真由子の話が終わるのを待たずに、喚声が沸き起こった。
「マジかよ。プロ野球の開幕戦?」
「なに、それってすげえの?」
「すげえだろ、そりゃ」
「ヴェルヴェッツとロークスだったら、テレビでもやるんじゃね」
「マジか。テレビ映っちゃうか!」
「やべえ、髪染めなおさなきゃ!」
「おれタトゥやべえかな? 湿布貼っといたほうがいい?」
呑気にダンスをつづけていた喜多嶋たちが、一斉に色めきたつ。同じ踊るのでも、狭い体育館で練習するのと、大勢に見られるというのとでは、意識がまるでちがう。目標があるのとないのとでも同じだ。
隅で腕を組んでいる田所も、保護者のような目で彼らを見つめていた。しかし、真由子のほうはポーカーフェイスを保ってはいられなかった。
「ちょっと、最後まで聞いてよ」
「なに、なに」
「女子アナもくるでしょ。奈々ちゃんもくる?」
「そうじゃないの」
弱々しい苦笑いを浮かべて、真由子は若者たちを抑えた。
「実は、もうひとつ、重要な話があるの」
中央で黙りこくっていた奥の背を、冷たい汗がつたった。
「奥くんは、その試合に出られない」
高揚が泡となり、練習場が静まり返る。
「出られないって」
「試合には出るけど、みんなと踊ることはできないの」
「意味わかんねえ。どういうことだよ」
喜多嶋の問いに答えられずにいる奥の代わりに、田所が口を開いた。
「奥は来季からロークスに入団するんだ」
沈黙がざわめきに変わる。
「マジかよ」
「7人じゃ、フォーメーションも組めねえじゃん」
「それは……なんとかなるよ」
真由子の助け舟も、喜多嶋たちの耳には入らなかった。
「おれら、当然、ヴェルヴェッツの応援すんだろ。おっくんは敵ってことかよ」
「なんだよ、それ」
喜多嶋が奥のシャツの襟をつかむ。抵抗しがたい力がこもっている。半年前、国分に付きあうようにして、なんの思想も目標もなくチアをはじめたニートのものとは思えない勢いだった。
「それってさあ、俗にいう裏切りってやつじゃねえ」
「そうだろ。チアが話題になったから、他のチームから声がかかったんじゃねえの」
真由子に向けていった罵声は、そのまま奥の身に戻ってきた。
奥は短期間で体をつくり、ダンスの練習の合間を縫ってトレーニングに励んで、入団テストに臨んだ。その結果、ロークスへの入団資格を勝ち取った。しかし、そのことが喜多嶋たちにとって意味のあることとは思えなかった。裏切りとみなされてもしかたがない行為であることは、奥がもっともよくわかっていた。
「ふざけんなよ。おれらのこと利用したのかよ!」
メンバーのひとりが口ばしった言葉が、あっという間に伝染して、たちまち広がった。
「やっぱな。そういうことか」
「おかしいと思ったぜ。プロ野球選手がおれらと遊んでプラスになることなんかなんもねえもんな」
「きったねえの、おとなって」
悪しざまに罵られ、奥は唇を噛んだ。なんの取り得も生きる目標もないニート風情になにをいわれても、なにも感じないはずだった。しかし、心が今にも粉砕されかねないほど軋んでいる。
「いい加減にしろ、おまえら」
喜多嶋の腕をつかんで、国分が鋭い声を上げた。
「おっくんは自分の力でテストに受かったんだよ。なにが話題だ。調子に乗ってんじゃねえ。まだ試合にもテレビにも出てないおれらのこと、プロ野球のえらいひとが知ってるわけねえだろうが」
だれもが口を噤む。国分は喜多嶋の手を振り捨てて、奥の背を押した。
「だいたい、最初っから、おっくんとおれらとでは、住む世界がちがうんだよ。そんぐらい、わかっとけよな」
国分の言葉は、奥の胸に深く突き刺さった。国分の手を遮って、奥は全員に向きなおった。
「心配すんなよ」
真由子と田所のほうを見て、奥ははっきりといった。
「おれはロークスにはいかない」
だれもが唖然とした。かまうことなく、奥は微笑んだ。
「もともと、おれは学生のときからヴェルヴェッツひとすじだったんだ。ロークスのテストを受けたのは、自分の自信を取り戻すためだった。そんだけだよ」
国分がなにかいいかけるのを制して、奥はもう一度宣言した。
「おれはおまえらと踊るよ」
「そんなのだめよ、奥くん!」
「いいんだって、真由子さん」
視線が絡む。奥は深く頷いてみせた。
「もう決めたんだ。おれは踊る」
田所が目を瞑るのが視界に入ったが、見えていないふりをした。国分の喚く声も耳から締め出してしまうと、なにも感じなくなった。
