ソウル・ステーション/ディセンバー

 契斗がおれの背中に両腕を回す。シャツの布地をきつく握りしめているのが背中の感触でわかる。縋るような、甘えるようなそんなしぐさを、高校時代のおれは鬱陶しいと思っていた。そう思い込もうとしていた。契斗に溺れるのが怖かった。臆病で卑怯だった。背を向けて逃げたのは契斗ではなくおれだった。
 契斗が顔を上げ、視線が絡んだ。導かれるように、ごく自然に唇が触れあった。はじめはおそるおそる、すこしずつ密着を深めていく。抱きしめた手が震えているのに、契斗は気づいていただろう。やさしい手つきでおれの髪を撫でた。
 唇だけでなく、頬や顎や首にもキスした。契斗の背中に腕を回し、ゆっくりとベッドに体を横たえる。
 仰向けになった契斗の顔の両脇に手をついて、じっと見つめた。おれの頭が照明を遮って影をつくっていたが、契斗の輝きを損なうものではなかった。
 現役アイドルとして活動している男が何人いるのか知らないが、決してビジュアルが秀でているほうとはいえないだろう。それでも、心の清さ、精神の強さが、契斗という人間の美しさになっていた。ほかのだれにも似ていない、どのジャンルにも嵌まらない、唯一無二の魅力だった。
「かわいい……」
 思わず口にすると、契斗が驚いたように目を見開いた。次の瞬間、一気に頬を赤くした。
「なに、急に」
「え、なにが?」
「かわいいとかゆうから……」
 両腕を顔の前で交差してぎこちなく首を捻る。
「驚くことか? 何回もいってるだろ」
「ゆうてへんよ。はじめてやもん」
「そんなことないだろ」
「そんなことある。ゆわれたらおぼえてる」
 契斗の口調には曖昧さがなかった。記憶を辿ったが、たしかに、直接はっきり伝えた記憶は探せなかった。
 何度も心のなかで唱え、ときには叫び出しそうになったはずなのに、口にすることはこれまで一度もなかった。言葉として伝えなければ、存在しないも同然だ。
「……ごめん」
 呟くと、契斗はゆっくり腕を解いた。両手でおれの頬を包み、首を伸ばしてキスしてくれた。再び唇を合わせ、舌を絡める。
 上半身を起こし、シャツを脱いだ。契斗がおれを見上げている。
「ん?」
 焦りと緊張を隠しきれていなかったかもしれない。
「なに?」
 契斗が首を振る。
「なんだよ」
 もう一度いうと、恥ずかしそうに首を窄めてた。おれの腹筋を見つめ、いった。
「庸介くんもかっこよくなったなあって」
 今度はおれのほうが赤面する番だった。そういわれるのははじめてではなかった。高校時代は毎日のように受け取っていた言葉。おれはつまらない優越感を守るために偽りばかりを口にしていたが、契斗は常におれが求める言葉を惜しみなく与えてくれた。背中を押し、癒やし、安心させてくれた。
 泣きそうになった。胸が熱くなり、鼓動が烈しくなっていた。手を伸ばし、契斗のシャツの裾に指先を滑り込ませた。
 風呂上がりでわずかに湿った肌が掌に心地よかった。服を脱がせる。何度も夢に見た契斗の素肌。あくまで労働の結果による付加価値にすぎないおれの筋肉とはちがい、観賞用として他人に見せるために細部までコントロールされた体だ。白く、滑らかで、傷のひとつもついていない。腕や腰は細いが、しなやかな筋肉を纏っていて無駄がなかった。
「きれいだな」
 賞賛の声が漏れた。掛け値なしの本音だったが、契斗はまた照れて手で顔を隠した。しかし、おれに触れられても拒まなかった。
「……ゆっくりして。久しぶりやから」
「ああ。わかってる……」
 緊張で声が上擦った。写真や動画を食い入るように見つめ、焦がれていた契斗の裸を前に、冷静でいられるはずがない。まるで中学生にもどったような気分だった。
「腰、上げて」
 囁くと、契斗は素直に協力した。下着ごとハーフパンツを下ろすと、ベッドの上で身じろぎ片脚を抜いた。
 裸の胸を擦り合わせるように抱き合い、くちづけあった。おれほどではないが、契斗も緊張していたようで、筋肉がわずかに強張っていたが、肌を密着させていくうちに、徐々に解れ、体温も上昇させていた。おれの唇を受け止め、唾液を啜り、喉を上下させて飲み込む。恥じらいながらも従順さを見せる。男に興味がなかったおれが契斗にはまり、抜け出せなくなったのも、この烈しいギャップのせいだった。
 しかし、キスをしながら手を胸元に這わせると、派手に体を震わせた。
「な、なに?」
 また目を瞬いておれを見る。
「なに、どうかした?」
「だって……胸なんか触るから」
「触ったらだめだったか?」
「だめちゃうけど……」
 契斗は狼狽し視線を彷徨わせている。
「今まで触ったことなかったやんか。興味ないって……」
「興味なくない。めちゃくちゃあるよ」
「でも、おっぱいなくてつまんないんやろ?」
 高校時代、まだ契斗と関係を持ったばかりのこと、そんなふうにいった記憶があった。今まで忘れていた。契斗を傷つけたという感覚すら持っていなかった。おれにとってはなんということもないただの独白の切れ端でも、契斗はすべておぼえていた。刃を向けたほうには傷ひとつ残らないが、抉られた心のダメージはいつまでも消えない。
 罪悪感と自己嫌悪でたまらなくなった。もう一度、深くくちづけた。唇から顎、首へとキスを下降させていく。