世界史の授業が終わって昼休み。
いつもなら学食へ行くところだけれど、今日の俺はお弁当を持ってきていた。
火曜日と木曜日だけは母がお弁当を持たせてくれていて、俺は伊波たちと分かれて教室の端で昼ご飯を食べている。
本当は学食にくっついて行きたいけれど、学食がそこまで広くないという理由で、学食利用者以外の使用は基本的に認められていないのだ。
だから、火曜日と木曜日だけはぼっち飯……なんていうと寂しく聞こえるけれど、なんだかんだみんなに声を掛けられる。
これでも一軍男子のひとりなので……とドヤりたいところだけれど、実際は恋愛相談絡みで声を掛けられることのほうが多かった。
だから最近は教室ではなくて、いつもの科学室裏に逃げていることが多い。
暗くて人通りもなくて狭くて静か。なんだかんだ言って、本人の気質はそう変わらないのだ。
「相川、今日は屋上行くぞ」
「えっ、学食は?」
「今日はパス。弁当持ってきた」
「伊波もいかねぇの?」
波多野が長い髪を鬱陶しそうにかきあげながら言う。クール系のイケメンで、伊波もかなり落ち着いているけれど波多野はさらにクールだ。
そんな波多野の横からひょこっと顔を出した喜多が、お弁当いいな〜と口にする。
喜多は五人の中でアイドルみたいな可愛らしさがあって、明るい。天然たらしなタイプだ。
二人とも凸凹コンビすぎるけれど、これが案外気が合うようで、チャラチャラしてお調子者の守屋を止めるストッパー役になることが多い。主に止めているのは波多野で、喜多はそれを見てケラケラ笑っていることが多いけど。
「おう、相川と食うわ」
「そ、じゃあ、行ってくる」
「俺らのいない間にイチャイチャすんなよー」
「しねぇわ」
しっしっ、と手で追い払った伊波が呆れた顔で溜め息をつく。
意図せず伊波と二人でお弁当を食べることになってしまった。
「あー、行くか。屋上」
「う、うん」
二人でお弁当を持って屋上に行く日が来るなんて。ぽやぽやとした頭で歩いていたら、当然だけれど声を掛けられまくる。
そのうち九割は伊波で、男女問わず声を掛けられるから、足を止めざるを得なかった。
「ね、伊波。やっぱり俺、ひとりで食べるよ」
「は?」
「だって、みんなに誘われまくってるじゃん」
取り巻きの守屋たちがいないから、いまはガードが緩い。そして俺は周りから見たら遊び人の相川になっているので、声なんてかけ放題。
そのため、一緒にお弁当を食べようと誘われまくる事態に陥っている。
「俺は真と食うって決めてんの」
「うわっ」
いきなり腕を掴まれて、人の波をかき分けるようにして伊波が走っていく。
早すぎるスピードについていくのがやっとで、屋上に続く扉の前についたときには息が切れていた。
「はぁ、はぁ、伊波、足早すぎ……っ」
「これでも押さえたほうだって」
伊波が笑って屋上へと続く扉を開く。だけど……。
「雨だ」
さっきまで晴れていたはずなのに、屋上のコンクリートは濡れて黒くなっていた。
「わりぃ、真のこと無駄に走らせた」
「いーよ。てか、食べるなら科学室の裏に行こ。そこなら人も来ないから」
俺の秘密基地であり、唯一仮面が剥がれる憩いの場所。素の自分でいられる場所。
本当は月曜日の放課後以外、それも招待した人間以外は入れたくないけれど、伊波なら入ってきても全然嫌じゃない。
伊波と共に備品置き場へ向かえば、案の定、部屋の中は暗く、誰もいなかった。
「いつもこんなとこで食ってんのか?」
「うん。誰からも声かけられないしね。教室にひとりだとすーぐ恋愛相談されちゃうから」
「へぇ、相川センセーの恋愛相談室は相変わらず繁盛してることで」
昨日と同じように並んでパイプ椅子に腰掛ける。部屋のど真ん中に鎮座するテーブルの上は相変わらず物で溢れているけれど、それを隅っこにどかし、なんとか伊波の弁当が広げられるだけのスペースを作った。
