「反対っていうか……」
「賛成?」
「いや……そういうのよくわかんねえけど、でもやっぱ常識的に考えたらリスク大きすぎるんじゃねえの。バッシングとかあるかもしれないし、ネットで変なこと書かれたりとか」
心ない言葉による攻撃で心を病み、生命が危ぶまれるほど追い込まれる例も知っている。すべてを曝け出すことがすなわち正しいことだとは信じられなかった。事務所社長やグループの仲間も、自分たちの保身だけでなく、契斗を悪意から遠ざけたいという意図があって反対しているのではないか。すくなくともおれは不安を隠しきれなかった。
「でも悪いことしてるわけやないし、恥ずかしいことでもないもん」
「それはそうかもしれないけど……」
「おれが公にすることで、もしかしたらだれかに勇気あげれるかもしれへんし」
回線の向こうで韓国語の声が大きくなる。だれかに呼ばれているらしい。韓国語でなにか言葉を返して、契斗が再びおれに呼びかける。
「ねえ、外で話せへん?」
縋るような口調だった。契斗がおれを頼りにしている。心が揺れた。
「今どこ? 教えてくれたら行く」
すぐそばにいるといいたかった。ほんの数十メートルの距離だ。道路を渡り、階段を下りれば、そこに契斗がいる。今すぐ会いに行きたかった。
「会いたいよ」
低く掠れた声。雑居ビルの壁に半身を凭せかけ、呻きそうになるのをかろうじて耐えていた。気づけばスマホを握る手にじっとりと汗をかいていた。
「庸介くん」
なにもいえずにいるおれに、契斗は小さく呟いた。
「もう嫌い? おれのこと」
「そんなわけないだろ」
叫びそうになるのを抑えるだけで精一杯だった。肩を丸めて俯き、深く息を吐きながらいった。
「嫌いなわけない。今も好きだ」
「だって会いにきてくれへんし、連絡もつかんから……」
「それは……悪いと思ってるけど、でも嫌いになったわけじゃない。好きだよ。今も愛してる。ものすごく好きだ」
必死で捲し立てる。今度は契斗が無言になった。すこしの沈黙の後、囁くようにいった。
「ねえ、どこか行こ。ホテル抜け出すから」
狂おしいほど惚れている相手に誘われて、平静でいられる男はいない。あふれ出そうな言葉を押し込めるように唇を噛んだ。
「明日、飛行機お昼やから、朝までいっしょいれるし」
契斗がさらに言葉を重ねて懇願する。契斗を抱きしめたかった。契斗の助けになりたかった。満足するまでそばにいて、望む言葉をかけてやりたかった。
スマホを持ちなおした。口を開きかけたとき、ライブハウスの前で塊になったファンたちがグループの代表曲を歌いはじめた。それほど大声ではないが、複数人の合唱は道向かいにまで響いた。スマホごしに契斗の耳にも入っただろう。慌てて掌で口元を覆ったが、遅かった。
「どこおんの?」
契斗の声が訝しげに持ち上がる。
「庸介くん……」
「会えない」
戸惑い混じりの契斗の声を遮るように、いった。
「……なんで?」
寂しそうな声。泣きそうな声。胸が詰まった。
「会いたくないの?」
胸が軋む音が聞こえるようだった。絞り出すようにいった。
「おまえは今、不安で、迷ってて、気持ちが不安定になってるから、だれかにいてほしいだけだろ。おまえのこと知ってるのがおれしかいないってだけで、そうじゃなかったらほかのだれかでもいい。ただ肯定して背中を押してほしいんだよ」
契斗はなにもいわなかった。即座に否定しないのは肯定と取れた。指摘が的中しても満足感はなかった。否定されるのをどこかで期待していたのかもしれない。
「悪いけど、おれはおまえの期待には応えられない」
舌が縺れた。喉が渇いて、声が掠れた。
「おれも公表には賛成できない。他人に勇気を与えるとかそんなんどうだっていい。おまえを晒し者にしたくないし、危ない目に遭わせたくない」
契斗は無言のままだったが、息づかいがわずかに聞こえた。
「ほんとはおれの意見なんて必要ないんだろ。家族も事務所も関係ない。だろ?」
返事はなかった。構わずに続けた。
