「会うの久しぶりなんやろ? いつ以来?」
ひねくれた性格がいまだなおらないおれとちがって、契斗は無邪気に身を乗り出している。
「どうかな。高校くらいかな」
「いろいろ話してみて、ね」
「ああ」
「公演も楽しいと思うし」
「うん」
「お芝居とか舞台にも興味湧くかもしれへんし」
単純に楽しみにしているだけではないような口ぶりが気になった。
「おまえ、役者に興味あんの?」
「え?」
おれの問いに、契斗が目を丸くする。
「おれが? ないよ、そんなん。なんで?」
「だって、おまえ……」
おれを見上げる契斗の瞳が輝いている。違和感をおぼえた。同時に、唐突に、予感めいたものがよぎった。
「ちょっと待って、おまえなんか変なこと考えてない?」
「変なことって?」
また即座に聞き返してくる。反応が早すぎる。不自然だった。嫌な予感は実感を伴ってじわじわと這い上がってくる。
「いやいやいや……」
「えー、なに?」
「なにじゃないって」
契斗の肩に手を置いて、嘆息する。
「おまえさ、おれになんかさせようとしてるだろ」
「させるとかないから」
「ほんとかよ」
「させようとするっていうか、自主的に興味を持ってくれたらええなあみたいな……」
不安は的中した。おれがなにかいう前に、契斗は慌てていった。
「ほら、庸介くん、大阪帰ってからずっと仕事と家事ばっかで出かけたりとか全然せえへんやんか」
「だから?」
「お酒も飲まへんし」
「やめてほしがってただろ」
「あれは、だって飲み過ぎやったし。お酒以外でも、趣味とか好きなこととかあったほうがええんちゃうかなって」
再び息を吐いた。ダイニングの椅子を引き、契斗を座らせる。恋人の前にしゃがみこみ、今度はおれが契斗を見上げた。
「おれが無理してると思ってる?」
契斗の両手を自分の両手で包み、いった。
「おれ、罪滅ぼしのつもりでおまえといるんじゃないよ。尽くしてるつもりもない。好きだから、いっしょにいられるだけでうれしいし幸せなんだよ」
小さな子どもにいい聞かせるように、一言一言を大切に話した。
「それとも、契斗は今のおれに不満?」
「そんなん……」
慌てて首を振ってから、契斗は複雑な表情で俯いた。
「不満とかないけど……」
契斗も懸命におれに伝えようとするかのように声を絞った。
「庸介くんは謙遜するけど、おれはやっぱり庸介くんのことかっこいいし才能あるって思ってるから……」
思わず笑いそうになった。どう見ても本気でいっている。
「おれのため?」
「自分のためかな、どっちかっていうと」
おれの指を指先で摘まみながら、契斗がいう。
「きらきらしてる庸介くん、また見たいから」
おれ自身もとっくに忘れていた過去の栄光。いまだに追い求めている契斗は滑稽だったが、怒りも嘲りも生まれなかった。その一貫性がなければ契斗ではない。
「うれしいけど無理だよ」
「なんで」
「おれ事務所に入ってただけで、今まで一回も本気でやったことなかったし。ガキの頃は無邪気だったしまぐれだからな。遊びでどうにかなるほど甘い世界じゃないだろ」
「遊びやなかったら?」
契斗は簡単にはあきらめない。身を乗り出していった。
「おれのこと本気で追いかけてくれたみたいに、ほかのことも本気でやったら、庸介くん、ほんまになんでもできると思うよ」
あえて軽い口調にしたようだったが、真剣なのは痛いほど伝わってきた。だからおれも真剣に答えた。
「おれは今の仕事好きだし、今の生活にも満足してる。家に契斗がいて、おまえが好きなことしてきらきらしてるの見るのも好きだし、おまえの家族も好きだ」
見つめ合う。微笑んで見せる。
「早起きして卵焼きつくるのも好きだし」
おどけた言葉に契斗も笑った。
「まだファンみたいなこというやん」
「ごめん」
素直に謝ると、大きく首を振った。椅子を降りておれの首にしがみついてくる。不安定な蹲踞姿勢だったおれはバランスを崩した。
キッチンの床に仰向けになったおれに契斗が跨がり、胸に両手をあてて見下ろしてきた。契斗がアイドルをやめた日の夜を思い出した。あの小さな部屋。ひんやりとした韓国の空気。契斗の肌の感触や甘い匂い。
「おれもまだ庸介くんのファンやから」
笑い合った。落ちてきた唇を受け止め、抱き寄せて体勢を入れ替えた。
「おれが幸せだってことちゃんと伝わった?」
乱れた前髪を指先で弄びながら尋ねる。契斗はおれを見上げて細かく頷いた。
「ほんとにわかってる?」
言葉はなく、ただ大きく頷く。苦笑いした。おれは確かに契斗に選択肢を与えた。だが、コントロールできたことは一度もなかった。
契斗はなにもあきらめない。どれだけの時間がかかろうとも、必ず目的を達成する。そして自分だけでなくおれの人生も何度でも変える。
だれよりも逞しく、やさしく、清い男。それが契斗だった。熱い感情がこみ上げてきて、おれは契斗を抱きしめた。契斗を愛していた。契斗が愛してくれているおれごと愛していた。
朝日の力が強まり、カーテンを突き破ってリビングを照らした。テーブルの上で、小さな外国の塔が陽光を浴び輝いていた。
