8回裏。ヴェルヴェッツの打線が火を噴き、一挙に5点が追加された。3回、5回と得点が重なり、反対に、ロークス打線は先発の我妻に3安打無失点と完璧に抑えられていた。スコアボードには9対0という一方的な点差が掲げられ、ロークスのベンチには疲労のムードが漂っていた。
ツーアウトになったところで、コーチから声がかかった。いつでも出られる準備をしておくようにといわれ、ベンチの隅で水を飲んでいた奥は、飛び上がった。
9回に入り、先頭打者が平凡なセカンドゴロに倒れると、監督が動いた。
代打、奥。
奥の名前がコールされると、喜多嶋が立ち上がった。
「だめ。座ってなさい」
仮にもヴェルヴェッツの応援団である。真由子は即座にたしなめたが、興奮しているのは同じだった。
階段を駆け上がって、国分が戻ってきた。
「どこ行ってたんだよ。おっくんが出るぞ!」
「聞いてた!」
喜多嶋の隣の席に体を滑らせ、国分は息を弾ませている。視線が絡み、頷きあう。
奥が打席に立つと、ロークスの応援団はもちろん、ライトスタンドのヴェルヴェッツのファンからも拍手が送られた。ヴェルヴェッツ時代のほとんどを二軍で過ごした奥だったが、決して忘れられてはいないのだということを知り、真由子は胸を熱くした。
「行け、おっくん!」
「ホームランだ、ホームラン!」
国分や喜多嶋をはじめ、チームの全員が立ち上がって声を張り上げたが、もう止めなかった。顔の前で指を組んで、真由子は必死に祈った。
どうせ負け試合だ、打てなくてもかまわないから、好きに暴れてこいというのが、監督の指示だった。試合を投げるわけではないはずだが、その言葉は奥の緊張を和らげた。コーチに背中を叩かれて、送り出された。高校時代は、ヴェルヴェッツ以外でプレイする気は毛頭なかった。しかし、今、素晴らしいチームでプレイするチャンスを与えられたことを、奥は心底から誇りに思った。
バッターボックスに立つと、マウンドの我妻と視線が交錯した。こんどは目を逸らさなかった。しっかりと我妻をにらみつけ、バットを振り上げる。
「いい顔してるぜ」
機嫌のなおったあゆみを膝に抱きながら、田所がにやりと笑う。すこし離れた席に座っている田所一家のほうを見て、国分は拳を掲げた。田所の妻が手を振る。
すっかり懐いてくれたあゆみにも手を振ってみせてから、グラウンドに向きなおった。隣では喜多嶋がすっかり興奮して、ヴェルヴェッツの応援にきたことも忘れ、奥の名前を叫んでいる。ほかの連中も、総立ちだった。何年もいっしょに遊んでいるが、これほどまでに夢中になっているところを見るのははじめてだった。途中でやめていった奴らと同じように、女子アナが目当ての遊び半分で参加した奴らばかりだった。しかし、今はちがっていた。まるで興味がなかったはずの野球を、真剣に応援している。チアをはじめて、みんな変わった。国分も同じだった。
あとはおっくんだけだぜ。
国分たちにきっかけをくれたのは、奥だった。こんなふうに熱くなれたのは、奥のおかげだった。最後までいっしょに踊りたいという気持ちを抑えて、奥を追い出したときは、胸が痛んだ。しかし、後悔はしていない。させてほしくなかった。
さっきまで田所とキャッチボールをしていた白球を握りしめながら、国分はバッターボックスの奥を見つめた。
ツーアウトになったところで、コーチから声がかかった。いつでも出られる準備をしておくようにといわれ、ベンチの隅で水を飲んでいた奥は、飛び上がった。
9回に入り、先頭打者が平凡なセカンドゴロに倒れると、監督が動いた。
代打、奥。
奥の名前がコールされると、喜多嶋が立ち上がった。
「だめ。座ってなさい」
仮にもヴェルヴェッツの応援団である。真由子は即座にたしなめたが、興奮しているのは同じだった。
階段を駆け上がって、国分が戻ってきた。
「どこ行ってたんだよ。おっくんが出るぞ!」
「聞いてた!」
喜多嶋の隣の席に体を滑らせ、国分は息を弾ませている。視線が絡み、頷きあう。
奥が打席に立つと、ロークスの応援団はもちろん、ライトスタンドのヴェルヴェッツのファンからも拍手が送られた。ヴェルヴェッツ時代のほとんどを二軍で過ごした奥だったが、決して忘れられてはいないのだということを知り、真由子は胸を熱くした。
「行け、おっくん!」
「ホームランだ、ホームラン!」
国分や喜多嶋をはじめ、チームの全員が立ち上がって声を張り上げたが、もう止めなかった。顔の前で指を組んで、真由子は必死に祈った。
どうせ負け試合だ、打てなくてもかまわないから、好きに暴れてこいというのが、監督の指示だった。試合を投げるわけではないはずだが、その言葉は奥の緊張を和らげた。コーチに背中を叩かれて、送り出された。高校時代は、ヴェルヴェッツ以外でプレイする気は毛頭なかった。しかし、今、素晴らしいチームでプレイするチャンスを与えられたことを、奥は心底から誇りに思った。
バッターボックスに立つと、マウンドの我妻と視線が交錯した。こんどは目を逸らさなかった。しっかりと我妻をにらみつけ、バットを振り上げる。
「いい顔してるぜ」
機嫌のなおったあゆみを膝に抱きながら、田所がにやりと笑う。すこし離れた席に座っている田所一家のほうを見て、国分は拳を掲げた。田所の妻が手を振る。
すっかり懐いてくれたあゆみにも手を振ってみせてから、グラウンドに向きなおった。隣では喜多嶋がすっかり興奮して、ヴェルヴェッツの応援にきたことも忘れ、奥の名前を叫んでいる。ほかの連中も、総立ちだった。何年もいっしょに遊んでいるが、これほどまでに夢中になっているところを見るのははじめてだった。途中でやめていった奴らと同じように、女子アナが目当ての遊び半分で参加した奴らばかりだった。しかし、今はちがっていた。まるで興味がなかったはずの野球を、真剣に応援している。チアをはじめて、みんな変わった。国分も同じだった。
あとはおっくんだけだぜ。
国分たちにきっかけをくれたのは、奥だった。こんなふうに熱くなれたのは、奥のおかげだった。最後までいっしょに踊りたいという気持ちを抑えて、奥を追い出したときは、胸が痛んだ。しかし、後悔はしていない。させてほしくなかった。
さっきまで田所とキャッチボールをしていた白球を握りしめながら、国分はバッターボックスの奥を見つめた。



