「こんな関係よくないって、庸介くんもわかってるやろ」
「わかんねえよ」
吐き捨てるようにいった。
「こんな関係ってなんだよ。どういう関係ならいいんだよ」
「それは……」
「だったら付き合おうぜ」
おれの言葉に、契斗が振り返る。眉間に皺を刻み、なんともいえない複雑な表情でおれを見つめている。
「なんだよ。ちゃんと付き合ってればいいんだろ」
契斗はなにもいわずにただおれを見ていた。やがて静かにいった。
「おれ、デビューしたい」
凛とした眼差し。思わず臆した。
「今のおれにはいちばん大事なことやねん」
「そんなのわかってるよ。べつに恋愛禁止じゃないんだろ」
「だれとも付き合わへんって決めてる。規則は関係ない。自分でそう決めてんの」
平坦な声だったが、契斗の覚悟が伝わってくる。高校を卒業したら韓国に渡ると打ち明けられたときの衝撃が蘇った。
「ならなんでおれとセックスしたんだよ」
「やから間違いやったって……」
「はじめから遊びだったってことかよ」
立ち上がり、契斗を見下ろした。おれを見つめる瞳の輝きも笑い声も腕に縋りついてきた感触もすべてがまやかしに思えた。
「ふざけんな、クソビッチ!」
自分のものとは思えないほど無感動な昏い声だった。
「ホストなんか釣り合わねえって思ってんのか。調子乗ってんじゃねえぞ。ケツ掘られてあんあん喘いでたのはだれだよ。ああ? ひとをさんざん利用しといて、用がなくなったらポイ捨てかよ。最低だな、おまえ。偽善者が。淫乱のくせにアイドルとか笑わせんなよ。事務所の男全員に色目つかってんだろ、どうせ。わかってんだよ、おまえが男好きの淫乱だってことは、ずっと前から。くそったれ。ビッチが、この淫乱……」
支離滅裂だった。ほとんど叫ぶような声になっていた。唾をまき散らしてわめき立てるおれを、契斗はじっと見つめていた。その眼差しに浮かぶものの正体にようやく気づいた。愛情や思い入れなどではない。
哀れみだ。
契斗がゆっくりと立ち上がる。リュックを手に持ち、おれの脇を通り過ぎようとした。咄嗟に腕をつかんだ。
「待てよ」
視線は合わない。おれも契斗を見なかった。互いにべつべつの壁を見たままだ。
「どこ行くんだよ」
「帰る」
短い言葉に感情は見つけられなかった。おれの腕を振り払い、契斗は部屋のドアに向かって足を進めた。
日本で別れたときの記憶が鮮明に蘇った。おれの部屋のカーペットを濡らし、契斗は子どものように泣いていた。どうしても海外に行くというなら別れると宣言するおれに縋りついて、別れたくないと懇願した。
すぐに帰国すると思っていた。おれのことを忘れられるはずがないと信じていた。だが契斗はもどらなかった。おれが連絡しなければ、無理に会おうとしなければ、そのまま一生顔を合わせることもなかっただろう。
気づくと契斗を追い越し、ドアの前に立ちはだかっていた。契斗があの哀れみの目でおれを見つめる。
「……悪かったよ」
荒く息を継ぎながら呟いた。
「ひどいこといってごめん。ちょっと混乱して……謝るから」
混乱を極め、頭が重くなっていた。顔や腹の傷の痛みもほとんど感じないほど神経が張り詰めていた。
「ええから、もう」
「なあ、待てよ。聞けって」
ドアを背に掌を契斗に向けて、いった。
「今までのことはおれが悪かった。反省してる。これからはちゃんとおまえの都合だったりも考えるし、無茶なことはいわない。ゴムもつけるし、嘘もつかない。ほかにもおまえが嫌なことは……」
「もうやめて」
契斗が俯く。抑えた声でいう。
「もうやめよう、庸介くん」
契斗のいうとおりだった。やめるべきだった。ここでやめておけば、まだ過去の思い出のひとつとして残しておくことができる。わかっていた。わかっていたが、止められなかった。
「わかった。じゃあセックスなしでいい」
「え?」
「セックスが嫌なんだろ。ならしない。ただいっしょにいるだけ。それならいいだろ?」
契斗はわけがわからないという顔をしている。眉を寄せ、おれを見た。
「セックス以外なにすんの?」
「それは……いろいろだろ」
「いろいろって?」
尋ねられ、返答に詰まった。
「おれたち、セックス以外になにかいっしょにしたことあった?」
なにもなかった。十代の頃はおれがやりたくなったときに呼び出し、終わったら帰らせた。今も変わらない。食事をしたり映画を観たり買い物をしたり、そういったふつうのカップルのようなことはなにもしたことがなかった。
「なんでそんなこだわるの?」
疲れたように息を吐いて、契斗がいう。
「おれやなくてもええやん。ほかのひととでも、だれとでもできるやんか、付き合うんもセックスも」
「ほかの奴じゃだめなんだよ。おまえじゃないと……」
