ソウル・ステーション/ディセンバー

 おれの部屋で、はじめて契斗を抱いたときは、その場のなりゆきとでもいうのか、流れにまかせているうちに気づいたらそうなっていた。だがその日以来、おれたちは毎日のように体を合わせるようになった。ありていにいえば、おれは契斗の体にハマり、男同士の背徳的なセックスに溺れた。
 男に関心を持ったことはなかった。むしろ嫌悪忌避していた。子どもの頃から芸能の世界に身を置いていれば不快なことを見聞きすることもひとより多い。しかし、一度線を踏み越えてしまえば、男同士というものは存外気楽で便利なものだった。
 未成年にもかかわらず夜遊びに耽り、酒を飲んで煙草を吸う長男に両親は手を焼いていた。自宅に女を連れ込むことも多く、手を焼いていたが、男の後輩が出入りするぶんには気にしなかった。むしろ、見るからに真面目で教育の行き届いた契斗を気に入り、歓迎していた。家族がリビングにいる間にも部屋のベッドを軋ませているなどとは考えもしていなかっただろう。
 契斗はこれまでとおなじように呼べばいつでもやってきた。おれの家だけでなく、クラブやバー、駅のトイレでもセックスした。男同士なら男性用トイレに連れ立って入ってもあやしまれない。
 契斗は従順で素直だった。ダンスのトレーニングのおかげで体がやわらかく、多少アクロバティックな体位も試せたし、体力もありおれの求めに何度でも応じることができた。それまで付き合った女たちのように面倒な我が儘もいわなかったし、あれこれ指図してくることもなかった。当然、妊娠もしない。おれにとってはあまりに都合がよかった。
 そういう状況でも、遊び癖は直らず、ほかの女とも会っていた。契斗も知っていただろうし傷ついてもいただろうが、直接咎められたことはなかった。
「おれたちって、付き合ってるって思ってええんかな?」
 最初のときから数か月たったときにそう聞かれて、返答に窮した。おれは同性愛者ではなかったし、真剣な付き合いのつもりはなかった。契斗の体に執着してはいたが、契斗がおれに対して持っている感情とおなじ種類のものだとは思えなかった。だが、正直に答えれば行為に応じなくなるのではと考えた。そのときにはすでに契斗を抱くことがほとんど日課になっていたし、失うのは惜しかった。だから「いいんじゃない、それで」と答えた。
 契斗はうれしそうに飛びついてきた。安堵で潤んだ瞳をおれに向け、両腕を首に巻きつけて擦り寄ってきた。「大好き」と何度も繰り返し、猫のように額を擦りつけてきた。
 罪悪感を持たないわけではなかったが、おれといるときの契斗の弾けるような笑顔を見ていると、これでいいのだと自分を納得させられた。
 今になって思い返せば、当時のおれは父親のちがう弟に母親の関心を奪われ、幼い頃のように周囲からちやほやされることもなくなって、投げ遣りになっていた。馬鹿げた歌やダンスに、くだらない女たちとのいざこざに疲れて、うんざりしきっていた。家族も友人も恋人も、本当におれを好きなわけではない。はじめのうちは好きだの大事だのと調子のいいことをいって擦り寄ってくるが、おれの本質が期待したものと異なるとわかると、いとも簡単に去っていった。そのことに気づいてからは、おれのほうも期待しなくなった。
 なにもかもあきらめていたつもりだったが、人間、そう簡単に割り切れないものだ。切実で純粋な契斗の瞳に見つめられたとき、思わずその眼差しに飛びついてしまった。契斗なら、勝手なイメージを圧しつけることもなく、勝手に失望することもないのではないかと思った。契斗が全身でおれを受け止め、全力でおれに取り縋って好きだと訴えるたびに、満足感を得ていた。失った自己肯定感を取りもどした気になれた。
 だから、高校卒業を間近にした契斗から、韓国に行くと聞かされたとき、自分でも意外なほどショックを受けた。
 おれはすでにグループを脱退していたが、おれが自堕落な生活を送っている間にも、契斗は鍛錬に励んでいた。おれに近づくためにはじめた歌やダンスは、いつしか契斗にとって大きな目標になっていた。無気力で向上心に欠けた田舎のアイドルグループや芸能事務所に物足りなさを感じ、より広い世界を求めるようになった。会うときはたいていセックスしていて、深い話をすることはなかったから、契斗の心の動きや気持ちの変化に、まるで気づかなかった。
 別れ話を持ちかけられたわけではない。契斗は遠距離恋愛を望んだが、おれが拒んだ。どうしても海外に行くというのなら関係をつづけられないと厳しい口調でいった。おれを選ぶか夢を選ぶかの二択を迫った。
 どこかで楽観視していた。当然、おれを選び、韓国行きは断念するものとたかをくくっていた。自意識過剰だった。別れたくないと泣いて懇願しながらも、最終的に、契斗は夢を選び、おれを置いて韓国へ旅立った。
 おれを見捨てた契斗に対して強い怒りを感じた。自分の身勝手さを差し置いて、契斗を責めた。利用され、軽んじられたと感じ、途轍もなく惨めな気分になった。おれを好きだといいながらも、おれから離れる準備をして実行した契斗を恨み、契斗の失敗を望んでいた。すぐに自分の誤りに気づき、後悔とともに帰ってくると思っていた。だが、別れて以来、契斗は一度も連絡をよこさず、どうしているのか知るすべもなかった。
 契斗がいなくなってからのおれは、それまで以上に荒れた。何度も暴力事件を起こしては警察の世話になり、実家からも追い出された。なんのつてもないまま東京に流れつき、日雇い労働の仕事を転々とし、今もうだつの上がらない日々を送っている。
 客の女にオーディション番組のウェブサイトを見せられ、契斗の写真を目にしたときに感じたのは、単純な懐かしさや後悔というものではなかった。なぜ連絡をしたのか、韓国まで会いにきたのか、自分でもわからなかった。
 わかるのは、もう一度契斗の体を味わったら、今度こそ手放せないということだ。実際、5年ぶりに体を重ねて、信じがたいほどの快楽に愕然とした。朋大や客の女たち、これまで付き合ってきただれとも、似たような衝動や満足感を得られたことはなかった。相性がいいだとか名器であるだとか、そういう幻想とはまったくちがうなにかが、契斗との間にはあった。すくなくともおれにはそう思えた。