ソウル・ステーション/ディセンバー

 焼肉店はを指定したのは契斗だった。韓国ははじめてで、うまい店など知りようがなかったし、食べるものなどどうでもよかった。地元で人気の店のようで、まだ早い時間だったがほぼすべての席が埋まっていた。観光客はおれくらいで、あとはみんな韓国人だ。肉が焼ける香ばしい匂いが店内を埋め尽くし、白い煙を漂わせている。
 席を予約していたらしく、スムーズに通された。4人掛けの席の上座におれが座り、向かいに契斗、その隣に連れの男が座った。当然のように契斗の隣に座る流れの自然さに、ふだんから親しくしている関係性が見えた。
「だれ、そいつ」
 憮然とした顔をしていただろう。契斗が慌てて紹介する。
「おなじ事務所でいっしょに練習生してるハジュン。ハジュナ、庸介くんに挨拶」
「よろしくおねがいします。わたしはハジュンです」
 ハジュンの日本語はお世辞にもうまいとはいえなかった。長身で体格がいいので年上に見えるが、笑った顔は子どもっぽかった。肩まで伸ばした髪を明るく染めて、メッシュを入れている。地味なグレーのパーカーにスウェットパンツという姿でも眩しいほど華やかだ。一見してすぐに芸能に関わるタイプの人間だとわかる。かつて籍を置いていた芸能事務所やアイドルグループにもイケメンと呼ばれる類の男はいたが、目の前の男が持つオーラにちかづけるような者は自分自身も含めてひとりもいなかった。
 契斗が出演するオーディション番組にもおなじような美しい男たちが大勢いたが、実際に肉眼で見るとこれほどまでに圧倒されるものか。おれは完全に出鼻をくじかれ、なにもいえなくなっていた。
「庸介くんのこと話したら、いっしょにきたいっていうから」
 おれとハジュンを交互に見ながら、契斗がいう。
「まずかった?」
 よほど不満げに見えたのだろう。おれの顔をおずおずと覗き込む。
「べつに」
「3人だとたくさん種類食べられるし、ハジュンの日本語の勉強にも……」
「だからべつにいいって」
 会う約束はしたが、ふたりきりとは一言もいっていない。
「イケメンだな」
 皮肉のつもりだったが、通じていなかったらしく、契斗は微笑みながら隣の男に韓国語で訳してやった。練習生ということは、この男もまたデビューするまでには到達していないのだろう。契斗が身を置く世界の厳しさをあらためて実感した。
「ありがとうございます」
 イケメンが笑顔を向けてくる。小さく頭を下げる動作はいかにも堂に入っていた。外見を褒められるのに慣れている男のしぐさだ。おれもそう卑下するようなものでもないが、目の前にいる美青年と較べればあきらかに劣るといわざるを得ない。神経がささくれだつのを感じた。
「庸介さんもかっこいいです」
 いかにもおぼえたてというような稚拙な日本語で、ハジュンがお世辞を宣う。おれの機嫌を取ろうとしているのかもしれないが、逆効果だった。黙ったまま、読めもしないメニューを開く。
「なに食べる? サムギョプサルがおいしいけど」
「まかせる」
 どうせなにひとつ理解できない。メニューを閉じ、向かいの席に座る契斗に渡した。
「飲みものは?」
「ビール」
 雑に答える。契斗が店員を呼び注文すると、すぐにビールのジョッキと炭酸水のボトルとグラスが出てきた。
「おまえは飲まねえの?」
 5年前は未成年だったが今はもう酒を飲んでいい年齢のはずだ。契斗は首を傾げるようにして答えた。
「今、控えてて」
「そっちは?」
「ハジュンはまだ18だから」
「ふーん」
 おれたちの日本語の会話をすべて理解できていないようで、ハジュンという男は何度も瞬きしながらにこにこ笑っている。契斗が簡単に韓国語で説明すると、大きく頷いた。
「わたしは18歳です」
 聞いてもいないことを答える。正直なところ、煩わしかった。いちいち通訳する必要があるとも思えなかったし、久しぶりの再会に他人が同席するのは落ち着かない。
「ルームメイトってこいつ?」
「え?」
 店員から皿を受け取っていた契斗が一拍遅れて頷く。
「ああ、うん、そう。去年から。おれのほうが先に事務所に入ってて、ハジュンが後から……」
 事務所に振り分けられているのだろうが、これほどの美男とおなじ部屋で毎日過ごしているのかと思うと胸が騒いだ。おれには関係ないことだが、それでもおもしろくない。
「ケイトヒョン、とってもやさしいです。ダンス、教えてくれます」
 ハジュンが口を挟んで、契斗は恥ずかしそうにはにかんだ。おれの様子を気にとめることなく、慣れた手つきで箸を配り、次々に運ばれてくるキムチやナムルの小皿を並べていく。
 十代のときとまったく変わらない。あの頃も、グループのなかで一番年下なのにもかかわらず、もともと持っている長男気質を発揮して、あれこれと気を回していた。
 巨大な肉を網の上にのせて火加減をチェックする契斗を観察する。黒髪の襟足を刈り上げ、両耳にピアスの輪を提げている。目にはカラーコンタクトをしているようだが、すくなくとも外見上での印象はほとんど変わらない。軽やかな声や笑顔、話すときに小さく首を傾ける癖も昔のままだ。なのになにかがちがう。決定的ななにか。その正体がわからず、もどかしかった。ふたりが仲良く肉を焼き、おれが理解できない言語で会話をしては笑い合っている光景を見せられていることをはじめとするこの状況すべてに苛立っていた。もっとも腹が立つのは、おれが不快に感じていることを契斗が察して忖度しようとしないことだ。