解体業は朝が早い。早朝まだ暗い時間帯に工場を出発し、現場に到着するとほぼ休みなく働きつづける。夕方、寮に帰ってシャワーを浴びると、部屋に引きこもる。ときには社長や同僚と食事に出ることもあるが、酒は飲まないしよけいな金もつかいたくない。あまり付き合いがいいほうとはいえなかった。
給料は高くないが、馴染んでしまえばいい職場だ。外国人が多いこともあり、互いに干渉しないのは気楽でいい。言葉が通じなくても問題はなかったし、みんないい連中だ。口にはしないが、それぞれに傷を負い、事情を抱えている。同僚を詮索したり非難したりすることもなかった。常に他人の失敗を望み、仲間の足を掬うために目を光らせている歌舞伎町の水商売に較べれば、はるかに居心地がよかった。仕事中は作業に没頭でき、よけいなことを考えずに済むというのも、おれにとっては好都合だった。
ベッドに寝転び、スマホを弄る。寝る前にネットにアップされた契斗の写真や動画を見るのが日課になっていた。唯一の趣味といっていい。
アイドルの仕事は多岐にわたる。ステージで歌やダンスを披露したりテレビやネット番組に出演したりというだけでなく、最近ではオンライン配信でファンと交流することも増えていた。契斗が所属するグループはとくに力を入れていて、メンバーが交代でほぼ毎日欠かすことなく配信を行っていた。韓国のアプリをつかい、カメラに向かって近況報告し、視聴者の質問にも答える。ファンにとっては、メンバーと画面ごしに交流できる貴重な機会だ。
当然ながら、基本的には韓国語で、おれには理解できない。それでも契斗が配信をするたびに必ず視聴し、アーカイブ映像を繰り返し見ているうちに、簡単な単語くらいならおぼえられるようになった。
契斗が担当するときには、日本のファン向けに日本語でメッセージを送ることもあった。練習着にすっぴんの契斗が画面に向かって手を振り「日本のみなさん、愛してる」と愛嬌を見せるとき、おれの心はあたたかくなった。同時に、痺れるような疼きと熱をも感じていた。
好き。愛してる。チョア。サランへ。
庸介くん、愛してる。
一度も聞いたことのない言葉のはずが、まるで目の前に契斗がいるかのようにリアルに鼓膜を震わせる。
深夜の寮の部屋。布団を頭から被った。明日も早朝から作業に入るというのに、契斗の配信を見てしまったせいで眠れない。
いつもそうだった。「おやすみなさい」と日本語でいって、配信が切れると、どうしようもなく胸が締めつけられる。新大久保のライブハウスで最後に会ってからもう2年がたとうとしている。時間がたてば忘れられると思った。間違いだった。離れれば離れるほどに思いが募り、会いたい気持ちを抑えるのに必死にならなければいけなかった。
ワイヤレスイヤホンを耳に嵌めて、アップされたばかりの配信のアーカイブを再生する。契斗の笑顔がスマホの画面に映し出される。風呂上がりなのか、髪がすこし濡れている。
すこし元気がないように見えるのは疲れのせいかもしれない。契斗は今年の夏、練習中の転倒で右足の靱帯を損傷し、3か月ほど活動から離れていた。離脱中はほかのメンバーよりも頻繁に配信でファンに状況を報せていた。怪我を知ったときには心配したが、休んでいる間に作詞と作曲にも挑戦していると前向きに話す姿に、安堵していた。手術とリハビリを経て怪我は完治し、すこし前から復帰していた。
ファンからの質問やコメントが画面の下部に表示され流れていく。契斗は身を乗り出してコメント欄の文字を目で追っていた。恥ずかしそうにはにかんでなにか話している。「ヨジャチング」という単語が聞き取れた。「彼女」という意味だ。どうやら好みのタイプを聞かれているらしい。契斗は困ったように笑っている。雑誌やテレビのインタビューでも散々聞かれる定番の質問だ。たいていの場合、「自分を持っているひと」だとか「素直でまっすぐなひと」というようないかにも適当な返事ではぐらかしていた。
契斗が女を愛せないことはだれも知らない。事務所の社長もスタッフもグループのメンバーも、家族でさえ想像もしていないはずだ。おれと付き合っているときもひた隠しにしていた。アイドルを目指すために必要なことだ。
契斗の秘密を知っているのも契斗の体を知っているのもおれだけ。その事実が心の支えになっていた。しかし、もう2年も連絡さえ取っていない。
活動をしている間は恋人をつくらないという契斗の言葉は嘘ではないだろう。しかし、だれにも惹かれないということではない。おれと離れてから、だれかと出会い、心を通わせているかもしれない。おれとはちがい、やさしくて包容力があり社会的に自立した男かもしれない。契斗を支え、リハビリを助け、おれが残した傷を癒やしているかもしれない。契斗を抱きしめ、契斗にキスをして、寄り添って眠っているのかもしれない。
馬鹿げた妄想。頭から離れない。胸が騒いで息苦しくなる。
