそうな男子ナンバーワンに輝いていることを俺は知っていた。
つまり、俺とは評価が真逆だ。
「相川、問三の問題こたえろー」
「……はい」
「あと、私語禁止な」
「…………」
さっき、ボソリと呟いていた独り言を教師に聞かれていたらしい。前に出て問題を解き、席に戻ってこれば、伊波と目が合った。
――ドンマイ。
と、唇の動きだけで伝えてきた伊波に、誰のせいだよ……と喉元まで文句が出かかる。
こっちは、伊波の意中の相手を探すのに苦労しているというのに。
椅子に座れば、悪戯なのかツンツンとシャーペンで背を突かれて、ぴゃっと肩が跳ねた。
やめろ、という意味を込めて手で振り払うけれど効果はない。
まぁ、あと授業も三分くらいで終わるし……と好きにさせていたら、シャーペンの先が意思を持って動き出した。
『あ』
……あ?
『いかわ』
『すき』
――相川、好き……?
文字の意味を理解した瞬間、は!? と素っ頓狂な声をあげて後ろを振り返る。
ちょうど授業が終わり、タイミングよくチャイムが鳴ってくれたことで、俺の間抜けな声はかき消された。けれど、顔の熱さだけは誤魔化せない。
「顔赤すぎだろ」
「伊波が変なことするから! てか、いい加減、俺のこと練習台にしないでよ」
「相川センセーの恋愛相談室は手取り足取り教えてくれるって話じゃなかったのかよ」
「そんなこと、誰とも約束してませんー」
もちろん、受けた相談には全力で応えているけれど、別に好きで練習台になっているわけではない。
伊波がこんな調子だから、本人から恋愛相談を受けて一週間以上は経っているのに、俺はいまだに伊波の意中の相手にまでたどり着けていない。
俺は突っぱねられるのも覚悟で伊波の机に頬杖をつくと、塩らしく溜め息をついてみせた。
「あのさ、こんなこと聞くのはルール違反な気もするけれど……伊波の好きな人ってどんな子?」
本来、自分から相談者の好きな人を聞くタブーは犯さない。あくまで、相談者から話されない限りは把握しないようにしている。
まぁ、相談されすぎて会話の節々から知ってしまうことはあるけれど。
そんな俺の探偵スキルをもってしても見抜けないのだから、伊波の想い人はこのクラスにはいないのかもしれない。
もしかしたら、俺すら知らない人なのかも……。
「ハァ……」
「いきなり溜め息つくのはひどくない?」
「いや……。あまりにも真から教えてもらったテクニックが相手に響かないから頭が痛くなってきた」
「えぇ〜」
ピンとデコピンされて、痛みにうぅっと唸る。
すると十分休憩よりもはるかに早く次の時間の先生がやってきた。といっても、五時間目はホームルームなので、教室に入ってきたのはうちの担任である宮ちゃん先生だ。宮本で、宮ちゃん。
常に気怠げでやる気のない先生だけれど、だからこそ無駄なことはしない。
そんな先生の手には大きな黒い箱があった。
「はい、席替えしま〜す」
宮ちゃんが言った瞬間、教室が割れんばかりの声に包まれた。
「マジかよ、やったー!」
「え〜、今の席でよかったのに!」
「友だちと離れたくない〜」
まさに賛否両論。人にとっては天国にも地獄にもなるくじ引きだ。
俺だって複雑な気持ちである。
伊波の傍から離れたくないし、窓際の席は死守したい。だけど、一番前の席に居続けるのは嫌だ。名簿順だと必ず先生から当てられてしまうし。
「最悪……」
伊波も不服だったようで、その声には苛立ちが滲み出ていた。
「うちのクラスだけなんだよ。夏休み前まで初期位置のままなの。たまには組むパーティーメンバー変えたいだろ」
「でた、宮ちゃんのゲームオタクなとこ」
ことあるごとにゲームに例えてくるため、宮ちゃん=ゲームオタクな先生になっている。
宮ちゃんは黒い箱の中を混ぜると、フハハ! と悪役みたいに笑った。
「ほら、早く引け。ちなみにいまからこの中に当たり券を入れる」
