午前中のスタジアムはひと気もまばらだった。日本とはちがい、良席を求めて並んでいる客は少ないが、気の早いファンが売店でチームのグッズを物色している。
腕に嵌めたスポーツウォッチに目を落として、国分は顎を撫でた。すこしでも年齢相応に見せようと生やしはじめた髭だったが、2週間かけても、ざらつく程度だった。
大柄な体をレプリカユニフォームで締めつけた中年の白人男性に隠れるようにして、きょろきょろ歩いている奥を見つけて、国分は大きく手を挙げた。
「おっくん!」
国分に気づくと、奥はほっとした顔でバッグを持ちなおした。
「久し振り」
自然と手が出る。力強い握手を交わしながら、なんともいえない郷愁がこみ上げてきた。
「元気そうじゃん」
「そっちも。頑張ってるか?」
「まあね。もうだいぶ慣れてきた」
チアダンスのチームを解散したあとも、国分はひとりダンスを続けた。ニューヨークに渡ってからは、ますますレッスンに没頭し、腕を上げていた。
「なんだか、有名なアーティストのツアーに参加するんだって?」
国分と並んで歩きながら、奥がいう。
「田所さんに聞いたよ」
国分は肩を竦めてみせた。渡米のきっかけになったオーディションを受けたのは、田所の紹介がきっかけだった。資金も人脈も持たない国分を援助してくれたのも田所である。返す必要はないといわれていた金を、国分は少しずつ日本の田所のもとへ送っていた。近況を報告する手紙も添えた。マンハッタンのアパートに届く田所からの返信は、孤独な外国での生活を支えてくれていた。
「そっちはどうよ。いろいろ忙しくて、日本のニュースにまで気がまわらなくってさ」
「まあ、おれのほうはぼちぼち」
奥は曖昧に頷いた。
「この間、喜多嶋に車を買ってもらったよ」
にやりと笑いあう。喜多嶋は居酒屋でバイトをはじめ、そのまま社員に登用されて、今ではいくつかの支店を任されるほどになっているはずだった。週に数回は地元のダンススタジオの講師として子どもたちを指導しているという。
奥はロークスに4年間在籍した。通算成績は決して名選手とはいいがたいものだったが、右太腿靱帯を損傷し、選手生活にピリオドを打つまで、常に全力のプレイでチームに貢献した。
引退後は、中古車販売の営業職に就いたと聞いていた。メジャーリーグ観戦のために渡米することの報告と、ニューヨークの案内を依頼する連絡がきたときには、どのような態度で接するか決めかねていたが、そんな心配は杞憂に過ぎなかった。現役から離れ、少し顔に肉がついたようにも見えるが、童顔に浮く表情はいたって楽しげで、長くない選手時代にもじゅうぶん満足していたことがわかる。
我妻の名を出すことにも、躊躇はなかった。奥は気を悪くするどころか、嬉しそうに頷いた。
「もう会ったよ。相変わらずだった」
そういって、思い出し笑いを浮かべる。どう相変わらずなのかは、聞かずとも、なんとなく想像できた。
ニューヨーク・ジェッツのユニフォームを着たアメリカ人の一団が、ふたりに向かって声をかけてきた。
「なんだって?」
奥がにやにや笑いながら聞いてくる。英語を理解しなくとも、“クレイジー・ガッツ”の単語ぐらいは聞き取れたはずだ。国分は得意顔で奥を指差し、白人集団に向かっていってやった。
「彼はクレイジー・ガッツのステディなんだぜ」
ユニフォーム姿の男女に盛大に笛を吹かれ、背中を叩かれている奥の戸惑った顔を眺めながら、国分は大笑いした。
腕に嵌めたスポーツウォッチに目を落として、国分は顎を撫でた。すこしでも年齢相応に見せようと生やしはじめた髭だったが、2週間かけても、ざらつく程度だった。
大柄な体をレプリカユニフォームで締めつけた中年の白人男性に隠れるようにして、きょろきょろ歩いている奥を見つけて、国分は大きく手を挙げた。
「おっくん!」
国分に気づくと、奥はほっとした顔でバッグを持ちなおした。
「久し振り」
自然と手が出る。力強い握手を交わしながら、なんともいえない郷愁がこみ上げてきた。
「元気そうじゃん」
「そっちも。頑張ってるか?」
「まあね。もうだいぶ慣れてきた」
チアダンスのチームを解散したあとも、国分はひとりダンスを続けた。ニューヨークに渡ってからは、ますますレッスンに没頭し、腕を上げていた。
「なんだか、有名なアーティストのツアーに参加するんだって?」
国分と並んで歩きながら、奥がいう。
「田所さんに聞いたよ」
国分は肩を竦めてみせた。渡米のきっかけになったオーディションを受けたのは、田所の紹介がきっかけだった。資金も人脈も持たない国分を援助してくれたのも田所である。返す必要はないといわれていた金を、国分は少しずつ日本の田所のもとへ送っていた。近況を報告する手紙も添えた。マンハッタンのアパートに届く田所からの返信は、孤独な外国での生活を支えてくれていた。
「そっちはどうよ。いろいろ忙しくて、日本のニュースにまで気がまわらなくってさ」
「まあ、おれのほうはぼちぼち」
奥は曖昧に頷いた。
「この間、喜多嶋に車を買ってもらったよ」
にやりと笑いあう。喜多嶋は居酒屋でバイトをはじめ、そのまま社員に登用されて、今ではいくつかの支店を任されるほどになっているはずだった。週に数回は地元のダンススタジオの講師として子どもたちを指導しているという。
奥はロークスに4年間在籍した。通算成績は決して名選手とはいいがたいものだったが、右太腿靱帯を損傷し、選手生活にピリオドを打つまで、常に全力のプレイでチームに貢献した。
引退後は、中古車販売の営業職に就いたと聞いていた。メジャーリーグ観戦のために渡米することの報告と、ニューヨークの案内を依頼する連絡がきたときには、どのような態度で接するか決めかねていたが、そんな心配は杞憂に過ぎなかった。現役から離れ、少し顔に肉がついたようにも見えるが、童顔に浮く表情はいたって楽しげで、長くない選手時代にもじゅうぶん満足していたことがわかる。
我妻の名を出すことにも、躊躇はなかった。奥は気を悪くするどころか、嬉しそうに頷いた。
「もう会ったよ。相変わらずだった」
そういって、思い出し笑いを浮かべる。どう相変わらずなのかは、聞かずとも、なんとなく想像できた。
ニューヨーク・ジェッツのユニフォームを着たアメリカ人の一団が、ふたりに向かって声をかけてきた。
「なんだって?」
奥がにやにや笑いながら聞いてくる。英語を理解しなくとも、“クレイジー・ガッツ”の単語ぐらいは聞き取れたはずだ。国分は得意顔で奥を指差し、白人集団に向かっていってやった。
「彼はクレイジー・ガッツのステディなんだぜ」
ユニフォーム姿の男女に盛大に笛を吹かれ、背中を叩かれている奥の戸惑った顔を眺めながら、国分は大笑いした。



