CHEEERR!!

 壁に衝突し、跳ね返ってきたボールを受け止める。握りを確認して、もう一度投げる。今度はさっきとはちがい、回転しながら戻ってくる。
「上手じゃない」
 振り返ると、ジャージからパンツスーツに着替えた真由子が立っていた。
「フォークなんてどこで習ったの」
「いいじゃん、どこでも」
「わたしにも教えてよ」
 真由子が近づいてくる。国分は不承不承ボールを差し出して、握りかたを示してやった。
 教わったとおりに真由子も投げるが、ボールはまったく回転せずに床をバウンドした。
「やっぱだめだ。才能ないわ、わたし」
 背後で様子をうかがっていた国分を振り返って、真由子は肩を竦めた。
「ブーちゃんって、奥くんのことが好きなの?」
「そうだよ」
「嘘」
 壁の対角にまで転がっていったボールを拾い上げ、背中を向けたまま、真由子はいった。
「本当は、奥くんじゃなくて、コロさんのことが好きなんでしょう」
 国分は答えなかった。真由子は微笑を浮かべた。練習を指導するときの鬼のような表情は、どこにも見られなかった。
「すぐわかるよ。わたしもけっこうファザコン入ってるもん」
 ボールに記された田所のサインを見つめ、国分に向かって投げ返してくる。
「奥くんにまた野球をさせたくて、それで、プレッシャーかけたんだ」
 受け取ったボールを、国分はもう一度真由子に投げた。勢いがつきすぎて、真由子の手には留められなかった。文句をいいながら、真由子は大儀そうに腰を折った。年齢を種にからかうと、心外といった顔つきで、力いっぱい腕を撓らせた。ボールの軌道が大きく逸れたが、国分はしなやかに体を移動させて、難なくキャッチする。
「いいとこあるじゃん」
「よけいなお世話だったかも」
「そんなことないよ」
 明るい声でいって、真由子は懲りもせず、ボールを求めて手を振ってみせる。
「わたしなの」
 ボールのやりとりをしながら、真由子が唐突にいう。
「利用しようとしたのは、奥くんじゃなくて、わたしなの」
 国分は黙っていた。
「奥くんにいわれて、考えてみた。今の仕事には満足できてないし、もし、こんどの開幕戦のイベントが話題になったら、また第一線にカムバックできるんじゃないかって、どこかで期待してたんだよ」
 国分が投げたボールは、空中で揺れて、急降下した。バウンドしたボールを慌てて胸の前で受け止めながら、真由子はおどけて顔をしかめた。
「変化球はやめてってば」
「どうしてわかるの」
「思いっきり落ちたじゃない」
「さっき、フォークっていったけど、素人の女のひとは、パッと見て、球種までは、ふつう、わかんないよね」
「……」
「おれ、知ってるよ。真由子さんがいつもいちばん早くきて、みんながくるまで、本読んだりネットで調べたりして、一生懸命野球の勉強してんの」
 国分は細い腕を捻り、不器用な年上の女に向かって、白球を放った。