契斗が加入した頃、グループはすでに空中分解寸前だった。おれはもともとアイドルになど興味はなかったし、スカウトで入ってきた連中も意欲的とはいえなかった。
新メンバーオーディションは定期的に実施していたが、応募する者はすくなかった。だから契斗が入ってきたときには既存メンバーもスタッフも驚いていた。
庸介先輩。加入後の挨拶のときから、契斗はおれをそう呼んでいた。ほかのメンバーは「さん」や「くん」をつけていたのに。
その理由はすぐにわかった。契斗とは初対面ではなかった。おれたちはおなじ中学に通っていて、契斗は2つ下の学年だった。とはいっても、名前にも顔にもまるでおぼえはなかった。中学時代のおれは母親の意向でレッスンやオーディションで忙しく、学校にはほとんど通っていなかった。
中学の先輩だったおれに憧れてグループのオーディションを受けたという契斗は、歌もダンスも未経験ながら、ひたむきにレッスンに取り組み、めきめきと力をつけていった。もともと真面目で勤勉な性格で、自主的なトレーニングはもちろん、面倒なプロモーション活動にも決して手を抜かなかった。はじめのうちは呆れていたほかのメンバーも徐々に契斗に引っ張られ、下り坂だったグループが再びおなじ方向に進んでいった。
明るく朗らかでだれにでもやさしい契斗は、最年少ながら、グループの中心的人物だった。決して美少年とはいえないまでも、愛嬌があって繊細な性質で、ファンからも受け容れられ、それなりに人気もあった。一方で、初期の段階で唯一の芸能経験者でもあり、あらゆる場面で優遇されながらも常に無気力で活動に非協力的だったおれは、完全に浮いた存在だった。もともと団体行動には向いていないうえ、キャリアや経験に劣る他の連中を見下していた。調子のいいことばかり宣って若者を搾取する事務所にも、互いに足を引っ張り合いマウントを取り合う若い男たちにもうんざりしていた。
窓の外を流れる景色をぼんやり眺めながら、コーヒーカップの表面を指先で擦る。
アーティストとして一流を目指すために渡韓したいと契斗がいい出したのは、グループに加入してから2年がたった頃だった。高校を卒業してから韓国に渡るつもりで、すでに何度か足を運んでオーディションを受けていたらしい。事務所の連中にも告げることなく、水面下で準備を重ねていた。
素人を集めてつくられた田舎のアイドルグループは、契斗が脱退してすぐに立ちゆかなくなり、すこしずつ活動を縮小。やがてひっそりと解散した。最後のほうはファンも多くが去って、寂しい最後だったという。おれは契斗よりも1年以上前に脱退していたが、だれにも引き留められることはなかった。
念願だった韓国の芸能事務所のオーディションに受かったことで、契斗はグループを脱けて日本を飛び出し、おれのもとからも去った。5年前だ。あれ以来一度も会っていなかったし連絡さえ取っていなかった。こんなかたちで再会することになるとは、想像もしていなかった。
テーブルの上のスマホが震えた。ディスプレイを確認する。すこし躊躇ってから、電話に出た。
「庸ちゃん?」
聞こえてきたのは朋大の呑気な声だった。心なしか、いつもより遠く感じる。
「なんだよ」
「機嫌わる。どこおんの? お店?」
「いや」
「休みなん? 金曜なのに」
「今から知り合いと会うんだよ」
会話をしながら、視線は窓の外に向いていた。約束の時間まであと5分ほどだったが、契斗の姿はまだ見られない。
「知り合いって? お客さん?」
互いに割り切った関係だ。ふだんならしつこく聞いたりはしない。訝しく思った。
「男? 女?」
「なんなんだよ。関係ねえだろ」
「今日そのひととするの?」
「はあ?」
思わず舌打ちした。
「おい、マジか。酔ってんのか」
朋大の声はいつもより間延びして舌っ足らずになっていた。
「何時だよ、今」
韓国と日本の時差はほとんどないはずだった。アルコールは嗜む程度で滅多に深酒することのない朋大がまだ明るい時間から飲んでいるのは珍しかった。
「ちょっとだけやんか。こっちもこれから同窓会やねん」
同窓会の前にわざわざ酒を飲む理由。朋大は中高一貫の進学校出身だったはずだが、学生時代にいい思い出がないのかもしれない。漠然と感じたが、深く考える余裕はなかった。
「じゃ楽しめよ。おまえも男漁ってくりゃいいだろ」
返事はない。どこか街中にいるようで、喧噪のBGMが耳障りだった。酔いのせいか、とらえどころのない朋大の態度が疎ましくなりはじめていた。
ふと視線を巡らせると、窓の向こうに契斗の姿が見えた。
「あのね、庸ちゃん。話が……」
「悪い。切るわ」
慌ただしくいって、一方的に電話を切った。急いで席を立ち、店を出た。
契斗は焼肉店に入ろうとしていた。ひとりではなかった。背の高い男といっしょだった。おれにはわからない言葉でなにか話し、笑い合っている。
道路を渡り、近づくと、長身の男のほうが先に振り返った。おれの視線に気づき、前に立っている契斗の肩に手を置いた。
ドアを開けようとしていた契斗がこちらを向いた。おれの顔を見て、うれしそうに微笑んだ。