「おまえは一度決めたらだれがなにいったって絶対やる。そういう奴だってこと、おれは知ってる。そういうところが好きなんだから」
契斗は中学校でおれを見つけ、未経験だった歌やダンスを特訓しておれに近づき、関係を持って、最終的にはおれのほうが夢中になっている。最初は不純な動機ではじめたダンスに熱中し、親の反対を押し切って韓国に渡り、狭き門をくぐり抜けてデビューを勝ち取った。前例がないことであっても、どれほどのリスクを孕んでいたとしても、契斗なら絶対にやり遂げる。
「矛盾してる……」
契斗が呟く。
「賛成反対どっちなん?」
「反対だよ。反対だけど、反対しても無駄だってわかってるから、おまえの意思を尊重する」
声に力を込めて、続けた。
「なあ、契斗。周りの反対くらいでへこたれるなんておまえらしくないんだよ。自分がすげえ強いってこと、おまえも自分でわかってんだろ。おまえにはおれなんか必要ないんだって」
「そんなことないよ……」
声が震えていた。胸の痛みがひどくなり、目の前が揺れた。無意識にポケットのなかできつく拳を握りこんでいた。
「おまえに誘われたらおれはホイホイついてくよ。めちゃくちゃ惚れてるからな。でもそれじゃだめだ、絶対」
「なんで……」
「一回傷を舐めあったら、まただらだら関係ができて動けなくなる。そんな中途半端してやってける世界じゃないんだろ、おまえのいる世界は」
「……」
「しっかりしろよ、八木契斗。気持ちははっきり決まってんだろ。だったら、おれなんかに甘えんな。だれに反対されても、おれになにいわれても、迷ったりすんな。周りは結果で黙らせろ。それがおまえだろ」
おれがいえることでないのはわかっていた。どの面を提げて、と自分でも思う。罪悪感と羞恥心に襲われ、死にたくなった。それでも、止めるわけにはいかなかった。こんなにも強く、自分の気持ちをだれかにわかってほしいと切望するのははじめてだった。どれほど契斗を信頼し、尊敬し、愛しているのか、わかってほしかった。冷静に的確に説明できない自分に苛立った。
「賛成?」
「いや……そういうのよくわかんねえけど、でもやっぱ常識的に考えたらリスク大きすぎるんじゃねえの。バッシングとかあるかもしれないし、ネットで変なこと書かれたりとか」
心ない言葉による攻撃で心を病み、生命が危ぶまれるほど追い込まれる例も知っている。すべてを曝け出すことがすなわち正しいことだとは信じられなかった。事務所社長やグループの仲間も、自分たちの保身だけでなく、契斗を悪意から遠ざけたいという意図があって反対しているのではないか。すくなくともおれは不安を隠しきれなかった。
「でも悪いことしてるわけやないし、恥ずかしいことでもないもん」
「それはそうかもしれないけど……」
「おれが公にすることで、もしかしたらだれかに勇気あげれるかもしれへんし」
回線の向こうで韓国語の声が大きくなる。だれかに呼ばれているらしい。韓国語でなにか言葉を返して、契斗が再びおれに呼びかける。
「ねえ、外で話せへん?」
縋るような口調だった。契斗がおれを頼りにしている。心が揺れた。
「今どこ? 教えてくれたら行く」
すぐそばにいるといいたかった。ほんの数十メートルの距離だ。道路を渡り、階段を下りれば、そこに契斗がいる。今すぐ会いに行きたかった。
「会いたいよ」
低く掠れた声。雑居ビルの壁に半身を凭せかけ、呻きそうになるのをかろうじて耐えていた。気づけばスマホを握る手にじっとりと汗をかいていた。
「庸介くん」
なにもいえずにいるおれに、契斗は小さく呟いた。
「もう嫌い? おれのこと」
「そんなわけないだろ」
叫びそうになるのを抑えるだけで精一杯だった。肩を丸めて俯き、深く息を吐きながらいった。
「嫌いなわけない。今も好きだ」
「だって会いにきてくれへんし、連絡もつかんから……」
「それは……悪いと思ってるけど、でも嫌いになったわけじゃない。好きだよ。今も愛してる。ものすごく好きだ」
必死で捲し立てる。今度は契斗が無言になった。すこしの沈黙の後、囁くようにいった。