「はい、どーぞ」
「サンキュ」
二人でお弁当箱を広げ、冷えたおかずを口に運ぶ。
伊波がお弁当を持ってくるのが珍しくて中を覗けば、不格好な卵焼きが目に入った。
「もしかしてそのお弁当さ、伊波が作ってきた?」
「……悪かったな。綺麗な弁当じゃなくて」
「ううん、すごいなって」
俺は母から作ってもらったお弁当を持たせてもらっている。わざわざ自分で作ろうと思ったことなどなかった。
「相川と一緒に食いたかったんだよ、弁当」
「っ」
ご飯粒が喉の変なところに入りかける。ゲホゲホと噎せれば、大丈夫かよ……と背を撫でられた。
「なぁに、そんなに俺の恋愛テクニック聞きたかったの?」
「あー、まぁ、そんなとこ」
ゆっくりと俺の背を撫でながら伊波が歯切れ悪く言う。
ここまで伊波のことを骨抜きにする相手は誰なんだろう。伊波の好きな人を調べ上げて知りたい気持ちと、知りたくない気持ちがせめぎ合ってしまう。
「いーなー……」
「なにが?」
「いや、えっと、なんでもないよ」
つい、うっかりしていた。伊波に想われている相手が羨ましくなってしまったのだ。
ここまで来たら、伊波の恋を全力で応援しよう。献身的な愛なんて意味のないことだと思っていたけれど、こうして恋をしてみると、好きな人の恋を見守るのも立派な愛し方なのではないかと思えてきてしまう。
ただ、そこに持つのはバッドエンド。自分の恋は実らないという悲しい結末が転がるだけで。
「てか、俺の名前呼びすぎ〜。どさくさに紛れて真って呼んだでしょ」
「効果あるかの検証してんだよ」
「だから、俺でしたって意味ないの。それに不自然すぎるから」
毎度のこと名前を呼ばなくたって、俺は伊波に気を向けているのに。
「名前を呼ぶのも好きを連呼するのと同じように諸刃の剣なんだから。くどいって思われちゃう」
「難しすぎるだろ、それ……」
「そもそも人は自分の名前に反応しやすい生き物なの。カクテルパーティー効果とも言って、うるさいところで自分の名前を呼ばれても、意外に気付くようになってるんだって」
「ふーん。じゃあ、俺が離れたところで相川のこと呼んだら反応してくれるってことか?」
「うーん、まぁ、おーいって呼ばれるよりは気付きやすくなるかな?」
「じゃあ、これからもバンバン呼ぶわ」
「俺の話、聞いてた……?」
呼び過ぎは逆効果だと言った傍から、相川と名前を呼ばれて、も〜と伊波のほうを向く。
すると、ズボッと口に何かを突っ込まれた。
「んっ!」
「俺特製の卵焼き」
「……うまっ! 伊波天才じゃん!」
ほんのり甘くて、硬さも丁度良くておいしい。形は歪だけれど、頑張ったのはよく伝わる。
「てか、なんで自分で弁当?」
「俺の親、どっちも朝早いから弁当作ってる余裕ないんだよ」
「そっか。なのに、わざわざ作ってきたんだ」
好きな子を本気で落とすために。俺に卵焼きまでくれちゃって。
前払い報酬にしては甘すぎる時間をもらいすぎてお腹いっぱいだ。
こうなったら腹を括るしかないのかもしれない。
「俺、伊波の恋を応援するよ」
「いままでのは本気じゃなかったのかよ」
「うーん、ちょっと半信半疑なところはあったかな。でも、本気だってわかったから、俺も出し惜しみしない」
伊波の好きな人を徹底的に調べ上げて、その相手好みのアプローチ方法を見つけてみせる。
伊波の友人として俺ができることはそれくらいだった。
「おう、期待してるわ。真センセー」
「茶化さないで」
「本気だわ。俺、真のそういうとこ好きだし」
「そういうとこ、ってどういうとこ」
「真面目で努力家なところ」
ニィ、と笑った伊波に、俺は左胸を撃ち抜かれそうになる。かろうじて内ポケットに入れていたメモ帳が、お気持ちばかりの防弾になってくれたようで、俺はなんとか体裁を保つことができた。