「庸介くん」
昔と変わらない、無邪気で穏やかな笑顔がそこにあった。
新メンバーオーディションは定期的に実施していたが、応募する者はすくなかった。だから契斗が入ってきたときには既存メンバーもスタッフも驚いていた。
庸介先輩。加入後の挨拶のときから、契斗はおれをそう呼んでいた。ほかのメンバーは「さん」や「くん」をつけていたのに。
その理由はすぐにわかった。契斗とは初対面ではなかった。おれたちはおなじ中学に通っていて、契斗は2つ下の学年だった。とはいっても、名前にも顔にもまるでおぼえはなかった。中学時代のおれは母親の意向でレッスンやオーディションで忙しく、学校にはほとんど通っていなかった。
中学の先輩だったおれに憧れてグループのオーディションを受けたという契斗は、歌もダンスも未経験ながら、ひたむきにレッスンに取り組み、めきめきと力をつけていった。もともと真面目で勤勉な性格で、自主的なトレーニングはもちろん、面倒なプロモーション活動にも決して手を抜かなかった。はじめのうちは呆れていたほかのメンバーも徐々に契斗に引っ張られ、下り坂だったグループが再びおなじ方向に進んでいった。
明るく朗らかでだれにでもやさしい契斗は、最年少ながら、グループの中心的人物だった。決して美少年とはいえないまでも、愛嬌があって繊細な性質で、ファンからも受け容れられ、それなりに人気もあった。一方で、初期の段階で唯一の芸能経験者でもあり、あらゆる場面で優遇されながらも常に無気力で活動に非協力的だったおれは、完全に浮いた存在だった。もともと団体行動には向いていないうえ、キャリアや経験に劣る他の連中を見下していた。調子のいいことばかり宣って若者を搾取する事務所にも、互いに足を引っ張り合いマウントを取り合う若い男たちにもうんざりしていた。
窓の外を流れる景色をぼんやり眺めながら、コーヒーカップの表面を指先で擦る。
アーティストとして一流を目指すために渡韓したいと契斗がいい出したのは、グループに加入してから2年がたった頃だった。高校を卒業してから韓国に渡るつもりで、すでに何度か足を運んでオーディションを受けていたらしい。事務所の連中にも告げることなく、水面下で準備を重ねていた。
素人を集めてつくられた田舎のアイドルグループは、契斗が脱退してすぐに立ちゆかなくなり、すこしずつ活動を縮小。やがてひっそりと解散した。最後のほうはファンも多くが去って、寂しい最後だったという。おれは契斗よりも1年以上前に脱退していたが、だれにも引き留められることはなかった。
念願だった韓国の芸能事務所のオーディションに受かったことで、契斗はグループを脱けて日本を飛び出し、おれのもとからも去った。5年前だ。あれ以来一度も会っていなかったし連絡さえ取っていなかった。こんなかたちで再会することになるとは、想像もしていなかった。
テーブルの上のスマホが震えた。ディスプレイを確認する。すこし躊躇ってから、電話に出た。
「庸ちゃん?」
聞こえてきたのは朋大の呑気な声だった。心なしか、いつもより遠く感じる。
「なんだよ」
「機嫌わる。どこおんの? お店?」
「いや」
「休みなん? 金曜なのに」
「今から知り合いと会うんだよ」
会話をしながら、視線は窓の外に向いていた。約束の時間まであと5分ほどだったが、契斗の姿はまだ見られない。
「知り合いって? お客さん?」
互いに割り切った関係だ。ふだんならしつこく聞いたりはしない。訝しく思った。
「男? 女?」
「なんなんだよ。関係ねえだろ」
「今日そのひととするの?」
「はあ?」
思わず舌打ちした。
「おい、マジか。酔ってんのか」
朋大の声はいつもより間延びして舌っ足らずになっていた。
「何時だよ、今」
韓国と日本の時差はほとんどないはずだった。アルコールは嗜む程度で滅多に深酒することのない朋大がまだ明るい時間から飲んでいるのは珍しかった。
「ちょっとだけやんか。こっちもこれから同窓会やねん」
同窓会の前にわざわざ酒を飲む理由。朋大は中高一貫の進学校出身だったはずだが、学生時代にいい思い出がないのかもしれない。漠然と感じたが、深く考える余裕はなかった。
「じゃ楽しめよ。おまえも男漁ってくりゃいいだろ」
返事はない。どこか街中にいるようで、喧噪のBGMが耳障りだった。酔いのせいか、とらえどころのない朋大の態度が疎ましくなりはじめていた。
ふと視線を巡らせると、窓の向こうに契斗の姿が見えた。
「あのね、庸ちゃん。話が……」
「悪い。切るわ」
慌ただしくいって、一方的に電話を切った。急いで席を立ち、店を出た。
契斗は焼肉店に入ろうとしていた。ひとりではなかった。背の高い男といっしょだった。おれにはわからない言葉でなにか話し、笑い合っている。
道路を渡り、近づくと、長身の男のほうが先に振り返った。おれの視線に気づき、前に立っている契斗の肩に手を置いた。
ドアを開けようとしていた契斗がこちらを向いた。おれの顔を見て、うれしそうに微笑んだ。
「庸介くん」
昔と変わらない、無邪気で穏やかな笑顔がそこにあった。



