朝日の眩しさに、目を覚ました。隣で契斗が眠っていた。ブランケットから裸の肩を出し、おれのほうを向いて体を横たえている。顔の前で手首を重ねて、赤ん坊のように体を丸めている。
おれはベッドの上で自分の腕に頭を乗せ、しばらくの間、契斗の寝顔を眺めていた。やがて朝の光は契斗の頬にも届き、伏せられていた瞼がかすかに蠢いた。眉間に皺を刻んでわずかに身じろぐ。薄く目を開き、おれの視線に気づくと、首を窄めて笑った。
「なんで見んの」
「べつに」
短く答えたが、頬の筋肉が緩むのが自分でもわかった。
「はじめておまえの部屋に泊まったときのこと思い出してた」
肩から腕にかけて、指の背を滑らせながら、いった。
「韓国のさ、最後のライブ終わったあと」
契斗はまだ目を閉じたままで、しかしちゃんと起きておれの話を聞いていた。
「あのとき、おれ口開けて寝てたやろ」
「かわいかった」
照れて顔を背けようとする契斗の動きに合わせて首を傾ける。あのときもおなじように、恥ずかしがる契斗を見つめていた。何度も体を重ねたのに、寝顔を見たのははじめてで、目が離せなかった。
「いまだに起きて隣に契斗いるの感動するんだよな」
「はよ慣れてよ」
呆れたようにいって、契斗はブランケットの下で大きく体を伸ばした。おれの背中に腕を回し、脚を絡めてくる。ひんやりとした肌の感触が心地よい。引退して1年以上になるというのに、肌や髪は十代のように瑞々しかった。高級品をつかうわけではないが、毎日ヘアオイルやボディミルクで保湿し、隅々まで手を抜かずにケアをしているからこそ実現する手触りだった。荒れた生活でいぎたなく惰眠を貪るだけの男には決して手に入らない。
いっしょに暮らしてはじめて、契斗がどれほど努力していたのかを理解できた。とはいっても、事務所を退所して日本にもどってからは、表に出る活動はしていない。おれに見せ、触れさせるためだけに手入れをしているのだと考えるのは自惚れすぎだろう。単に習慣だということはわかっている。それでも、触れるたびに、抱きしめるたびに、心揺さぶられる。
「今日、おぼえてる?」
おれの腕に頭を乗せ、胸に額を擦らせながら、契斗がいう。
「おぼえてるよ。お父さんの病院だろ」
契斗の部屋に泊まった翌朝、帰国したおれはすぐに退職届けを提出した。長年勤めた会社は快く送り出してくれた。荷物をまとめ、大阪へ移り、契斗の実家のすぐ近くのマンションを借りた。
5年も活動したのにもかかわらず、契斗の手元には貯金がほとんどなかった。練習生のレッスン費用や衣食住の面倒を見る代わりに、デビュー後は薄給で働かされるという韓国芸能界特有のビジネスモデル。経済能力や家庭環境にかかわらずだれにもチャンスの門扉が開かれるが、スターになり大金を得られるのはほんのわずかの選ばれた人間だけだ。事務所側にとっても育成にかかった費用を回収できないこともあり双方にリスクがある。
酒も煙草もやめて遊びに出ることもなく5年間かけてこつこつ貯めたおれの金は、マンションの頭金と引っ越し費用で吹き飛んだ。
おれは大阪市内にある内装業の会社に就職し、ローンを組んで中古車を購入した。契斗の父親が病院に通う際の送迎をするためだ。
契斗の両親は、はじめのうちは男の恋人を受け容れられず戸惑っていたが、シフトを調整して週に2度の通院に付き添っているうちに、すこしずつ警戒心がほどけ、態度がやわらいでいった。もともと頑固な性格の父親はあまり話そうとしないが、母親には頼りにされ、きょうだいとも会話を交わすようになっていた。
一般人に戻った契斗とともに、おれは以前までの荒んだ生活が嘘のように穏やかな日々を送っていた。
「10時だったよな、診察」
「うん、けどそっちちゃうくて、そのあと」
「ああ、そっか、舞台かなんか見るんだっけ」
「ミュージカル」
拗ねたように眉を顰め、ブランケットの下の爪先でおれの脛を軽くつつく。
「忘れてたやろ」
「そんなことない。完璧におぼえてた」
事務所との契約期間を終えて帰国した契斗は、韓国で学んだ作曲と振付の技術を生かし、フリーランスのプロデューサー兼コレオグラファーとして国内の芸能事務所やレーベルの仕事を請け負っていた。
契斗は全国5都市で公演するミュージカルの楽曲制作を手がけており、関係者として大阪公演の招待を受けていた。
「もしかして行きたくない?」
おれの態度を敏感に察して、契斗が見つめてくる。
「ミュージカルとか興味ないやんな?」
「そんなことない。すげえ楽しみ」
嘘ではなかった。契斗の活躍は誇らしかったし、ふたりで出かけることも楽しみだった。しかし、気がかりがあった。
「腹減っただろ。朝メシつくるよ」
契斗は鋭い。これ以上詮索されるのは避けたかった。軽くキスをして、ベッドを抜け出す。
「卵、どうする?」
「んー、だし巻きがええかなあ」
「了解」
身を屈めてもう一度キスすると、契斗が含むように笑った。
「なに?」
「ううん」
Tシャツを着て立ち上がるおれを契斗がブランケットにくるまって見上げている。
「おれも感動してんの」
「え、なんで?」
「庸介くんがずっとやさしいから」
「なんだそれ」
揶揄われているのかと思ったが、契斗の眼差しは真剣だった。独白のように呟いた。
「最初のうちだけやろなって思ってた」
「……おい、なんだよ。舐めんなよ、おれを」
