「昨日、遅くまでなに見てたん?」
突然質問されて、すぐには返事できなかった。一拍措いて、顔を上げた。
「なに?」
「夜中、ずーっとスマホ見てたやろ」
契斗が出演するオーディション番組の放送や公式サイトの情報をチェックするのが最近の日課になっていた。番組は中盤を迎え、出場者の半数近くが姿を消していたが、契斗はまだ残っていた。
「音楽系のユーチューブ? そんなん興味あったんや?」
「うるせえな。関係ねえだろ」
「こわ。ただの世間話やん」
先に食事を終えた朋大が空になった皿を手に立ち上がる。おれの悪態にも慣れたもので、いちいち反応することもない。
昨日放送された最新放送では、出場者がいくつかのユニットを組まされて、課題曲のパフォーマンスを披露していた。審査員が完成度や技術をジャッジし、視聴者による投票がとの合計得点で次のステージに進出できるか否かが決まる仕組みだ。歌やダンスで存在感を示し、チームへの貢献度を評価された出場者にはベネフィットが与えられ、勝負を有利に進めることができる。
契斗はダンスの部門で1位を獲得していた。名前を呼ばれると、その場にうずくまって号泣した。それまでの放送では比較的目立たず、実力を発揮できていなかった日本人出場者の快挙と思わぬ伏兵の登場に、番組は湧いていた。
成績発表後のスピーチも話題を呼んでいた。18歳で単身韓国に渡り、言葉もわからない外国でたったひとり技術を磨いて夢を追ってきた。23歳は一般的には若者でも、芸能の世界では決して若手とはいえない。年齢とキャリアから考えても最後のチャンスだろう。契斗は両手でマイクを握りしめ、興奮に声を震わせながら、日本で応援している家族や周囲の支えに感謝を述べていた。純粋で真摯な言葉だった。だれもが胸を打たれ、共感するはずだ。次回以降の票が集中するのは間違いなかった。
「あ、そやそや。忘れるとこやった」
食器を洗いながら、朋大がいった。
「来週の末、ぼく帰省するから。金曜から日曜、留守にするけど、よろしくね」
「帰省?」
「大学の同窓会あんねん。ついでに、実家の両親の顔も見てくるわ」
おれの前に置いたままの皿を取りにきて、声をかける。
「2、3日くらいかまへんやろ?」
「ああ」
「冷蔵庫に常備菜準備しとくから。ウーバー頼んでもええし」
「うん」
すでにほとんど聞いていなかった。おれの頭にべつの考えが浮かんでいた。
会社で必要な書類を仕上げるという朋大が自室に籠もると、おれは再びスマホで番組を視聴した。
1位獲得のスピーチで契斗は「この番組を見た昔の友人たちから連絡をもらった」と口にしていた。つまり、連絡先が変わっていないということではないか。
映像を停止し、画面を切り替えた。LINEを開いて、契斗の名前を検索にかける。登録された連絡先の一覧から、契斗のアカウントが表示された。客の女には消したと話したが、実は残したままにしていた。消すのが億劫だっただけで、連絡をしようと思ったことはなかった。最後にやりとりをしたのは5年ほど前で、記録は残っていなかった。別れたときに削除してしまったからだ。
簡素な名前だけの「契斗」という二文字の横に、どこかのカフェかレストランで撮影したらしいカラフルなケーキの写真が並ぶ。契斗は甘いものが好きだった。写真と名前を見たとたん、落ち着かなくなった。鼓動が早まっているのを感じる。
メッセージを送ろうとしたがうまくいかず、ブロックしていたことを思い出した。設定画面で解除し、メッセージを打ち込んだ。
絵文字もなにもつけずに『久しぶり』とだけ送り、すこし躊躇ってから『番組見た。すげーな』とつづけた。数分待ったが、既読はつかなかった。送信を取り消そうかとも考えたが、内容が消えたとしても取り消した記録は残る。やってしまったものはしかたないと思い直し、出勤の準備をした。
恵比寿のマンションから新宿の職場までの電車内でも、店に入ってからも、気になって何度もスマホを確認したが、既読はつかないままだった。向こうがブロックしているのかもしれない。
あきらめかけていたときだった。仕事を終えてスマホを確認し、返信が届いていることに気づいた。通知の文字を見た瞬間、呼吸が止まりそうになった。
待機室に移動して、LINEの画面を開いた。契斗からのメッセージを受信したのは1時間ほど前だった。先輩ホストの席についてウイスキーを一気飲みさせられているときだ。週末の店は混雑していた。ヘルプとしてあちこちの席を行き来している間にすっかり酔いが回っていた。
アルコールの影響で鈍くなった頭を振り、何度も瞬きをして霞む視界をどうにかクリアにする。
画面に浮かぶ短い文。
『お久しぶりです!』
他人行儀に感じられる敬語。数分後に、次のメッセージがつづく。
『なんか恥ずかしい(笑)。ありがとう』
ただの文字だったが、頭のなかで契斗の声が響いた。無意識に、親指が発信をタップしていた。