「マジかよ。プロ野球の開幕戦?」
「なに、それってすげえの?」
「すげえだろ、そりゃ」
「ヴェルヴェッツとロークスだったら、テレビでもやるんじゃね」
「マジか。テレビ映っちゃうか!」
「やべえ、髪染めなおさなきゃ!」
「おれタトゥやべえかな? 湿布貼っといたほうがいい?」
呑気にダンスをつづけていた喜多嶋たちが、一斉に色めきたつ。同じ踊るのでも、狭い体育館で練習するのと、大勢に見られるというのとでは、意識がまるでちがう。目標があるのとないのとでも同じだ。
隅で腕を組んでいる田所も、保護者のような目で彼らを見つめていた。しかし、真由子のほうはポーカーフェイスを保ってはいられなかった。
「ちょっと、最後まで聞いてよ」
「なに、なに」
「女子アナもくるでしょ。奈々ちゃんもくる?」
「そうじゃないの」
弱々しい苦笑いを浮かべて、真由子は若者たちを抑えた。
「実は、もうひとつ、重要な話があるの」
中央で黙りこくっていた奥の背を、冷たい汗がつたった。
「奥くんは、その試合に出られない」
高揚が泡となり、練習場が静まり返る。
「出られないって」
「試合には出るけど、みんなと踊ることはできないの」
「意味わかんねえ。どういうことだよ」
喜多嶋の問いに答えられずにいる奥の代わりに、田所が口を開いた。
「奥は来季からロークスに入団するんだ」
沈黙がざわめきに変わる。
「マジかよ」
「7人じゃ、フォーメーションも組めねえじゃん」
「それは……なんとかなるよ」
真由子の助け舟も、喜多嶋たちの耳には入らなかった。
「おれら、当然、ヴェルヴェッツの応援すんだろ。おっくんは敵ってことかよ」
「なんだよ、それ」
喜多嶋が奥のシャツの襟をつかむ。抵抗しがたい力がこもっている。半年前、国分に付きあうようにして、なんの思想も目標もなくチアをはじめたニートのものとは思えない勢いだった。
「それってさあ、俗にいう裏切りってやつじゃねえ」
「そうだろ。チアが話題になったから、他のチームから声がかかったんじゃねえの」
真由子に向けていった罵声は、そのまま奥の身に戻ってきた。
奥は短期間で体をつくり、ダンスの練習の合間を縫ってトレーニングに励んで、入団テストに臨んだ。その結果、ロークスへの入団資格を勝ち取った。しかし、そのことが喜多嶋たちにとって意味のあることとは思えなかった。裏切りとみなされてもしかたがない行為であることは、奥がもっともよくわかっていた。
「ふざけんなよ。おれらのこと利用したのかよ!」
メンバーのひとりが口ばしった言葉が、あっという間に伝染して、たちまち広がった。
「やっぱな。そういうことか」
「おかしいと思ったぜ。プロ野球選手がおれらと遊んでプラスになることなんかなんもねえもんな」
「きったねえの、おとなって」
悪しざまに罵られ、奥は唇を噛んだ。なんの取り得も生きる目標もないニート風情になにをいわれても、なにも感じないはずだった。しかし、心が今にも粉砕されかねないほど軋んでいる。
「いい加減にしろ、おまえら」
喜多嶋の腕をつかんで、国分が鋭い声を上げた。
「おっくんは自分の力でテストに受かったんだよ。なにが話題だ。調子に乗ってんじゃねえ。まだ試合にもテレビにも出てないおれらのこと、プロ野球のえらいひとが知ってるわけねえだろうが」
だれもが口を噤む。国分は喜多嶋の手を振り捨てて、奥の背を押した。
「だいたい、最初っから、おっくんとおれらとでは、住む世界がちがうんだよ。そんぐらい、わかっとけよな」
国分の言葉は、奥の胸に深く突き刺さった。国分の手を遮って、奥は全員に向きなおった。
「心配すんなよ」
真由子と田所のほうを見て、奥ははっきりといった。
「おれはロークスにはいかない」
だれもが唖然とした。かまうことなく、奥は微笑んだ。
「もともと、おれは学生のときからヴェルヴェッツひとすじだったんだ。ロークスのテストを受けたのは、自分の自信を取り戻すためだった。そんだけだよ」
国分がなにかいいかけるのを制して、奥はもう一度宣言した。
「おれはおまえらと踊るよ」
「そんなのだめよ、奥くん!」
「いいんだって、真由子さん」
視線が絡む。奥は深く頷いてみせた。
「もう決めたんだ。おれは踊る」
田所が目を瞑るのが視界に入ったが、見えていないふりをした。国分の喚く声も耳から締め出してしまうと、なにも感じなくなった。



