半年後、契斗を含む7人のメンバーで構成された新たなグループがデビューを果たした。契斗は最年長で、メンバーにはハジュンも選ばれていた。外国籍のメンバーは契斗だけだったが、人柄と統率力を買われ、リーダーを任されていた。
「嘘や」
思わず出てしまった日本語を閉じ込めようとするかのように掌で口を覆って、契斗は目を丸くしておれを見つめた。ブラウンのアイシャドウに上下にアイラインを引いた目。うっすらとチークものせられている。ヘアメイクもきっちりと施され、ブリーチした髪をワックスで固めている。
遠くからでも華やかだったが、近くで見るとアイドルになったのだという実感をより強く感じた。
「なんでおんの?」
スパンコールの散りばめられた派手な衣装のスーツの裾を指先でなおして、契斗が微笑む。驚いた顔ではあったが、嫌悪しているようには見えなかった。
デビューを記念したライブが行われたのはソウルのライブハウスだった。200人も入れば埋まってしまうほどの小さな規模だったが、デビューを祝う関係者やファンでにぎわっていた。
それでも完売とはいかなかったようで、当日券も発行されていた。この日イベントが開催されることをグループのSNSで知り、遠くから眺めるだけでもとなかば衝動的にソウル入りしていた。
思いがけず入場がかない、契斗の晴れ姿を拝むことができた。デビューしたばかりということで荒削りではあったが、時間をかけて準備し、トレーニングを重ねてきたとあって、ステージ上で見せるパフォーマンスは圧巻だった。年齢も幅広く、身長や体格もばらばらなメンバーたちもよく息が合っているように見えた。
契斗はメインダンサーとしてソロパートも担い、MCではリーダーとしてメンバーをまとめていた。韓国語は理解できないが、夢だったデビューを勝ち取ることができたことへの喜びを語っているのだろうと想像しながら、スポットライトを浴びる契斗を客席から見つめた。
なによりも契斗のパフォーマンスは抽んでていた。大勢の練習生のなかから選ばれるだけあって、他のメンバーも巧かったが、素人目に見ても契斗がひときわ輝いていることがわかった。オーディション番組でも高評価を受けたダンスはさらに磨きがかけられ、歌も大きく上達していた。デビューが確定した後にもしっかりと練習に取り組んだことがわかる。
終了後すぐに帰るつもりだったが、いわゆる「お見送り」とやらで、メンバーが会場のエントランス廊下に並んで観客を見送る催しが用意されているそうで、客席で待たされた。
「めちゃくちゃよかった」
ファンとともに並んで廊下を歩きながら、契斗に声をかけた。
「ありがとう」
デビュー前から注目を集める大スターというわけではない。事務所の規模も小さく、スタッフもすくなかった。もっと客が多ければあっという間に引き剥がされるのだろうが、動きはゆっくりとしたもので、わずかな会話を交わすことができた。
ロープを隔てて立った契斗が手を振る。名残惜しかったが、列を乱して迷惑をかけるようなことはできない。小さく手を振り返して通り過ぎた。
公演中はそれほど意識しなかったが、ほとんどが若い女のファンという状況で、気恥ずかしさをおぼえた。日本人の男はおれだけで、悪目立ちしているように思えた。
物販ブースでデビューCDとグッズが販売されており、CDと契斗のソロ写真を購入した。販売スタッフは日本語を理解しなかったが、商品を指さしクレジットカードを差し出して、どうにか購入できた。訝しげな視線を向けられているように感じ、そそくさと会場を後にした。
きらびやかな衣装に身を包み、濃いメイクをした契斗の写真。知らない人間のように見えた。ライブハウスのほうを振り返ると、大勢のファンが名残惜しそうに会話したりポスターの写真を撮ったりしていた。微笑ましい光景だと思った。
ステージを見たときも感動したが、こうして会場の前に立っていると、心があたたかいもので満たされていくようだった。デビューが決まったことを聞かされたときとおなじように、またはそれ以上に、おれは感激し、胸を弾ませていた。
コンビニで夕食を仕入れ、ゲストハウスにチェックインした。ホストを辞め、朋大のマンションを追い出されてからは、埼玉県内の廃品工場で働いていた。寮が完備されているため住まいの心配がないのはありがたいが、そのぶん薄給だった。以前のようにホテルに宿泊して居酒屋でビールを飲む余裕はなかった。韓国行きの航空券だけでも精一杯だ。
