国分と喜多嶋に支えられた奥の体が大きく撓り、空中で回転して、着地した。端のメンバーが膝をつき、全員の動作がぴったりとあって、ポーズを決める。ラストのドラムラインと微妙なずれがあったが、なんとか曲が終わった。
やや大仰にすぎる拍手があって、奥が息をつく。全員が立ち上がり、汗を拭いはじめても、田所は拍手をやめなかった。
「すごいなあ。まさか、ここまで本格的にやっているとは思わなかった」
感嘆の息をつきながら、田所がいちばん興奮している。奥は恥ずかしそうに肩を竦めた。
「コロさんに見られてると、なんか、調子出ないですよ」
「いいじゃない。ギャラリーがいたほうが、盛り上がるでしょ」
脇でチェックしていた真由子も、嬉しそうに微笑んでいる。彼女を満足させるだけの演技ができたとは思えないが、小言をいう気配はない。以前の練習でほぼ半数のメンバーに抜けられたのがよほどこたえたのか、最近では真由子の要求も多少厳しさをひそめていた。
「なあ、コロさん、おれのバック宙、すごかったべ?」
「おまえ、この間やっと着地できるようになったばっかじゃねえかよ」
真由子のいうとおり、たったひとりでも見てくれる人間がいるというのは、踊っているほうにとってもいい刺激になったようだ。喜多嶋を先頭に、だれもが休憩を取るのも忘れ、我先にと田所に迫る。息子ほどの年齢の不良たちに馴れ馴れしい口をきかれても、まるで気を悪くする様子も見せず、田所はうんうんと頷いている。
「いや、みんなすごいよ。おれなんか、でんぐりがえりもまともにできないもんな」
「嘘だろ。元野球選手なのに?」
「そんなたいした選手でもなかったからなあ」
「でも、うちの親、コロさんのこと知ってたよ」
「うん、まあ、どっちかというと、親御さんの世代だろうなあ」
「うちのも。コロさんきてるっつったら、サインもらってこいって。まともにしゃべんのも2年ぶりぐれえなのに、調子こいてんよなあ」
「サインぐらいだったら、いくらでも書いてやるぞ」
「マジかよ。じゃ、これに書いて、これに」
「あ、おれも」
「おまえら、おれには全然サインねだらなかったじゃねえか」
喜多嶋たちを小突きながら、奥も楽しげだった。一時は解散寸前かというほどに暗雲たちこめていた空気も、いつの間にか、実に和んだものに変わっていた。
田所を中心にほのぼのとしたやりとりを続けている仲間たちを横目に見ながら、国分は舌打ちした。正体不明の苛立ちを持て余し、無意識に煙草のパッケージをさぐる。
「こら、国分」
真っ先に見咎めたのは、田所だった。
「館内は禁煙だぞ」
「わかってるよ。くわえてるだけだって」
田所を見もせずにいって、マルボロのフィルターを噛む。
「気にすんなよ、コロさん。あいつ、野球選手アレルギーだからさ」
「聞こえてんぞ」
「なぜかおっくんだけは平気みたいだけどね」
「おっくんは、ほら、地元のスターってやつだから。なあ」
突然矛先を向けられて、奥が困ったような微笑を浮かべる。プロ野球選手でなくなった奥がジレンマとコンプレックスを抱えているのだということはよくわかっている。国分の苛立ちは募っていくいっぽうだった。
「聞いたよ」
いつの間にか、田所が傍らに立っていた。
「我妻とぶつかったんだってな」
「べつに」
「あいつも悪い奴じゃないからさ。大目に見てやってくれよ」
「だから、なんもねえっつってんじゃん。おっくんと同じこといってんじゃねえよ」
フィルターがぼろぼろになった煙草を手のなかで握りつぶして、国分はため息をついた。
「そういう仲間意識みたいのって、うぜえと思わねえの。謎の上から目線って、すげえむかついちゃうんだよね、おれ」
空気が尖る。まずいと思ったが、止められなかった。
