「まだ若いだろ」
契斗が首を窄める。慰めたつもりはなかったが、それにしても稚拙すぎた。
契斗はもうすぐ24になる。一般的には若者といえても、アイドルとしてデビューするにはかなりぎりぎりの年齢だ。番組に出演することである程度の自信にはつながっただろうが、それでも契斗の表情には焦りが見えた。
「おれも整形しよかな」
唐突に契斗がいって、おれは思わず上半身を浮かせた。
「なに、おまえ、なんつった、今?」
「え?」
「整形するっていった?」
「いや……」
「絶対やめろよ!」
突然おれが声を荒らげたので、契斗は唖然としている。
「なに怒ってんの」
「おまえがいきなり変なこというからだろ」
「変なって……」
契斗も身を起こして眉を寄せる。
「冗談やんか」
「つまんねえ冗談いってんじゃねえよ」
溜めていた息を一気に吐き出し、噎せた。契斗が呆れたような目で見つめてくる。
「庸介くんがゆうたんやで」
「なに? なんもいってないけど、おれ」
「ゆうたやん。整形しろって」
「整形しろなんていってない」
「ゆうてました」
「整形しないのって聞いただけだろ。しろとはいってない」
契斗のなにげない一言に、自分でも意外なほど取り乱していた。
「おまえ、マジで絶対やんなよ、整形とか」
「なんで」
「やる必要ないだろ。今のままで……」
言葉を切った。今のままでじゅうぶんかわいいといいかけ、思い直した。契斗に対してかわいいなど、これまで口にしたことはなかった。
「今のままでべつにいいだろ」
「わかった」
「絶対だぞ。絶対やんなよ」
「せえへんし」
「約束しろよ」
「はいはい」
「ちゃんと約束しろって」
「もう、なんなん」
しつこく追求すると、契斗はうんざりしたように表情を歪めた。
「なんでそんなむきになんの? おれが整形してもしなくても庸介くんには関係ないやん」
「はあ?」
さっきまで身を寄せ合っていたのに、空気が淀んで張り詰めている。
「おれ、庸介くんのものとちがうし」
契斗の言葉に、おれは絶句した。
「なんでそんな顔すんの」
呆けた顔をしていたのだろう。契斗が顔をしかめる。
「おれのことどんなふうに考えてたん?」
「どんなって……」
「庸介くんの所有物になったことなかったし、これからもないよ」
平坦な声でいって、契斗はベッドを滑り降りた。
「シャワー浴びてくる」
おれのほうはすぐには動けなかった。バスルームに向かう裸の背に呼びかけた。
「でもおれのこと好きだっただろ?」
自分でも絶望するほど情けない一言だった。契斗は一瞬動きを止めたものの、答えなかった。代わりに、呟いた。
「ハジュンがいっしょにきたいってゆうたとき、ほんまは断れた」
「なに?」
「おれがついてきてもらったの」
なんの話をしているのかわからなかった。おれに背を向けたまま、契斗はいった。
「こうなるってわかってたから」
契斗の姿はバスルームに消え、ドアが閉まってすぐにシャワーの湯が床のタイルを叩く音が聞こえてきた。
まだ鼓動が収まらず、嫌な汗をかいている。胃液が逆流しそうだ。
契斗がいったことはもっともだったが、おれは烈しく動揺し、打ちのめされていた。
直接聞いたことは、付き合っている間にもほとんどなかった。理由は2つ。1つは、態度であきらかに示されていたからわざわざ確認する必要がなかった。もう1つは、おれのほうはどうなのかと聞き返されるのが面倒だったからだ。契斗とちがって嘘をつくことに躊躇することはないが、つかなくても済むのならそれに超したことはない。
捩れて皺の寄ったシーツに指を這わせる。契斗のにおいと体温がまだ残っている。
あのとき、道向かいのカフェの窓から契斗とハジュンの姿を見て、どうしようもなく心を乱された。5年ぶりの再会にもかかわらず、事前の許諾もなく、おれよりもはるかに若く美しい男を伴ってきたことに憤った。いや、そのときは怒りだと思ったが、実際にはべつの感情だった。
はじめから誘うつもりでダブルの部屋を予約し、カードキーを仕込んでいた。だが、断られればそれなりに引き下がることができただろう。契斗がひとりではなかったこと、ハジュンの存在に神経を刺激されたことによって、意固地になった。