「ごめん」
手を伸ばし、軽く髪を撫でてから、ベッドを離れた。
おれはベッドの上で自分の腕に頭を乗せ、しばらくの間、契斗の寝顔を眺めていた。やがて朝の光は契斗の頬にも届き、伏せられていた瞼がかすかに蠢いた。眉間に皺を刻んでわずかに身じろぐ。薄く目を開き、おれの視線に気づくと、首を窄めて笑った。
「なんで見んの」
「べつに」
短く答えたが、頬の筋肉が緩むのが自分でもわかった。
「はじめておまえの部屋に泊まったときのこと思い出してた」
肩から腕にかけて、指の背を滑らせながら、いった。
「韓国のさ、最後のライブ終わったあと」
契斗はまだ目を閉じたままで、しかしちゃんと起きておれの話を聞いていた。
「あのとき、おれ口開けて寝てたやろ」
「かわいかった」
照れて顔を背けようとする契斗の動きに合わせて首を傾ける。あのときもおなじように、恥ずかしがる契斗を見つめていた。何度も体を重ねたのに、寝顔を見たのははじめてで、目が離せなかった。
「いまだに起きて隣に契斗いるの感動するんだよな」
「はよ慣れてよ」
呆れたようにいって、契斗はブランケットの下で大きく体を伸ばした。おれの背中に腕を回し、脚を絡めてくる。ひんやりとした肌の感触が心地よい。引退して1年以上になるというのに、肌や髪は十代のように瑞々しかった。高級品をつかうわけではないが、毎日ヘアオイルやボディミルクで保湿し、隅々まで手を抜かずにケアをしているからこそ実現する手触りだった。荒れた生活でいぎたなく惰眠を貪るだけの男には決して手に入らない。
いっしょに暮らしてはじめて、契斗がどれほど努力していたのかを理解できた。とはいっても、事務所を退所して日本にもどってからは、表に出る活動はしていない。おれに見せ、触れさせるためだけに手入れをしているのだと考えるのは自惚れすぎだろう。単に習慣だということはわかっている。それでも、触れるたびに、抱きしめるたびに、心揺さぶられる。
「今日、おぼえてる?」
おれの腕に頭を乗せ、胸に額を擦らせながら、契斗がいう。
「おぼえてるよ。お父さんの病院だろ」
契斗の部屋に泊まった翌朝、帰国したおれはすぐに退職届けを提出した。長年勤めた会社は快く送り出してくれた。荷物をまとめ、大阪へ移り、契斗の実家のすぐ近くのマンションを借りた。
5年も活動したのにもかかわらず、契斗の手元には貯金がほとんどなかった。練習生のレッスン費用や衣食住の面倒を見る代わりに、デビュー後は薄給で働かされるという韓国芸能界特有のビジネスモデル。経済能力や家庭環境にかかわらずだれにもチャンスの門扉が開かれるが、スターになり大金を得られるのはほんのわずかの選ばれた人間だけだ。事務所側にとっても育成にかかった費用を回収できないこともあり双方にリスクがある。
酒も煙草もやめて遊びに出ることもなく5年間かけてこつこつ貯めたおれの金は、マンションの頭金と引っ越し費用で吹き飛んだ。
おれは大阪市内にある内装業の会社に就職し、ローンを組んで中古車を購入した。契斗の父親が病院に通う際の送迎をするためだ。
契斗の両親は、はじめのうちは男の恋人を受け容れられず戸惑っていたが、シフトを調整して週に2度の通院に付き添っているうちに、すこしずつ警戒心がほどけ、態度がやわらいでいった。もともと頑固な性格の父親はあまり話そうとしないが、母親には頼りにされ、きょうだいとも会話を交わすようになっていた。
一般人に戻った契斗とともに、おれは以前までの荒んだ生活が嘘のように穏やかな日々を送っていた。
「10時だったよな、診察」
「うん、けどそっちちゃうくて、そのあと」
「ああ、そっか、舞台かなんか見るんだっけ」
「ミュージカル」
拗ねたように眉を顰め、ブランケットの下の爪先でおれの脛を軽くつつく。
「忘れてたやろ」
「そんなことない。完璧におぼえてた」
事務所との契約期間を終えて帰国した契斗は、韓国で学んだ作曲と振付の技術を生かし、フリーランスのプロデューサー兼コレオグラファーとして国内の芸能事務所やレーベルの仕事を請け負っていた。
契斗は全国5都市で公演するミュージカルの楽曲制作を手がけており、関係者として大阪公演の招待を受けていた。
「もしかして行きたくない?」
おれの態度を敏感に察して、契斗が見つめてくる。
「ミュージカルとか興味ないやんな?」
「そんなことない。すげえ楽しみ」
嘘ではなかった。契斗の活躍は誇らしかったし、ふたりで出かけることも楽しみだった。しかし、気がかりがあった。
「腹減っただろ。朝メシつくるよ」
契斗は鋭い。これ以上詮索されるのは避けたかった。軽くキスをして、ベッドを抜け出す。
「卵、どうする?」
「んー、だし巻きがええかなあ」
「了解」
身を屈めてもう一度キスすると、契斗が含むように笑った。
「なに?」
「ううん」
Tシャツを着て立ち上がるおれを契斗がブランケットにくるまって見上げている。
「おれも感動してんの」
「え、なんで?」
「庸介くんがずっとやさしいから」
「なんだそれ」
揶揄われているのかと思ったが、契斗の眼差しは真剣だった。独白のように呟いた。
「最初のうちだけやろなって思ってた」
「……おい、なんだよ。舐めんなよ、おれを」
「ごめん」
手を伸ばし、軽く髪を撫でてから、ベッドを離れた。