「べつに、チアなんか遊びだから。体育会系のノリにはついてけねえの。あんま世話焼かないでくれっかな」
「おい、ブー。そりゃねえだろうがよ」
「うっせえな。このひとだって、暇持て余してきてんだよ。どうせ野球以外はなんもできねえんだろうしよ」
「やめろ、国分」
奥が圧しころした声で咎める。
「マジでぶん殴るぞ」
「はいはい。同じ元選手同士、せいぜい傷なめあってれば。おまえらも」
表情を固めている喜多嶋たちを一瞥して、国分はいった。
「こんなおっさんに簡単に取り込まれやがって、情けねえ。少しはプライド持てよな」
草だらけになった手を田所のジャージになすりつけて、国分は大股に練習場を出た。
少しもいかないうちに、背後に足音が聞こえた。奥か真由子か。振り向いたが、予想とはちがっていた。
「なんだよ」
声を尖らせる国分に、田所は手に持っていたボールを差し出した。
「サインなんかいらねえよ」
「ちがうちがう」
手のなかでボールを器用に回転させながら、田所は穏やかに微笑した。
「キャッチボールでもしないかと思ってさ」
「はあ?」
「練習見てて思ったんだけど、ずば抜けてるよ」
「ダンス?」
「それもそうだけど、身体能力がさ。もったいねえな。野球やらせりゃ、ものになったかもしれん」
頬に熱が昇り、国分は顔を逸らした。
「それで機嫌とってるつもりかよ」
「まあ、ちょっとそっち行けって」
国分の言葉を聞こうともせず、田所はさっさと距離をとる。予告もせずに、ボールを放ってくる。国分は反射的に胸の前で受け止めた。
「小さいとき、親父さんとやっただろ、キャッチボール」
田所が掌を閃かせて、返球を促す。どす黒い感情が下腹から湧き上がってきて、国分は指先が白くなるほど強くボールを握りしめた。渾身の力をこめて投げ返す。ボールは田所の足元で大きく跳ね上がった。
「おれに親はいねえ」
それだけを吐き棄てて、国分は踵を返した。一度も振り返ることなく、階段を駆け下りていった。
やや大仰にすぎる拍手があって、奥が息をつく。全員が立ち上がり、汗を拭いはじめても、田所は拍手をやめなかった。
「すごいなあ。まさか、ここまで本格的にやっているとは思わなかった」
感嘆の息をつきながら、田所がいちばん興奮している。奥は恥ずかしそうに肩を竦めた。
「コロさんに見られてると、なんか、調子出ないですよ」
「いいじゃない。ギャラリーがいたほうが、盛り上がるでしょ」
脇でチェックしていた真由子も、嬉しそうに微笑んでいる。彼女を満足させるだけの演技ができたとは思えないが、小言をいう気配はない。以前の練習でほぼ半数のメンバーに抜けられたのがよほどこたえたのか、最近では真由子の要求も多少厳しさをひそめていた。
「なあ、コロさん、おれのバック宙、すごかったべ?」
「おまえ、この間やっと着地できるようになったばっかじゃねえかよ」
真由子のいうとおり、たったひとりでも見てくれる人間がいるというのは、踊っているほうにとってもいい刺激になったようだ。喜多嶋を先頭に、だれもが休憩を取るのも忘れ、我先にと田所に迫る。息子ほどの年齢の不良たちに馴れ馴れしい口をきかれても、まるで気を悪くする様子も見せず、田所はうんうんと頷いている。
「いや、みんなすごいよ。おれなんか、でんぐりがえりもまともにできないもんな」
「嘘だろ。元野球選手なのに?」
「そんなたいした選手でもなかったからなあ」
「でも、うちの親、コロさんのこと知ってたよ」
「うん、まあ、どっちかというと、親御さんの世代だろうなあ」
「うちのも。コロさんきてるっつったら、サインもらってこいって。まともにしゃべんのも2年ぶりぐれえなのに、調子こいてんよなあ」
「サインぐらいだったら、いくらでも書いてやるぞ」