「なんで?」
答えられなかった。自分でもなぜここまで執着を感じるのかわからない。ただ、恐ろしかった。契斗を失うことを考えただけで全身の血液が凍りつき、体が引き裂かれるような感覚をおぼえる。
「なあ、契斗、おれ……」
「ごめん」
なおも取り縋ろうとするおれに、契斗ははっきりとした口調でいった。
「ごめん、もう無理」
にべもない態度。これ以上の話はいっさい聞きたくないという強靱な意志が感じられた。なにをしようと契斗の心を変えることはできないと、おれはようやく悟った。
「さよなら」
寂しげに目を伏せて、契斗は呟いた。おれの脇から手を伸ばし、ドアノブをつかむ。咄嗟に手首をつかんだ。強く握っていった。
「動画撮ってるっていったらどうする?」
契斗が顔を上げる。
「動画?」
困惑した表情でおれを見つめる。
「動画ってなんの……」
「わかんだろ」
なぜそんなことを口ばしってしまったのかわからなかった。それでも止められない。
「今出てったら、ネットに晒す」
契斗はじっとおれを見つめている。
「デビュー前に男とのセックス動画が出回ったらまずいよな。べつにおれはいいけど。どうせただのホストだし。失うものもとくにないしな。でもおまえはちがうだろ?」
契斗の顔が白く変色していくのを見て胸が痛んだ。しかし引き返すことはできなかった。もう一度、低く抑えた声でいった。
「今までの努力が無駄になってもいいなら行けよ」
体をずらしてスペースをつくる。壁を背にして、ドアのほうに向けて顎をしゃくった。
「ほら、行けって」
ドアノブを回し、わずかにドアを開けてやる。すこし圧せば完全に開いて、廊下に出られる。しかし契斗は黙ったまま動かなかった。ゆっくりと手を伸ばし、ドアノブをつかんだ。そのまま手を引き、ドアを閉めた。それが答えだった。
「……跪け」
昏い声で命令した。デニムのファスナーを下ろし、前を寛げた。
「しゃぶれよ」
契斗は無言でその場に膝をついた。反抗する素振りも見せず、命じられたとおりにおれの性器を取り出し、先端を口に含んだ。
犬のように這いつくばって奉仕する契斗の顔を見下ろす。睫毛が揺れ、前髪が汗で額に張りついている。
契斗を征服することに成功し、満足するはずが、心は冷えきっていた。ホテルの壁に後頭部を圧しつけ、無機質な天井を呆然と見上げていた。
「わかんねえよ」
吐き捨てるようにいった。
「こんな関係ってなんだよ。どういう関係ならいいんだよ」
「それは……」
「だったら付き合おうぜ」
おれの言葉に、契斗が振り返る。眉間に皺を刻み、なんともいえない複雑な表情でおれを見つめている。
「なんだよ。ちゃんと付き合ってればいいんだろ」
契斗はなにもいわずにただおれを見ていた。やがて静かにいった。
「おれ、デビューしたい」
凛とした眼差し。思わず臆した。
「今のおれにはいちばん大事なことやねん」
「そんなのわかってるよ。べつに恋愛禁止じゃないんだろ」
「だれとも付き合わへんって決めてる。規則は関係ない。自分でそう決めてんの」
平坦な声だったが、契斗の覚悟が伝わってくる。高校を卒業したら韓国に渡ると打ち明けられたときの衝撃が蘇った。
「ならなんでおれとセックスしたんだよ」
「やから間違いやったって……」
「はじめから遊びだったってことかよ」
立ち上がり、契斗を見下ろした。おれを見つめる瞳の輝きも笑い声も腕に縋りついてきた感触もすべてがまやかしに思えた。
「ふざけんな、クソビッチ!」
自分のものとは思えないほど無感動な昏い声だった。
「ホストなんか釣り合わねえって思ってんのか。調子乗ってんじゃねえぞ。ケツ掘られてあんあん喘いでたのはだれだよ。ああ? ひとをさんざん利用しといて、用がなくなったらポイ捨てかよ。最低だな、おまえ。偽善者が。淫乱のくせにアイドルとか笑わせんなよ。事務所の男全員に色目つかってんだろ、どうせ。わかってんだよ、おまえが男好きの淫乱だってことは、ずっと前から。くそったれ。ビッチが、この淫乱……」
支離滅裂だった。ほとんど叫ぶような声になっていた。唾をまき散らしてわめき立てるおれを、契斗はじっと見つめていた。その眼差しに浮かぶものの正体にようやく気づいた。愛情や思い入れなどではない。
哀れみだ。
契斗がゆっくりと立ち上がる。リュックを手に持ち、おれの脇を通り過ぎようとした。咄嗟に腕をつかんだ。
「待てよ」
視線は合わない。おれも契斗を見なかった。互いにべつべつの壁を見たままだ。
「どこ行くんだよ」
「帰る」
短い言葉に感情は見つけられなかった。おれの腕を振り払い、契斗は部屋のドアに向かって足を進めた。
