CHEEERR!!

「おい、あれ、ミュラーだぜ。今年入った助っ人。やっぱでっけえな」
 脇を通り過ぎる外国人選手を横目に見ながら、国分は興奮を抑えきれなかった。腕をつかまれた喜多嶋が、迷惑そうに顔をしかめる。
「馬鹿。こっちは緊張してそれどころじゃねえよ」
 今日のために真由子が手配してしつらえたショッキングピンクの衣装に、派手なメイクも施した喜多嶋が、神経質そうに腕を組んでいる姿は、喜劇役者にしか見えなかった。国分のほうも、体にぴったりと吸着するコスチュームに、腕や脚、大きく開いた腹にいたるまでの体毛のいっさいを処理している。羞恥心はもはや感じなかった。恥ずかしがったところで、今更どうなるものでもない。
「おまえ、よく平気だな」
「べつに。いつもどおりやるだけだろ」
 涼しい顔をしてみせたが、国分も決して緊張していないわけではない。大舞台の経験はないにしろ、ことダンスに関しては、固くなる理由がなかった。もし、野球選手として試合を待っている身であれば、喜多嶋と同じように、真っ青になっていただろう。
 そこまで考えると、反対側のベンチにいるはずの奥のことが気になった。奥もやはり緊張してはいるだろうが、彼なら、きっと乗り越えられるはずだ。
 子供の頃、父親といっしょに球場に行ったことがある。途中で退学した高校の晴れ舞台はテレビで見た。かたちは違っていても、そのチームの中心選手といっしょに、このグラウンドに立つことがあるとは、どちらのときにも想像していなかった。
 選手や球団スタッフ、マスコミが行き来する廊下を眺める。正体不明の昂ぶりが全身を駆け巡っていた。
「みんな、準備はいい?」
 グラウンドの見取り図や資料を抱えた真由子が大股に近づいてくる。国分はスカートの裾を翻して振り向いた。

 開幕戦初日の球場は、試合開始前とはいえ、すでに満席にちかかった。快晴の空に両球団の旗がなびき、ボードにロゴが映し出された。
 球場アナウンスの声が、試合開始前のイベントをコールして、まずはおなじみの公式チームであるVシスターズがグラウンドに飛び出していく。男性客たちが指笛を吹き、早くも球場が湧いた。
 選手入場までにはまだ時間があり、ほとんどの選手はロッカーに引っ込んでいたが、奥はベンチの隅からグラウンドを見つめていた。
「本日はVシスターズだけでなく、スペシャルゲストダンサーが駆けつけてくれました!」
 大袈裟なアナウンスが、ゲストの呼び込みをはじめる。
「それでは、呼んでみましょう。Vブラザーズです!」
 大きく手を振って姿をあらわした一軍に、球場が唖然とした空気に包まれる。
「なんだ、ありゃ」
 女装の男たちがグラウンドの中央に陣取るのを見て、内野席から嘲笑の混じった声が上がった。
「すごいのが出てきたな」
 ロークスの選手も無遠慮に笑い、奥は気が気でなかった。
「おい、見ろよ」
 選手たちの横で、ヴェテランのコーチが目を凝らす。
「あの真ん中にいる奴」
 奥も掌でひさしをつくって身を乗り出したが、逆光でよく見えなかった。
 グラウンドの両脇に広がったVシスターズの真ん中で、ビニール製のポンポンを持った国分たちがフォーメーションを組む。喜多嶋を中心に、7人がそれぞれ中腰になって、ポンポンで「V」の文字をかたどっている。練習では、奥がその影から大きく飛び上がるのを合図に曲がはじまるのだった。奥は息を呑んでその瞬間を待った。
「レッツ・ゴー、ヴェルヴェッツ!」
 球場アナウンスの掛け声とともに、喜多嶋が頭を下げた。
 大きく脚を広げてジャンプした姿が球場スクリーンに映し出され、奥は思わず目を見開いた。同時に、内野、外野の観客が立ち上がる。
「田所だ!」
「なにやってんだ、あいつ!」
 化粧をし、ミニスカートを履いた田所がポンポンを振り回しているのを見て、奥は愕然とした。練習を見学にきていた田所なら、多少振りをおぼえてもいるだろう。しかし、だからといって……真由子はなにを考えているのだろうか。
 完全に惚けている観客をよそに、カルチャー・クラブの「カーマは気まぐれ」のイントロが流れる。チアの基本を無視したまるで道化師のようなおどけた動作で、田所たちがラインをつくる。国分と喜多嶋の胸同士がぶつかり、両腕を腰にあててそっぽを向く。コミカルな動きに、外野席から笑いが起きた。
 ベースの振り付けは、奥がいたときとほとんど変わっていない。しかし、ところどころに入るクネクネとした動作は遊び心に富んでいて、チアの常識とはかけ離れているものの、目が離せなかった。
 引退したヴェテラン選手が登場するというサプライズも重なり、はじめのうち戸惑っていた観客も、国分たちの派手な動きと衣装に大声を上げて笑っている。売店や喫煙所にいた客たちも、歓声を聞きつけて顔を出しはじめていた。
 ボーイ・ジョージの中性的な歌声にあわせて、喜多嶋がVシスターズに向かって腰を突き出してみせる。尻を叩かれて大仰につんのめる喜多嶋を見て、奥もつい噴き出してしまった。ロッカーから出てきた外国人選手が指笛を鳴らし、緊張の面持ちだった選手たちも笑った。これから長いシーズンがはじまるとはとても思えない、和やかな空気だった。