「なにそれ」
守屋が「はい!」と手を挙げて尋ねる。宮ちゃんはポケットから紙を取り出すと、赤ペンで星マークをつけた紙をボックスの中に放り込んだ。
「さっきの紙を引いたやつは好きな席を指定できる。問答無用でだ」
「なにそれサイコーじゃん!」
一気にクラスが沸き立つけれど、当たり券は一枚だけ。
まぁ、当たるわけがないよな……と思いつつくじを引けば、案の定数字が書かれた紙で。
宮ちゃんが入れた当たりくじを引いたのは、派手な見た目の女子だった。
「やった! じゃあ、私は八番ね!」
八番は伊波の隣だ。そして、教室の真ん中あたり。頬杖をつき、興味なさそうに移動してきた女子を見ても、伊波は面白くなさそうにそっぽを向いたままだった。
「あーあ、あれじゃあ、嫌われちゃうよ……」
私情をすべて抜きにすれば当たりの場所である廊下の一番後ろの席で、伊波の後ろ姿を見つめる。
ちなみに、俺は前も横も斜めもすべて女子に囲まれていた。
「やった、相川じゃん。よろ〜」
「よろしく」
「ここラッキー席だ。いつでも相川に相談できるじゃん」
三人とも過去に俺が恋愛相談を受けたことがある相手だった。それぞれうまくいったようで、幸せな報告をもらっている。
ただ、付き合ってからもいろいろあるんだわ〜とぼやく彼女たちの期待に満ちた目は凄まじく、また相談に乗ってくれるよね!? というアピールが凄かった。
「はいはい。また月曜日の放課後に」
「いつも枠埋まってるじゃん」
「二ヶ月先なら空いてるよ」
「そのときには状況が変わっちゃってるんですけどー」
隣に座る長谷川さんがぶうぶうと文句を言う。便乗して、早瀬さんと水田さんからもブーイングを受けて、俺はう〜んと唸った。
その瞬間、後ろを振り返った伊波と目が合う。
「あっ、じゃあさ、ちょっと調査に協力してくんない?」
「調査? なんの?」
「それはねぇ――……」
『相川、飯行こう』
『あーいーかーわー』
『真、俺の横座れ』
伊波は、ことあるごとに俺を呼ぶ。そして、俺にばかり構おうとする。
これには守屋たちも驚いて、二人ってそんなに仲良かったっけ……? と首を傾げるほどだ。
「そうだった。俺、練習台にされてるんじゃん……!」
ギリッとシャーペンを握りしめ、真後ろにいるであろう伊波に意識を向ける。
当の本人は素知らぬ顔で授業を受けているだろうが、俺からしたら死活問題だ。
俺が練習台であるうちは、伊波の本当の想い人はどれだけ頑張っても探れない。だって俺が教えた恋愛テクニックは惜しみなく実験台である俺自身に向けられているからだ。
それに、伊波は相変わらず異性を寄せ付けようとしない。基本的には塩対応で、なぜか俺がそれをフォローする側だ。
ノンデリすぎるとそのうち嫌われちゃうよ〜と言いたいところだけれど、顔面と頭脳と身体ですべてをカバーしているので、多少の欠点は可愛らしさに変わる。
むしろ、付き合ったら浮気しなさそうな男子ナンバーワンに輝いていることを俺は知っていた。
つまり、俺とは評価が真逆だ。
「相川、問三の問題こたえろー」
「……はい」
「あと、私語禁止な」
「…………」
さっき、ボソリと呟いていた独り言を教師に聞かれていたらしい。前に出て問題を解き、席に戻ってこれば、伊波と目が合った。
――ドンマイ。
と、唇の動きだけで伝えてきた伊波に、誰のせいだよ……と喉元まで文句が出かかる。
こっちは、伊波の意中の相手を探すのに苦労しているというのに。
椅子に座れば、悪戯なのかツンツンとシャーペンで背を突かれて、ぴゃっと肩が跳ねた。
やめろ、という意味を込めて手で振り払うけれど効果はない。
まぁ、あと授業も三分くらいで終わるし……と好きにさせていたら、シャーペンの先が意思を持って動き出した。
『あ』
……あ?
『いかわ』
『すき』
――相川、好き……?