日本で別れたときの記憶が鮮明に蘇った。おれの部屋のカーペットを濡らし、契斗は子どものように泣いていた。どうしても海外に行くというなら別れると宣言するおれに縋りついて、別れたくないと懇願した。
すぐに帰国すると思っていた。おれのことを忘れられるはずがないと信じていた。だが契斗はもどらなかった。おれが連絡しなければ、無理に会おうとしなければ、そのまま一生顔を合わせることもなかっただろう。
気づくと契斗を追い越し、ドアの前に立ちはだかっていた。契斗があの哀れみの目でおれを見つめる。
「……悪かったよ」
荒く息を継ぎながら呟いた。
「ひどいこといってごめん。ちょっと混乱して……謝るから」
混乱を極め、頭が重くなっていた。顔や腹の傷の痛みもほとんど感じないほど神経が張り詰めていた。
「ええから、もう」
「なあ、待てよ。聞けって」
ドアを背に掌を契斗に向けて、いった。
「今までのことはおれが悪かった。反省してる。これからはちゃんとおまえの都合だったりも考えるし、無茶なことはいわない。ゴムもつけるし、嘘もつかない。ほかにもおまえが嫌なことは……」
「もうやめて」
契斗が俯く。抑えた声でいう。
「もうやめよう、庸介くん」
契斗のいうとおりだった。やめるべきだった。ここでやめておけば、まだ過去の思い出のひとつとして残しておくことができる。わかっていた。わかっていたが、止められなかった。
「わかった。じゃあセックスなしでいい」
「え?」
「セックスが嫌なんだろ。ならしない。ただいっしょにいるだけ。それならいいだろ?」
契斗はわけがわからないという顔をしている。眉を寄せ、おれを見た。
「セックス以外なにすんの?」
「それは……いろいろだろ」
「いろいろって?」
尋ねられ、返答に詰まった。
「おれたち、セックス以外になにかいっしょにしたことあった?」
なにもなかった。十代の頃はおれがやりたくなったときに呼び出し、終わったら帰らせた。今も変わらない。食事をしたり映画を観たり買い物をしたり、そういったふつうのカップルのようなことはなにもしたことがなかった。
「なんでそんなこだわるの?」
疲れたように息を吐いて、契斗がいう。
「おれやなくてもええやん。ほかのひととでも、だれとでもできるやんか、付き合うんもセックスも」
「ほかの奴じゃだめなんだよ。おまえじゃないと……」
「なんで?」
答えられなかった。自分でもなぜここまで執着を感じるのかわからない。ただ、恐ろしかった。契斗を失うことを考えただけで全身の血液が凍りつき、体が引き裂かれるような感覚をおぼえる。
「なあ、契斗、おれ……」
「ごめん」
なおも取り縋ろうとするおれに、契斗ははっきりとした口調でいった。
「ごめん、もう無理」
にべもない態度。これ以上の話はいっさい聞きたくないという強靱な意志が感じられた。なにをしようと契斗の心を変えることはできないと、おれはようやく悟った。
「さよなら」
寂しげに目を伏せて、契斗は呟いた。おれの脇から手を伸ばし、ドアノブをつかむ。咄嗟に手首をつかんだ。強く握っていった。
「動画撮ってるっていったらどうする?」
契斗が顔を上げる。
「動画?」
困惑した表情でおれを見つめる。
「動画ってなんの……」
「わかんだろ」
なぜそんなことを口ばしってしまったのかわからなかった。それでも止められない。
「今出てったら、ネットに晒す」
契斗はじっとおれを見つめている。
「デビュー前に男とのセックス動画が出回ったらまずいよな。べつにおれはいいけど。どうせただのホストだし。失うものもとくにないしな。でもおまえはちがうだろ?」
契斗の顔が白く変色していくのを見て胸が痛んだ。しかし引き返すことはできなかった。もう一度、低く抑えた声でいった。
「今までの努力が無駄になってもいいなら行けよ」
体をずらしてスペースをつくる。壁を背にして、ドアのほうに向けて顎をしゃくった。
「ほら、行けって」
ドアノブを回し、わずかにドアを開けてやる。すこし圧せば完全に開いて、廊下に出られる。しかし契斗は黙ったまま動かなかった。ゆっくりと手を伸ばし、ドアノブをつかんだ。そのまま手を引き、ドアを閉めた。それが答えだった。
「……跪け」
昏い声で命令した。デニムのファスナーを下ろし、前を寛げた。
「しゃぶれよ」
契斗は無言でその場に膝をついた。反抗する素振りも見せず、命じられたとおりにおれの性器を取り出し、先端を口に含んだ。
犬のように這いつくばって奉仕する契斗の顔を見下ろす。睫毛が揺れ、前髪が汗で額に張りついている。
契斗を征服することに成功し、満足するはずが、心は冷えきっていた。ホテルの壁に後頭部を圧しつけ、無機質な天井を呆然と見上げていた。