作為があったとは思わない。契斗が後輩を防波堤にしようとしたのは事実だろう。しかし、意図とは真逆の結果となった。おれはハジュンに嫉妬し、契斗に対するすさまじい独占欲で理性を失った。
はじめて契斗と寝たときを思い出した。契斗が同性愛者だと知って、ほかの男に取られるのが惜しくなった。事務所を離れると聞かされ、手放すことに耐えられなくなった。実際、契斗が韓国に発ったあとのおれの精神状態は急激に悪化し、契斗だけでなくなにもかも失った。
おれが契斗を捕らえているのではない。おれが契斗に捕らわれている。無意識とはいえ、契斗はおれを完全に手中にしている。ずっと前からそうだった。おれが馬鹿で自己中心的だったから気づいていなかっただけだ。
整形の話に取り乱したのは、契斗の顔が変わることが嫌だったわけではない。整形への偏見もない。契斗の外見が変わり、ほかの人間の関心を集めるのが嫌だった。
オーディション番組で落選したことを知って、おれは安堵していた。焼肉屋での反応を見たときにもおなじだった。契斗の夢が目前で離れたことによって、おれは満足感を得ていた。独占欲だけではない。おれは契斗に対して優位性を保ちたいのだ。
子どもじみた妄想。思い上がりも甚だしい。契斗はおれよりもはるかに優れた人間だった。15歳の頃からそうだった。契斗は意思が強く、まっすぐで、辛抱強い。いっぽう、おれは底が浅く、幼稚でつまらない男だ。好きどころか、かわいいとさえ告げる勇気もなく、代わりにデリカシーに欠けた言葉で契斗を傷つけた。
責任から逃げ、自分の本心を誤魔化しつづけてきたが、本当はわかっていた。認めることができなかったのだ。おれは弱く、狡い。だからこそ契斗の強さが眩しく、気持ちを寄せられることに引け目を感じていた。
ベッドから出て、バスルームに近づいた。水音を聞きながら、ドアに手をかけた。鍵はかかっていない。ドアノブを回せば簡単に入室できた。しかし、体が動かない。見えない鎖に拘束されたかのようにその場に立ち尽くした。樹脂パネルのドアがまるで鋼鉄の厚い壁に思えた。何度も抱いて、すべてを知っているはずの契斗をはるか遠くに感じた。
契斗が首を窄める。慰めたつもりはなかったが、それにしても稚拙すぎた。
契斗はもうすぐ24になる。一般的には若者といえても、アイドルとしてデビューするにはかなりぎりぎりの年齢だ。番組に出演することである程度の自信にはつながっただろうが、それでも契斗の表情には焦りが見えた。
「おれも整形しよかな」
唐突に契斗がいって、おれは思わず上半身を浮かせた。
「なに、おまえ、なんつった、今?」
「え?」
「整形するっていった?」
「いや……」
「絶対やめろよ!」
突然おれが声を荒らげたので、契斗は唖然としている。
「なに怒ってんの」
「おまえがいきなり変なこというからだろ」
「変なって……」
契斗も身を起こして眉を寄せる。
「冗談やんか」
「つまんねえ冗談いってんじゃねえよ」
溜めていた息を一気に吐き出し、噎せた。契斗が呆れたような目で見つめてくる。
「庸介くんがゆうたんやで」
「なに? なんもいってないけど、おれ」
「ゆうたやん。整形しろって」
「整形しろなんていってない」
「ゆうてました」
「整形しないのって聞いただけだろ。しろとはいってない」
契斗のなにげない一言に、自分でも意外なほど取り乱していた。
「おまえ、マジで絶対やんなよ、整形とか」
「なんで」
「やる必要ないだろ。今のままで……」
言葉を切った。今のままでじゅうぶんかわいいといいかけ、思い直した。契斗に対してかわいいなど、これまで口にしたことはなかった。
「今のままでべつにいいだろ」
「わかった」
「絶対だぞ。絶対やんなよ」
「せえへんし」
「約束しろよ」
「はいはい」
「ちゃんと約束しろって」
「もう、なんなん」
しつこく追求すると、契斗はうんざりしたように表情を歪めた。
「なんでそんなむきになんの? おれが整形してもしなくても庸介くんには関係ないやん」
「はあ?」
さっきまで身を寄せ合っていたのに、空気が淀んで張り詰めている。
「おれ、庸介くんのものとちがうし」
契斗の言葉に、おれは絶句した。
「なんでそんな顔すんの」
呆けた顔をしていたのだろう。契斗が顔をしかめる。