小さなベッドが1つ置かれただけの狭い部屋でミネラルウォーターのペットボトルを開けていると、スマホが鳴った。
LINEのメッセージは契斗からだった。連絡がくるのは久しぶりだった。事務所の前で握手をして以来、会うこともなければ電話やLINEのやりとりもなくなっていた。大事な時期に邪魔をしたくなかったからこちらから連絡はしなかったし、向こうからもなかった。
デビューが発表されてから開設されたグループの公式サイトやSNSで契斗の近況を知ることができた。デビューに向けて着実に準備が進められていく様子をネットごしに眺めるのは楽しかった。写真や動画で契斗の充実した日常を垣間見ることで、単純な肉体労働を繰り返すだけの退屈な仕事や変わりばえしない日々が鮮やかに彩られていった。
契斗からのLINEは「今日ありがとう!」という短い礼の言葉と、以前からよくつかっているパンダを模したスタンプだけだった。つい1時間ほど前にステージに立っていたアイドルから個人的にメッセージが送られてきたことが妙にくすぐったかった。
おれのほうからは「がんばれ!」という言葉が入ったスタンプだけを返した。送信後、すぐに既読の表示がついた。
コンビニで買ったフライドチキンが冷めていくのも気にせず、おれはベッドの上にあぐらをかいてしばらくの間しげしげとLINEのメッセージを眺めていた。こうして見るとまるでふつうの友人同士のようだ。
もちろん、自分がしたことを忘れたわけではない。学生時代からおれが契斗を傷つけてきた過去は変えようがないし、友情を育めるというような身の程知らずな考えはなかった。しかし、友達にはなれなくても、契斗を応援するファンのひとりとして、こうして遠くから応援することくらいはゆるされるのではないだろうか。あるいはそれすらもおれには贅沢か。
スマホを操作し、グループのSNSを開いた。今日行われた公演の写真が投稿されていた。メンバーがステージ上に一列に並び、客席をバックに笑顔を見せている。契斗は一番端で微笑んでいる。ライブの興奮に頬を紅潮させている。
素晴らしい写真だった。現場で見た光景を思い出させた。思わず目頭が熱くなった。
古びた狭いゲストハウスのベッドの上で、冷めたチキンとペットボトルの水という夕餉だったが、おれは満足だった。これほど充足した気持ちになったのははじめてだった。
「嘘や」
思わず出てしまった日本語を閉じ込めようとするかのように掌で口を覆って、契斗は目を丸くしておれを見つめた。ブラウンのアイシャドウに上下にアイラインを引いた目。うっすらとチークものせられている。ヘアメイクもきっちりと施され、ブリーチした髪をワックスで固めている。
遠くからでも華やかだったが、近くで見るとアイドルになったのだという実感をより強く感じた。
「なんでおんの?」
スパンコールの散りばめられた派手な衣装のスーツの裾を指先でなおして、契斗が微笑む。驚いた顔ではあったが、嫌悪しているようには見えなかった。
デビューを記念したライブが行われたのはソウルのライブハウスだった。200人も入れば埋まってしまうほどの小さな規模だったが、デビューを祝う関係者やファンでにぎわっていた。
それでも完売とはいかなかったようで、当日券も発行されていた。この日イベントが開催されることをグループのSNSで知り、遠くから眺めるだけでもとなかば衝動的にソウル入りしていた。
思いがけず入場がかない、契斗の晴れ姿を拝むことができた。デビューしたばかりということで荒削りではあったが、時間をかけて準備し、トレーニングを重ねてきたとあって、ステージ上で見せるパフォーマンスは圧巻だった。年齢も幅広く、身長や体格もばらばらなメンバーたちもよく息が合っているように見えた。
契斗はメインダンサーとしてソロパートも担い、MCではリーダーとしてメンバーをまとめていた。韓国語は理解できないが、夢だったデビューを勝ち取ることができたことへの喜びを語っているのだろうと想像しながら、スポットライトを浴びる契斗を客席から見つめた。
なによりも契斗のパフォーマンスは抽んでていた。大勢の練習生のなかから選ばれるだけあって、他のメンバーも巧かったが、素人目に見ても契斗がひときわ輝いていることがわかった。オーディション番組でも高評価を受けたダンスはさらに磨きがかけられ、歌も大きく上達していた。デビューが確定した後にもしっかりと練習に取り組んだことがわかる。