文字の意味を理解した瞬間、は!? と素っ頓狂な声をあげて後ろを振り返る。
ちょうど授業が終わり、タイミングよくチャイムが鳴ってくれたことで、俺の間抜けな声はかき消された。けれど、顔の熱さだけは誤魔化せない。
「顔赤すぎだろ」
「伊波が変なことするから! てか、いい加減、俺のこと練習台にしないでよ」
「相川センセーの恋愛相談室は手取り足取り教えてくれるって話じゃなかったのかよ」
「そんなこと、誰とも約束してませんー」
もちろん、受けた相談には全力で応えているけれど、別に好きで練習台になっているわけではない。
伊波がこんな調子だから、本人から恋愛相談を受けて一週間以上は経っているのに、俺はいまだに伊波の意中の相手にまでたどり着けていない。
俺は突っぱねられるのも覚悟で伊波の机に頬杖をつくと、塩らしく溜め息をついてみせた。
「あのさ、こんなこと聞くのはルール違反な気もするけれど……伊波の好きな人ってどんな子?」
本来、自分から相談者の好きな人を聞くタブーは犯さない。あくまで、相談者から話されない限りは把握しないようにしている。
まぁ、相談されすぎて会話の節々から知ってしまうことはあるけれど。
そんな俺の探偵スキルをもってしても見抜けないのだから、伊波の想い人はこのクラスにはいないのかもしれない。
もしかしたら、俺すら知らない人なのかも……。
「ハァ……」
「いきなり溜め息つくのはひどくない?」
「いや……。あまりにも真から教えてもらったテクニックが相手に響かないから頭が痛くなってきた」
「えぇ〜」
ピンとデコピンされて、痛みにうぅっと唸る。
すると十分休憩よりもはるかに早く次の時間の先生がやってきた。といっても、五時間目はホームルームなので、教室に入ってきたのはうちの担任である宮ちゃん先生だ。宮本で、宮ちゃん。
常に気怠げでやる気のない先生だけれど、だからこそ無駄なことはしない。
そんな先生の手には大きな黒い箱があった。
「はい、席替えしま〜す」
宮ちゃんが言った瞬間、教室が割れんばかりの声に包まれた。
「マジかよ、やったー!」
「え〜、今の席でよかったのに!」
「友だちと離れたくない〜」
まさに賛否両論。人にとっては天国にも地獄にもなるくじ引きだ。
俺だって複雑な気持ちである。
伊波の傍から離れたくないし、窓際の席は死守したい。だけど、一番前の席に居続けるのは嫌だ。名簿順だと必ず先生から当てられてしまうし。
「最悪……」
伊波も不服だったようで、その声には苛立ちが滲み出ていた。
「うちのクラスだけなんだよ。夏休み前まで初期位置のままなの。たまには組むパーティーメンバー変えたいだろ」
「でた、宮ちゃんのゲームオタクなとこ」
ことあるごとにゲームに例えてくるため、宮ちゃん=ゲームオタクな先生になっている。
宮ちゃんは黒い箱の中を混ぜると、フハハ! と悪役みたいに笑った。
「ほら、早く引け。ちなみにいまからこの中に当たり券を入れる」
「なにそれ」
守屋が「はい!」と手を挙げて尋ねる。宮ちゃんはポケットから紙を取り出すと、赤ペンで星マークをつけた紙をボックスの中に放り込んだ。
「さっきの紙を引いたやつは好きな席を指定できる。問答無用でだ」
「なにそれサイコーじゃん!」
一気にクラスが沸き立つけれど、当たり券は一枚だけ。
まぁ、当たるわけがないよな……と思いつつくじを引けば、案の定数字が書かれた紙で。
宮ちゃんが入れた当たりくじを引いたのは、派手な見た目の女子だった。
「やった! じゃあ、私は八番ね!」
八番は伊波の隣だ。そして、教室の真ん中あたり。頬杖をつき、興味なさそうに移動してきた女子を見ても、伊波は面白くなさそうにそっぽを向いたままだった。
「あーあ、あれじゃあ、嫌われちゃうよ……」
私情をすべて抜きにすれば当たりの場所である廊下の一番後ろの席で、伊波の後ろ姿を見つめる。
ちなみに、俺は前も横も斜めもすべて女子に囲まれていた。
「やった、相川じゃん。よろ〜」
「よろしく」
「ここラッキー席だ。いつでも相川に相談できるじゃん」
三人とも過去に俺が恋愛相談を受けたことがある相手だった。それぞれうまくいったようで、幸せな報告をもらっている。
ただ、付き合ってからもいろいろあるんだわ〜とぼやく彼女たちの期待に満ちた目は凄まじく、また相談に乗ってくれるよね!? というアピールが凄かった。
「はいはい。また月曜日の放課後に」
「いつも枠埋まってるじゃん」
「二ヶ月先なら空いてるよ」
「そのときには状況が変わっちゃってるんですけどー」
隣に座る長谷川さんがぶうぶうと文句を言う。便乗して、早瀬さんと水田さんからもブーイングを受けて、俺はう〜んと唸った。
その瞬間、後ろを振り返った伊波と目が合う。
「あっ、じゃあさ、ちょっと調査に協力してくんない?」
「調査? なんの?」
「それはねぇ――……」