おわり。
ひねくれた性格がいまだなおらないおれとちがって、契斗は無邪気に身を乗り出している。
「どうかな。高校くらいかな」
「いろいろ話してみて、ね」
「ああ」
「公演も楽しいと思うし」
「うん」
「お芝居とか舞台にも興味湧くかもしれへんし」
単純に楽しみにしているだけではないような口ぶりが気になった。
「おまえ、役者に興味あんの?」
「え?」
おれの問いに、契斗が目を丸くする。
「おれが? ないよ、そんなん。なんで?」
「だって、おまえ……」
おれを見上げる契斗の瞳が輝いている。違和感をおぼえた。同時に、唐突に、予感めいたものがよぎった。
「ちょっと待って、おまえなんか変なこと考えてない?」
「変なことって?」
また即座に聞き返してくる。反応が早すぎる。不自然だった。嫌な予感は実感を伴ってじわじわと這い上がってくる。
「いやいやいや……」
「えー、なに?」
「なにじゃないって」
契斗の肩に手を置いて、嘆息する。
「おまえさ、おれになんかさせようとしてるだろ」
「させるとかないから」
「ほんとかよ」
「させようとするっていうか、自主的に興味を持ってくれたらええなあみたいな……」
不安は的中した。おれがなにかいう前に、契斗は慌てていった。
「ほら、庸介くん、大阪帰ってからずっと仕事と家事ばっかで出かけたりとか全然せえへんやんか」
「だから?」
「お酒も飲まへんし」
「やめてほしがってただろ」
「あれは、だって飲み過ぎやったし。お酒以外でも、趣味とか好きなこととかあったほうがええんちゃうかなって」
再び息を吐いた。ダイニングの椅子を引き、契斗を座らせる。恋人の前にしゃがみこみ、今度はおれが契斗を見上げた。
「おれが無理してると思ってる?」
契斗の両手を自分の両手で包み、いった。
「おれ、罪滅ぼしのつもりでおまえといるんじゃないよ。尽くしてるつもりもない。好きだから、いっしょにいられるだけでうれしいし幸せなんだよ」
小さな子どもにいい聞かせるように、一言一言を大切に話した。
「それとも、契斗は今のおれに不満?」
「そんなん……」
慌てて首を振ってから、契斗は複雑な表情で俯いた。
「不満とかないけど……」
契斗も懸命におれに伝えようとするかのように声を絞った。
「庸介くんは謙遜するけど、おれはやっぱり庸介くんのことかっこいいし才能あるって思ってるから……」
思わず笑いそうになった。どう見ても本気でいっている。
「おれのため?」
「自分のためかな、どっちかっていうと」
おれの指を指先で摘まみながら、契斗がいう。
「きらきらしてる庸介くん、また見たいから」
おれ自身もとっくに忘れていた過去の栄光。いまだに追い求めている契斗は滑稽だったが、怒りも嘲りも生まれなかった。その一貫性がなければ契斗ではない。
「うれしいけど無理だよ」
「なんで」
「おれ事務所に入ってただけで、今まで一回も本気でやったことなかったし。ガキの頃は無邪気だったしまぐれだからな。遊びでどうにかなるほど甘い世界じゃないだろ」
「遊びやなかったら?」
契斗は簡単にはあきらめない。身を乗り出していった。
「おれのこと本気で追いかけてくれたみたいに、ほかのことも本気でやったら、庸介くん、ほんまになんでもできると思うよ」
あえて軽い口調にしたようだったが、真剣なのは痛いほど伝わってきた。だからおれも真剣に答えた。
「おれは今の仕事好きだし、今の生活にも満足してる。家に契斗がいて、おまえが好きなことしてきらきらしてるの見るのも好きだし、おまえの家族も好きだ」
見つめ合う。微笑んで見せる。
「早起きして卵焼きつくるのも好きだし」
おどけた言葉に契斗も笑った。
「まだファンみたいなこというやん」
「ごめん」
素直に謝ると、大きく首を振った。椅子を降りておれの首にしがみついてくる。不安定な蹲踞姿勢だったおれはバランスを崩した。
キッチンの床に仰向けになったおれに契斗が跨がり、胸に両手をあてて見下ろしてきた。契斗がアイドルをやめた日の夜を思い出した。あの小さな部屋。ひんやりとした韓国の空気。契斗の肌の感触や甘い匂い。
「おれもまだ庸介くんのファンやから」
笑い合った。落ちてきた唇を受け止め、抱き寄せて体勢を入れ替えた。
「おれが幸せだってことちゃんと伝わった?」
乱れた前髪を指先で弄びながら尋ねる。契斗はおれを見上げて細かく頷いた。
「ほんとにわかってる?」
言葉はなく、ただ大きく頷く。苦笑いした。おれは確かに契斗に選択肢を与えた。だが、コントロールできたことは一度もなかった。
契斗はなにもあきらめない。どれだけの時間がかかろうとも、必ず目的を達成する。そして自分だけでなくおれの人生も何度でも変える。
だれよりも逞しく、やさしく、清い男。それが契斗だった。熱い感情がこみ上げてきて、おれは契斗を抱きしめた。契斗を愛していた。契斗が愛してくれているおれごと愛していた。
朝日の力が強まり、カーテンを突き破ってリビングを照らした。テーブルの上で、小さな外国の塔が陽光を浴び輝いていた。
おわり。