終了後すぐに帰るつもりだったが、いわゆる「お見送り」とやらで、メンバーが会場のエントランス廊下に並んで観客を見送る催しが用意されているそうで、客席で待たされた。
「めちゃくちゃよかった」
ファンとともに並んで廊下を歩きながら、契斗に声をかけた。
「ありがとう」
デビュー前から注目を集める大スターというわけではない。事務所の規模も小さく、スタッフもすくなかった。もっと客が多ければあっという間に引き剥がされるのだろうが、動きはゆっくりとしたもので、わずかな会話を交わすことができた。
ロープを隔てて立った契斗が手を振る。名残惜しかったが、列を乱して迷惑をかけるようなことはできない。小さく手を振り返して通り過ぎた。
公演中はそれほど意識しなかったが、ほとんどが若い女のファンという状況で、気恥ずかしさをおぼえた。日本人の男はおれだけで、悪目立ちしているように思えた。
物販ブースでデビューCDとグッズが販売されており、CDと契斗のソロ写真を購入した。販売スタッフは日本語を理解しなかったが、商品を指さしクレジットカードを差し出して、どうにか購入できた。訝しげな視線を向けられているように感じ、そそくさと会場を後にした。
きらびやかな衣装に身を包み、濃いメイクをした契斗の写真。知らない人間のように見えた。ライブハウスのほうを振り返ると、大勢のファンが名残惜しそうに会話したりポスターの写真を撮ったりしていた。微笑ましい光景だと思った。
ステージを見たときも感動したが、こうして会場の前に立っていると、心があたたかいもので満たされていくようだった。デビューが決まったことを聞かされたときとおなじように、またはそれ以上に、おれは感激し、胸を弾ませていた。
コンビニで夕食を仕入れ、ゲストハウスにチェックインした。ホストを辞め、朋大のマンションを追い出されてからは、埼玉県内の廃品工場で働いていた。寮が完備されているため住まいの心配がないのはありがたいが、そのぶん薄給だった。以前のようにホテルに宿泊して居酒屋でビールを飲む余裕はなかった。韓国行きの航空券だけでも精一杯だ。
小さなベッドが1つ置かれただけの狭い部屋でミネラルウォーターのペットボトルを開けていると、スマホが鳴った。
LINEのメッセージは契斗からだった。連絡がくるのは久しぶりだった。事務所の前で握手をして以来、会うこともなければ電話やLINEのやりとりもなくなっていた。大事な時期に邪魔をしたくなかったからこちらから連絡はしなかったし、向こうからもなかった。
デビューが発表されてから開設されたグループの公式サイトやSNSで契斗の近況を知ることができた。デビューに向けて着実に準備が進められていく様子をネットごしに眺めるのは楽しかった。写真や動画で契斗の充実した日常を垣間見ることで、単純な肉体労働を繰り返すだけの退屈な仕事や変わりばえしない日々が鮮やかに彩られていった。
契斗からのLINEは「今日ありがとう!」という短い礼の言葉と、以前からよくつかっているパンダを模したスタンプだけだった。つい1時間ほど前にステージに立っていたアイドルから個人的にメッセージが送られてきたことが妙にくすぐったかった。
おれのほうからは「がんばれ!」という言葉が入ったスタンプだけを返した。送信後、すぐに既読の表示がついた。
コンビニで買ったフライドチキンが冷めていくのも気にせず、おれはベッドの上にあぐらをかいてしばらくの間しげしげとLINEのメッセージを眺めていた。こうして見るとまるでふつうの友人同士のようだ。
もちろん、自分がしたことを忘れたわけではない。学生時代からおれが契斗を傷つけてきた過去は変えようがないし、友情を育めるというような身の程知らずな考えはなかった。しかし、友達にはなれなくても、契斗を応援するファンのひとりとして、こうして遠くから応援することくらいはゆるされるのではないだろうか。あるいはそれすらもおれには贅沢か。
スマホを操作し、グループのSNSを開いた。今日行われた公演の写真が投稿されていた。メンバーがステージ上に一列に並び、客席をバックに笑顔を見せている。契斗は一番端で微笑んでいる。ライブの興奮に頬を紅潮させている。
素晴らしい写真だった。現場で見た光景を思い出させた。思わず目頭が熱くなった。
古びた狭いゲストハウスのベッドの上で、冷めたチキンとペットボトルの水という夕餉だったが、おれは満足だった。これほど充足した気持ちになったのははじめてだった。