庸介くん、愛してる。
練習室での仲間との会話について、おそらくは話している契斗の韓国語が、いつの間にか都合のいい日本語の幻聴に変換される。
給料は高くないが、馴染んでしまえばいい職場だ。外国人が多いこともあり、互いに干渉しないのは気楽でいい。言葉が通じなくても問題はなかったし、みんないい連中だ。口にはしないが、それぞれに傷を負い、事情を抱えている。同僚を詮索したり非難したりすることもなかった。常に他人の失敗を望み、仲間の足を掬うために目を光らせている歌舞伎町の水商売に較べれば、はるかに居心地がよかった。仕事中は作業に没頭でき、よけいなことを考えずに済むというのも、おれにとっては好都合だった。
ベッドに寝転び、スマホを弄る。寝る前にネットにアップされた契斗の写真や動画を見るのが日課になっていた。唯一の趣味といっていい。
アイドルの仕事は多岐にわたる。ステージで歌やダンスを披露したりテレビやネット番組に出演したりというだけでなく、最近ではオンライン配信でファンと交流することも増えていた。契斗が所属するグループはとくに力を入れていて、メンバーが交代でほぼ毎日欠かすことなく配信を行っていた。韓国のアプリをつかい、カメラに向かって近況報告し、視聴者の質問にも答える。ファンにとっては、メンバーと画面ごしに交流できる貴重な機会だ。
当然ながら、基本的には韓国語で、おれには理解できない。それでも契斗が配信をするたびに必ず視聴し、アーカイブ映像を繰り返し見ているうちに、簡単な単語くらいならおぼえられるようになった。
契斗が担当するときには、日本のファン向けに日本語でメッセージを送ることもあった。練習着にすっぴんの契斗が画面に向かって手を振り「日本のみなさん、愛してる」と愛嬌を見せるとき、おれの心はあたたかくなった。同時に、痺れるような疼きと熱をも感じていた。
好き。愛してる。チョア。サランへ。
庸介くん、愛してる。
一度も聞いたことのない言葉のはずが、まるで目の前に契斗がいるかのようにリアルに鼓膜を震わせる。
深夜の寮の部屋。布団を頭から被った。明日も早朝から作業に入るというのに、契斗の配信を見てしまったせいで眠れない。
いつもそうだった。「おやすみなさい」と日本語でいって、配信が切れると、どうしようもなく胸が締めつけられる。新大久保のライブハウスで最後に会ってからもう2年がたとうとしている。時間がたてば忘れられると思った。間違いだった。離れれば離れるほどに思いが募り、会いたい気持ちを抑えるのに必死にならなければいけなかった。
ワイヤレスイヤホンを耳に嵌めて、アップされたばかりの配信のアーカイブを再生する。契斗の笑顔がスマホの画面に映し出される。風呂上がりなのか、髪がすこし濡れている。
すこし元気がないように見えるのは疲れのせいかもしれない。契斗は今年の夏、練習中の転倒で右足の靱帯を損傷し、3か月ほど活動から離れていた。離脱中はほかのメンバーよりも頻繁に配信でファンに状況を報せていた。怪我を知ったときには心配したが、休んでいる間に作詞と作曲にも挑戦していると前向きに話す姿に、安堵していた。手術とリハビリを経て怪我は完治し、すこし前から復帰していた。
ファンからの質問やコメントが画面の下部に表示され流れていく。契斗は身を乗り出してコメント欄の文字を目で追っていた。恥ずかしそうにはにかんでなにか話している。「ヨジャチング」という単語が聞き取れた。「彼女」という意味だ。どうやら好みのタイプを聞かれているらしい。契斗は困ったように笑っている。雑誌やテレビのインタビューでも散々聞かれる定番の質問だ。たいていの場合、「自分を持っているひと」だとか「素直でまっすぐなひと」というようないかにも適当な返事ではぐらかしていた。
契斗が女を愛せないことはだれも知らない。事務所の社長もスタッフもグループのメンバーも、家族でさえ想像もしていないはずだ。おれと付き合っているときもひた隠しにしていた。アイドルを目指すために必要なことだ。
契斗の秘密を知っているのも契斗の体を知っているのもおれだけ。その事実が心の支えになっていた。しかし、もう2年も連絡さえ取っていない。
活動をしている間は恋人をつくらないという契斗の言葉は嘘ではないだろう。しかし、だれにも惹かれないということではない。おれと離れてから、だれかと出会い、心を通わせているかもしれない。おれとはちがい、やさしくて包容力があり社会的に自立した男かもしれない。契斗を支え、リハビリを助け、おれが残した傷を癒やしているかもしれない。契斗を抱きしめ、契斗にキスをして、寄り添って眠っているのかもしれない。
馬鹿げた妄想。頭から離れない。胸が騒いで息苦しくなる。
庸介くん、愛してる。
練習室での仲間との会話について、おそらくは話している契斗の韓国語が、いつの間にか都合のいい日本語の幻聴に変換される。



