CHEEERR!!

 曲がアンドリューWKの「パーティ一直線」に変わり、陣形が入れ替わる。端の数名が位置を見失い、ポジションがわずかに崩れるのを見て、真由子は爪を噛んだ。意識しないまま、爪先が神経質に芝を叩いている。
「ちがうって、そこは2・2・3でしょ。そう、そうよ、落ち着いて」
 顎に拳をあててぶつぶつと呟いている真由子の隣で、球団スタッフが怪訝そうな顔をしている。気にする余裕はなかった。紅潮した顔で、グラウンドで踊るメンバーたちを凝視する。
 コミカルな立ち上がりで観客の興味を引いておいて、一転、ハードな動きをメインに据えることでメリハリをつける。心配なのはスタミナがもつかどうかだ。短時間で魅せるブレイクダンスとは異なり、チアは長い時間パフォーマンスしつつ、遠く離れた観客にもはっきり見えるよう大きく動かなければならない。練習で完璧にこなせても、本番では緊張しているぶん、体力、集中力ともに極端に落ちることがある。
 最初の大技が近づき、真由子は思わず胸の前で指を組んだ。

 ポンポンを持った両手をL字型に伸ばし、体を反転させる。噴き出した汗が額をつたって飛び散る。対角線上で構えに入っている喜多嶋も汗だくだった。
 視線で確認し、リズムに呼吸をあわせてスタートを切る。芝を蹴って喜多嶋に向かって大股に駆ける。喜多嶋が下腹の前で組んだ両掌にシューズの底をつくと、絶妙のタイミングで押し上げられた。
 棒高跳びの選手のように上体を反らした姿勢で宙に浮いた瞬間、時間が止まったように思えた。
 デイゲームのために今は使われていない照明器具が、太陽の光を反射して国分の目を刺す。黒い粒が密集したような観客席や、まだスコアの示されていないボードが次々に眼球をすり抜けていった。
 着地すると同時に、観客席から喚声が湧き起こった。国分は体勢を立て直した。畳み掛けるように側転と後転を織り交ぜる。グラウンドの中央で喜多嶋と交錯したが、バランスは崩さなかった。
 体を捻るような動きをぴたりとあわせて、ふたりが着地する。国分は肩で息をついた。最大の難関であるタンブリングをなんとか乗り越え、力が抜けそうになったが、まだ終わらない。
 細かいモーションからパートナースタンツの姿勢に入る。テレビのチアダンスで見るようなピラミッド型とまではいかないまでも、2、3人でおこなう組体操のひとつ。喜多嶋と国分がしっかりと両腕を絡ませあい、腰を落とすと、最後の大技を期待する客席から声が上がった。
 国分たちがつくった腕の踏み切り台に、中央の位置から助走をつけて走りこんできた田所が爪先をかける。即座に体重がかけられ、芯を失った。体勢を立てなおそうとしたが、間に合わなかった。片脚だけを不用意に持ち上げられ、田所の体は傾いだ。野球をやめて少し肉のついた体が、人工芝の上に倒れた。奥……いや、田所が大きく空中で両手足を拡げてジャンプし、迎えるはずだった。フィニッシュのポーズを取ったまま、全員岩のように硬直して動けなかった。
 球場内がしんと静まり返り、国分は息を飲み込んだ。
 センターの位置でうつ伏せになっていた田所が、弾かれたように顔を上げた。両手脚を大きく広げ、満面の笑顔でポーズを決める。
 泥だらけの眼鏡がスクリーンいっぱいに映し出され、だれかが拍手した。遠慮がちな拍手はすぐに膨張し湧き上がって、球場を喚声で満たした。
 国分たちはようやく姿勢を正した。息を弾ませながら、顔をめぐらせる。四方を囲む2万の客が一斉に立ち上がり、グラウンドに向けて拍手を送っていた。思いがけない余興は、じゅうぶんに観客を楽しませることができたようだ。
 拍手に軽快なリズムが備わり、ヴェルヴェッツの応援歌が歌われる。つい昨季まで現役選手としてチームに在籍していた田所への声はとりわけ高く、とめどがなかった。
「たっどころ! たっどころ!」
 田所の名前を叫ぶ声で、外野席が揺れるようだった。その声に応えて、田所が手を振る。子供の頃、テレビで見た光景を今は現実に自分の目で、しかもグラウンドから見ているのだということが信じられなかった。まだ整わない呼吸で肩を上下させながら、国分は満身創痍で立ちすくんだ。大はしゃぎの喜多嶋たちに思い切り抱きつかれ、もみくちゃにされるまで、動くことができなかった。