ソウル・ステーション/ディセンバー

 好意を寄せられるのには慣れていた。女だけでなく男からいい寄られたこともあった。しかしどれも軽い気持ちにしか思えず、実際、何人かの女とは付き合ったが、関係が長くつづくことはなかった。どの女もはじめのうちはそれなりに尽くしてくれたが、やがておれの身勝手に振り回されることに耐えきれなくなり、去っていった。はじめからおれの顔や経歴にしか興味がなかったのだろう。落胆したこともあったが、そのうちになにも感じなくなった。期待しなければがっかりすることもない。
「ごめん。やっぱり今いったのは忘れて。もともというつもりなかったし……」
 おれが黙っていることをどう考えたのか、契斗は首を振って姿勢を正した。ベッドの上に正座し、膝を揃えて深々と頭を下げた。
「すみませんでした」
 平坦な声でいった。頭を下げているせいで表情をうかがい知ることはできない。だが声が震えているのははっきりわかった。
「ストーカーみたいな真似してごめんなさい。二度と顔見せないから、おれのことは忘れて……」
「おまえはそれでいいのかよ」
 おれの言葉に、契斗は口を閉ざした。
「おれのこと好きなんじゃねえの?」
「それは……」
「はっきりいえよ」
「好き……です」
 契斗は身を縮めて消え入りそうな声で答えた。丸まった背中が震えて、小動物のようだった。
 手を伸ばし、髪に指を差し入れた。頭を撫でてやると、契斗がおずおずと身を起こした。おれを見上げる瞳はさっきよりもさらに湿度を増し、青白かった顔に朱みがさしている。
「どんくらい好きなの?」
「え……」
「おれのこと好きっていっただろ。どんくらい?」
「えっと……」
 おれの言葉の意図をはかりかねているのか、また視線を揺らす。
「キスしたいくらい?」
「キス?」
 顎をつかみ、上を向かせた。契斗はなにが起きているのか理解できないという顔をしていた。
「したくねえの、キス」
 ベッドの上で膝を立ててにじり寄った。腰に手を回して抱き寄せると、契斗は動揺して身を固くした。
「な、なに……」
「目瞑れよ。してやるから」
 顔を近づけると、契斗は固く目を閉じた。受け容れたというよりも、反射的にそうしたのかもしれない。どちらでも構わなかった。緊張で硬直した体を抱きしめ、唇を奪った。
 触れたとたんに腕のなかの体が跳ね上がった。どう見ても経験が浅い契斗は、舌を入れられても抵抗せずされるがままだった。強引に舌を捩じ込み、腰や腿に手を這わせる。固くなっていた体からすこしずつ力が脱け、軽く圧しただけで簡単に崩れた。
 折り重なるようにベッドに倒れ込む。唇を離すと、契斗は烈しく噎せた。呼吸のタイミングをうまくつかめなかったのだろう。酸素を求めて大きく体を上下させて喘いでいる。
「キス、はじめて?」
 おれの問いに何度も頷く。
「おれとキスできてうれしい?」
 再び、今度はさらに大きく首を縦に振る。感情が溢れるのを抑えるように口元を手で覆って、固く目を閉じている。これまでに関係を持った女はたいてい遊び慣れていて、そんな反応を見せられたのははじめてだった。
 ぎこちない所作と汗ばんだ肌の艶めかしさのギャップに興奮させられた。おれも男とははじめてだったが、それほど違和感はなかった。むしろこれまでにないほど昂ぶっていた。
「なあ、キスしたことないってことは、セックスもまだなんだよな?」
「え……」
 急すぎる展開についていけないのか、契斗は唖然としている。
「やっぱそう? 女とも?」
「おれ、女の子は……」
「男だけ? ホモってことか」
「わかんない……まだ庸介くんしか好きになったことないから」
「まだ?」
 言葉尻をとらえていった。
「おれ以外もアリってこと?」
「ううん、ない。庸介くんだけ」
 契斗が慌てて首を振る。
「へえ……」
 すこし大仰すぎるほどの狼狽ぶりに、意地悪をしたい気分になった。
「男同士ってどうすんのか知ってる?」
「ど、どうって……」
 下腹を擦りつけると、契斗はかわいそうなほど身を震わせた。狼狽と怯えの眼差しでおれを見上げてくる。完全に無抵抗でおれにすべてを委ねている。体の奥から突き上がってくるような興奮に加え、ひとりの人間のすべてを手中にした満足感が全身に広がった。
「おれ、おまえのこと抱けそうなんだけど」
 耳朶の軟骨を舌で弄びながら、低く囁いた。皮膚の表面に熱が行き渡り、怯むほどの高熱になっていた。
「どうする?」
 抗わないことはわかっていた。かわいそうなほど動揺して震えている契斗のシャツを脱がせる。
「庸介くん、待って、待って、あの、ご家族が……」
「だれもいねえよ」
 まだだれにも触れさせていない肌に舌を這わせると、ひどく興奮した。体をまさぐりながら、再び唇を寄せる。
「待って、だめ、ほんまに……」
「なんで? おれのこと好きじゃねえの?」
「ちがう、そんなことない」
「じゃ好き?」
「うん……」
 軽いキスを何度も重ねていくうちに、契斗の体が溶けてやわらかくなっていく。
「好き……」
 契斗がおれの首に腕を巻きつけてきつくしがみついてくる。
「好き。庸介くん、好き。大好き」
 熱にうかされたかのようにひたすら繰り返す。低く掠れたその声を聞いたとき、自分のものにすると決めた。この声も体も心もなにもかもおれだけのものだ。だれにも絶対に渡さない。