突然質問されて、すぐには返事できなかった。一拍措いて、顔を上げた。
「なに?」
「夜中、ずーっとスマホ見てたやろ」
契斗が出演するオーディション番組の放送や公式サイトの情報をチェックするのが最近の日課になっていた。番組は中盤を迎え、出場者の半数近くが姿を消していたが、契斗はまだ残っていた。
「音楽系のユーチューブ? そんなん興味あったんや?」
「うるせえな。関係ねえだろ」
「こわ。ただの世間話やん」
先に食事を終えた朋大が空になった皿を手に立ち上がる。おれの悪態にも慣れたもので、いちいち反応することもない。
昨日放送された最新放送では、出場者がいくつかのユニットを組まされて、課題曲のパフォーマンスを披露していた。審査員が完成度や技術をジャッジし、視聴者による投票がとの合計得点で次のステージに進出できるか否かが決まる仕組みだ。歌やダンスで存在感を示し、チームへの貢献度を評価された出場者にはベネフィットが与えられ、勝負を有利に進めることができる。
契斗はダンスの部門で1位を獲得していた。名前を呼ばれると、その場にうずくまって号泣した。それまでの放送では比較的目立たず、実力を発揮できていなかった日本人出場者の快挙と思わぬ伏兵の登場に、番組は湧いていた。
成績発表後のスピーチも話題を呼んでいた。18歳で単身韓国に渡り、言葉もわからない外国でたったひとり技術を磨いて夢を追ってきた。23歳は一般的には若者でも、芸能の世界では決して若手とはいえない。年齢とキャリアから考えても最後のチャンスだろう。契斗は両手でマイクを握りしめ、興奮に声を震わせながら、日本で応援している家族や周囲の支えに感謝を述べていた。純粋で真摯な言葉だった。だれもが胸を打たれ、共感するはずだ。次回以降の票が集中するのは間違いなかった。
「あ、そやそや。忘れるとこやった」
食器を洗いながら、朋大がいった。
「来週の末、ぼく帰省するから。金曜から日曜、留守にするけど、よろしくね」
「帰省?」
「大学の同窓会あんねん。ついでに、実家の両親の顔も見てくるわ」
おれの前に置いたままの皿を取りにきて、声をかける。
「2、3日くらいかまへんやろ?」
「ああ」
「冷蔵庫に常備菜準備しとくから。ウーバー頼んでもええし」
「うん」
すでにほとんど聞いていなかった。おれの頭にべつの考えが浮かんでいた。
会社で必要な書類を仕上げるという朋大が自室に籠もると、おれは再びスマホで番組を視聴した。
1位獲得のスピーチで契斗は「この番組を見た昔の友人たちから連絡をもらった」と口にしていた。つまり、連絡先が変わっていないということではないか。
映像を停止し、画面を切り替えた。LINEを開いて、契斗の名前を検索にかける。登録された連絡先の一覧から、契斗のアカウントが表示された。客の女には消したと話したが、実は残したままにしていた。消すのが億劫だっただけで、連絡をしようと思ったことはなかった。最後にやりとりをしたのは5年ほど前で、記録は残っていなかった。別れたときに削除してしまったからだ。
簡素な名前だけの「契斗」という二文字の横に、どこかのカフェかレストランで撮影したらしいカラフルなケーキの写真が並ぶ。契斗は甘いものが好きだった。写真と名前を見たとたん、落ち着かなくなった。鼓動が早まっているのを感じる。
メッセージを送ろうとしたがうまくいかず、ブロックしていたことを思い出した。設定画面で解除し、メッセージを打ち込んだ。
絵文字もなにもつけずに『久しぶり』とだけ送り、すこし躊躇ってから『番組見た。すげーな』とつづけた。数分待ったが、既読はつかなかった。送信を取り消そうかとも考えたが、内容が消えたとしても取り消した記録は残る。やってしまったものはしかたないと思い直し、出勤の準備をした。
恵比寿のマンションから新宿の職場までの電車内でも、店に入ってからも、気になって何度もスマホを確認したが、既読はつかないままだった。向こうがブロックしているのかもしれない。
あきらめかけていたときだった。仕事を終えてスマホを確認し、返信が届いていることに気づいた。通知の文字を見た瞬間、呼吸が止まりそうになった。
待機室に移動して、LINEの画面を開いた。契斗からのメッセージを受信したのは1時間ほど前だった。先輩ホストの席についてウイスキーを一気飲みさせられているときだ。週末の店は混雑していた。ヘルプとしてあちこちの席を行き来している間にすっかり酔いが回っていた。
アルコールの影響で鈍くなった頭を振り、何度も瞬きをして霞む視界をどうにかクリアにする。
画面に浮かぶ短い文。
『お久しぶりです!』
他人行儀に感じられる敬語。数分後に、次のメッセージがつづく。
『なんか恥ずかしい(笑)。ありがとう』
ただの文字だったが、頭のなかで契斗の声が響いた。無意識に、親指が発信をタップしていた。