「ねえ、どこか行こ。ホテル抜け出すから」
狂おしいほど惚れている相手に誘われて、平静でいられる男はいない。あふれ出そうな言葉を押し込めるように唇を噛んだ。
「明日、飛行機お昼やから、朝までいっしょいれるし」
契斗がさらに言葉を重ねて懇願する。契斗を抱きしめたかった。契斗の助けになりたかった。満足するまでそばにいて、望む言葉をかけてやりたかった。
スマホを持ちなおした。口を開きかけたとき、ライブハウスの前で塊になったファンたちがグループの代表曲を歌いはじめた。それほど大声ではないが、複数人の合唱は道向かいにまで響いた。スマホごしに契斗の耳にも入っただろう。慌てて掌で口元を覆ったが、遅かった。
「どこおんの?」
契斗の声が訝しげに持ち上がる。
「庸介くん……」
「会えない」
戸惑い混じりの契斗の声を遮るように、いった。
「……なんで?」
寂しそうな声。泣きそうな声。胸が詰まった。
「会いたくないの?」
胸が軋む音が聞こえるようだった。絞り出すようにいった。
「おまえは今、不安で、迷ってて、気持ちが不安定になってるから、だれかにいてほしいだけだろ。おまえのこと知ってるのがおれしかいないってだけで、そうじゃなかったらほかのだれかでもいい。ただ肯定して背中を押してほしいんだよ」
契斗はなにもいわなかった。即座に否定しないのは肯定と取れた。指摘が的中しても満足感はなかった。否定されるのをどこかで期待していたのかもしれない。
「悪いけど、おれはおまえの期待には応えられない」
舌が縺れた。喉が渇いて、声が掠れた。
「おれも公表には賛成できない。他人に勇気を与えるとかそんなんどうだっていい。おまえを晒し者にしたくないし、危ない目に遭わせたくない」
契斗は無言のままだったが、息づかいがわずかに聞こえた。
「ほんとはおれの意見なんて必要ないんだろ。家族も事務所も関係ない。だろ?」
返事はなかった。構わずに続けた。
「おまえは一度決めたらだれがなにいったって絶対やる。そういう奴だってこと、おれは知ってる。そういうところが好きなんだから」
契斗は中学校でおれを見つけ、未経験だった歌やダンスを特訓しておれに近づき、関係を持って、最終的にはおれのほうが夢中になっている。最初は不純な動機ではじめたダンスに熱中し、親の反対を押し切って韓国に渡り、狭き門をくぐり抜けてデビューを勝ち取った。前例がないことであっても、どれほどのリスクを孕んでいたとしても、契斗なら絶対にやり遂げる。
「矛盾してる……」
契斗が呟く。
「賛成反対どっちなん?」
「反対だよ。反対だけど、反対しても無駄だってわかってるから、おまえの意思を尊重する」
声に力を込めて、続けた。
「なあ、契斗。周りの反対くらいでへこたれるなんておまえらしくないんだよ。自分がすげえ強いってこと、おまえも自分でわかってんだろ。おまえにはおれなんか必要ないんだって」
「そんなことないよ……」
声が震えていた。胸の痛みがひどくなり、目の前が揺れた。無意識にポケットのなかできつく拳を握りこんでいた。
「おまえに誘われたらおれはホイホイついてくよ。めちゃくちゃ惚れてるからな。でもそれじゃだめだ、絶対」
「なんで……」
「一回傷を舐めあったら、まただらだら関係ができて動けなくなる。そんな中途半端してやってける世界じゃないんだろ、おまえのいる世界は」
「……」
「しっかりしろよ、八木契斗。気持ちははっきり決まってんだろ。だったら、おれなんかに甘えんな。だれに反対されても、おれになにいわれても、迷ったりすんな。周りは結果で黙らせろ。それがおまえだろ」
おれがいえることでないのはわかっていた。どの面を提げて、と自分でも思う。罪悪感と羞恥心に襲われ、死にたくなった。それでも、止めるわけにはいかなかった。こんなにも強く、自分の気持ちをだれかにわかってほしいと切望するのははじめてだった。どれほど契斗を信頼し、尊敬し、愛しているのか、わかってほしかった。冷静に的確に説明できない自分に苛立った。