「マジかよ。じゃ、これに書いて、これに」
「あ、おれも」
「おまえら、おれには全然サインねだらなかったじゃねえか」
喜多嶋たちを小突きながら、奥も楽しげだった。一時は解散寸前かというほどに暗雲たちこめていた空気も、いつの間にか、実に和んだものに変わっていた。
田所を中心にほのぼのとしたやりとりを続けている仲間たちを横目に見ながら、国分は舌打ちした。正体不明の苛立ちを持て余し、無意識に煙草のパッケージをさぐる。
「こら、国分」
真っ先に見咎めたのは、田所だった。
「館内は禁煙だぞ」
「わかってるよ。くわえてるだけだって」
田所を見もせずにいって、マルボロのフィルターを噛む。
「気にすんなよ、コロさん。あいつ、野球選手アレルギーだからさ」
「聞こえてんぞ」
「なぜかおっくんだけは平気みたいだけどね」
「おっくんは、ほら、地元のスターってやつだから。なあ」
突然矛先を向けられて、奥が困ったような微笑を浮かべる。プロ野球選手でなくなった奥がジレンマとコンプレックスを抱えているのだということはよくわかっている。国分の苛立ちは募っていくいっぽうだった。
「聞いたよ」
いつの間にか、田所が傍らに立っていた。
「我妻とぶつかったんだってな」
「べつに」
「あいつも悪い奴じゃないからさ。大目に見てやってくれよ」
「だから、なんもねえっつってんじゃん。おっくんと同じこといってんじゃねえよ」
フィルターがぼろぼろになった煙草を手のなかで握りつぶして、国分はため息をついた。
「そういう仲間意識みたいのって、うぜえと思わねえの。謎の上から目線って、すげえむかついちゃうんだよね、おれ」
空気が尖る。まずいと思ったが、止められなかった。
「べつに、チアなんか遊びだから。体育会系のノリにはついてけねえの。あんま世話焼かないでくれっかな」
「おい、ブー。そりゃねえだろうがよ」
「うっせえな。このひとだって、暇持て余してきてんだよ。どうせ野球以外はなんもできねえんだろうしよ」
「やめろ、国分」
奥が圧しころした声で咎める。
「マジでぶん殴るぞ」
「はいはい。同じ元選手同士、せいぜい傷なめあってれば。おまえらも」
表情を固めている喜多嶋たちを一瞥して、国分はいった。
「こんなおっさんに簡単に取り込まれやがって、情けねえ。少しはプライド持てよな」
草だらけになった手を田所のジャージになすりつけて、国分は大股に練習場を出た。
少しもいかないうちに、背後に足音が聞こえた。奥か真由子か。振り向いたが、予想とはちがっていた。
「なんだよ」
声を尖らせる国分に、田所は手に持っていたボールを差し出した。
「サインなんかいらねえよ」
「ちがうちがう」
手のなかでボールを器用に回転させながら、田所は穏やかに微笑した。
「キャッチボールでもしないかと思ってさ」
「はあ?」
「練習見てて思ったんだけど、ずば抜けてるよ」
「ダンス?」
「それもそうだけど、身体能力がさ。もったいねえな。野球やらせりゃ、ものになったかもしれん」
頬に熱が昇り、国分は顔を逸らした。
「それで機嫌とってるつもりかよ」
「まあ、ちょっとそっち行けって」
国分の言葉を聞こうともせず、田所はさっさと距離をとる。予告もせずに、ボールを放ってくる。国分は反射的に胸の前で受け止めた。
「小さいとき、親父さんとやっただろ、キャッチボール」
田所が掌を閃かせて、返球を促す。どす黒い感情が下腹から湧き上がってきて、国分は指先が白くなるほど強くボールを握りしめた。渾身の力をこめて投げ返す。ボールは田所の足元で大きく跳ね上がった。
「おれに親はいねえ」
それだけを吐き棄てて、国分は踵を返した。一度も振り返ることなく、階段を駆け下りていった。