いつもなら学食へ行くところだけれど、今日の俺はお弁当を持ってきていた。
火曜日と木曜日だけは母がお弁当を持たせてくれていて、俺は伊波たちと分かれて教室の端で昼ご飯を食べている。
本当は学食にくっついて行きたいけれど、学食がそこまで広くないという理由で、学食利用者以外の使用は基本的に認められていないのだ。
だから、火曜日と木曜日だけはぼっち飯……なんていうと寂しく聞こえるけれど、なんだかんだみんなに声を掛けられる。
これでも一軍男子のひとりなので……とドヤりたいところだけれど、実際は恋愛相談絡みで声を掛けられることのほうが多かった。
だから最近は教室ではなくて、いつもの科学室裏に逃げていることが多い。
暗くて人通りもなくて狭くて静か。なんだかんだ言って、本人の気質はそう変わらないのだ。
「相川、今日は屋上行くぞ」
「えっ、学食は?」
「今日はパス。弁当持ってきた」
「伊波もいかねぇの?」
波多野が長い髪を鬱陶しそうにかきあげながら言う。クール系のイケメンで、伊波もかなり落ち着いているけれど波多野はさらにクールだ。
そんな波多野の横からひょこっと顔を出した喜多が、お弁当いいな〜と口にする。
喜多は五人の中でアイドルみたいな可愛らしさがあって、明るい。天然たらしなタイプだ。
二人とも凸凹コンビすぎるけれど、これが案外気が合うようで、チャラチャラしてお調子者の守屋を止めるストッパー役になることが多い。主に止めているのは波多野で、喜多はそれを見てケラケラ笑っていることが多いけど。
「おう、相川と食うわ」
「そ、じゃあ、行ってくる」
「俺らのいない間にイチャイチャすんなよー」
「しねぇわ」
しっしっ、と手で追い払った伊波が呆れた顔で溜め息をつく。
意図せず伊波と二人でお弁当を食べることになってしまった。
「あー、行くか。屋上」
「う、うん」
二人でお弁当を持って屋上に行く日が来るなんて。ぽやぽやとした頭で歩いていたら、当然だけれど声を掛けられまくる。
そのうち九割は伊波で、男女問わず声を掛けられるから、足を止めざるを得なかった。
「ね、伊波。やっぱり俺、ひとりで食べるよ」
「は?」
「だって、みんなに誘われまくってるじゃん」
取り巻きの守屋たちがいないから、いまはガードが緩い。そして俺は周りから見たら遊び人の相川になっているので、声なんてかけ放題。
そのため、一緒にお弁当を食べようと誘われまくる事態に陥っている。
「俺は真と食うって決めてんの」
「うわっ」
いきなり腕を掴まれて、人の波をかき分けるようにして伊波が走っていく。
早すぎるスピードについていくのがやっとで、屋上に続く扉の前についたときには息が切れていた。
「はぁ、はぁ、伊波、足早すぎ……っ」
「これでも押さえたほうだって」
伊波が笑って屋上へと続く扉を開く。だけど……。
「雨だ」
さっきまで晴れていたはずなのに、屋上のコンクリートは濡れて黒くなっていた。
「わりぃ、真のこと無駄に走らせた」
「いーよ。てか、食べるなら科学室の裏に行こ。そこなら人も来ないから」
俺の秘密基地であり、唯一仮面が剥がれる憩いの場所。素の自分でいられる場所。
本当は月曜日の放課後以外、それも招待した人間以外は入れたくないけれど、伊波なら入ってきても全然嫌じゃない。
伊波と共に備品置き場へ向かえば、案の定、部屋の中は暗く、誰もいなかった。
「いつもこんなとこで食ってんのか?」
「うん。誰からも声かけられないしね。教室にひとりだとすーぐ恋愛相談されちゃうから」
「へぇ、相川センセーの恋愛相談室は相変わらず繁盛してることで」
昨日と同じように並んでパイプ椅子に腰掛ける。部屋のど真ん中に鎮座するテーブルの上は相変わらず物で溢れているけれど、それを隅っこにどかし、なんとか伊波の弁当が広げられるだけのスペースを作った。