「おれのことどんなふうに考えてたん?」
「どんなって……」
「庸介くんの所有物になったことなかったし、これからもないよ」
平坦な声でいって、契斗はベッドを滑り降りた。
「シャワー浴びてくる」
おれのほうはすぐには動けなかった。バスルームに向かう裸の背に呼びかけた。
「でもおれのこと好きだっただろ?」
自分でも絶望するほど情けない一言だった。契斗は一瞬動きを止めたものの、答えなかった。代わりに、呟いた。
「ハジュンがいっしょにきたいってゆうたとき、ほんまは断れた」
「なに?」
「おれがついてきてもらったの」
なんの話をしているのかわからなかった。おれに背を向けたまま、契斗はいった。
「こうなるってわかってたから」
契斗の姿はバスルームに消え、ドアが閉まってすぐにシャワーの湯が床のタイルを叩く音が聞こえてきた。
まだ鼓動が収まらず、嫌な汗をかいている。胃液が逆流しそうだ。
契斗がいったことはもっともだったが、おれは烈しく動揺し、打ちのめされていた。
直接聞いたことは、付き合っている間にもほとんどなかった。理由は2つ。1つは、態度であきらかに示されていたからわざわざ確認する必要がなかった。もう1つは、おれのほうはどうなのかと聞き返されるのが面倒だったからだ。契斗とちがって嘘をつくことに躊躇することはないが、つかなくても済むのならそれに超したことはない。
捩れて皺の寄ったシーツに指を這わせる。契斗のにおいと体温がまだ残っている。
あのとき、道向かいのカフェの窓から契斗とハジュンの姿を見て、どうしようもなく心を乱された。5年ぶりの再会にもかかわらず、事前の許諾もなく、おれよりもはるかに若く美しい男を伴ってきたことに憤った。いや、そのときは怒りだと思ったが、実際にはべつの感情だった。
はじめから誘うつもりでダブルの部屋を予約し、カードキーを仕込んでいた。だが、断られればそれなりに引き下がることができただろう。契斗がひとりではなかったこと、ハジュンの存在に神経を刺激されたことによって、意固地になった。
作為があったとは思わない。契斗が後輩を防波堤にしようとしたのは事実だろう。しかし、意図とは真逆の結果となった。おれはハジュンに嫉妬し、契斗に対するすさまじい独占欲で理性を失った。
はじめて契斗と寝たときを思い出した。契斗が同性愛者だと知って、ほかの男に取られるのが惜しくなった。事務所を離れると聞かされ、手放すことに耐えられなくなった。実際、契斗が韓国に発ったあとのおれの精神状態は急激に悪化し、契斗だけでなくなにもかも失った。
おれが契斗を捕らえているのではない。おれが契斗に捕らわれている。無意識とはいえ、契斗はおれを完全に手中にしている。ずっと前からそうだった。おれが馬鹿で自己中心的だったから気づいていなかっただけだ。
整形の話に取り乱したのは、契斗の顔が変わることが嫌だったわけではない。整形への偏見もない。契斗の外見が変わり、ほかの人間の関心を集めるのが嫌だった。
オーディション番組で落選したことを知って、おれは安堵していた。焼肉屋での反応を見たときにもおなじだった。契斗の夢が目前で離れたことによって、おれは満足感を得ていた。独占欲だけではない。おれは契斗に対して優位性を保ちたいのだ。
子どもじみた妄想。思い上がりも甚だしい。契斗はおれよりもはるかに優れた人間だった。15歳の頃からそうだった。契斗は意思が強く、まっすぐで、辛抱強い。いっぽう、おれは底が浅く、幼稚でつまらない男だ。好きどころか、かわいいとさえ告げる勇気もなく、代わりにデリカシーに欠けた言葉で契斗を傷つけた。
責任から逃げ、自分の本心を誤魔化しつづけてきたが、本当はわかっていた。認めることができなかったのだ。おれは弱く、狡い。だからこそ契斗の強さが眩しく、気持ちを寄せられることに引け目を感じていた。
ベッドから出て、バスルームに近づいた。水音を聞きながら、ドアに手をかけた。鍵はかかっていない。ドアノブを回せば簡単に入室できた。しかし、体が動かない。見えない鎖に拘束されたかのようにその場に立ち尽くした。樹脂パネルのドアがまるで鋼鉄の厚い壁に思えた。何度も抱いて、すべてを知っているはずの契斗をはるか遠くに感じた。