「はい、どーぞ」
「サンキュ」
二人でお弁当箱を広げ、冷えたおかずを口に運ぶ。
伊波がお弁当を持ってくるのが珍しくて中を覗けば、不格好な卵焼きが目に入った。
「もしかしてそのお弁当さ、伊波が作ってきた?」
「……悪かったな。綺麗な弁当じゃなくて」
「ううん、すごいなって」
俺は母から作ってもらったお弁当を持たせてもらっている。わざわざ自分で作ろうと思ったことなどなかった。
「相川と一緒に食いたかったんだよ、弁当」
「っ」
ご飯粒が喉の変なところに入りかける。ゲホゲホと噎せれば、大丈夫かよ……と背を撫でられた。
「なぁに、そんなに俺の恋愛テクニック聞きたかったの?」
「あー、まぁ、そんなとこ」
ゆっくりと俺の背を撫でながら伊波が歯切れ悪く言う。
ここまで伊波のことを骨抜きにする相手は誰なんだろう。伊波の好きな人を調べ上げて知りたい気持ちと、知りたくない気持ちがせめぎ合ってしまう。
「いーなー……」
「なにが?」
「いや、えっと、なんでもないよ」
つい、うっかりしていた。伊波に想われている相手が羨ましくなってしまったのだ。
ここまで来たら、伊波の恋を全力で応援しよう。献身的な愛なんて意味のないことだと思っていたけれど、こうして恋をしてみると、好きな人の恋を見守るのも立派な愛し方なのではないかと思えてきてしまう。
ただ、そこに持つのはバッドエンド。自分の恋は実らないという悲しい結末が転がるだけで。
「てか、俺の名前呼びすぎ〜。どさくさに紛れて真って呼んだでしょ」
「効果あるかの検証してんだよ」
「だから、俺でしたって意味ないの。それに不自然すぎるから」
毎度のこと名前を呼ばなくたって、俺は伊波に気を向けているのに。
「名前を呼ぶのも好きを連呼するのと同じように諸刃の剣なんだから。くどいって思われちゃう」
「難しすぎるだろ、それ……」
「そもそも人は自分の名前に反応しやすい生き物なの。カクテルパーティー効果とも言って、うるさいところで自分の名前を呼ばれても、意外に気付くようになってるんだって」
「ふーん。じゃあ、俺が離れたところで相川のこと呼んだら反応してくれるってことか?」
「うーん、まぁ、おーいって呼ばれるよりは気付きやすくなるかな?」
「じゃあ、これからもバンバン呼ぶわ」
「俺の話、聞いてた……?」
呼び過ぎは逆効果だと言った傍から、相川と名前を呼ばれて、も〜と伊波のほうを向く。
すると、ズボッと口に何かを突っ込まれた。
「んっ!」
「俺特製の卵焼き」
「……うまっ! 伊波天才じゃん!」
ほんのり甘くて、硬さも丁度良くておいしい。形は歪だけれど、頑張ったのはよく伝わる。
「てか、なんで自分で弁当?」
「俺の親、どっちも朝早いから弁当作ってる余裕ないんだよ」
「そっか。なのに、わざわざ作ってきたんだ」
好きな子を本気で落とすために。俺に卵焼きまでくれちゃって。
前払い報酬にしては甘すぎる時間をもらいすぎてお腹いっぱいだ。
こうなったら腹を括るしかないのかもしれない。
「俺、伊波の恋を応援するよ」
「いままでのは本気じゃなかったのかよ」
「うーん、ちょっと半信半疑なところはあったかな。でも、本気だってわかったから、俺も出し惜しみしない」
伊波の好きな人を徹底的に調べ上げて、その相手好みのアプローチ方法を見つけてみせる。
伊波の友人として俺ができることはそれくらいだった。
「おう、期待してるわ。真センセー」
「茶化さないで」
「本気だわ。俺、真のそういうとこ好きだし」
「そういうとこ、ってどういうとこ」
「真面目で努力家なところ」
ニィ、と笑った伊波に、俺は左胸を撃ち抜かれそうになる。かろうじて内ポケットに入れていたメモ帳が、お気持ちばかりの防弾になってくれたようで、俺はなんとか体裁を保つことができた。



