CHEEERR!!

「なんだ、ありゃ」
 小さくなっていく車のテールランプを眺めながら、喜多嶋が首を傾げる。テレビで見るスター選手のイメージとはほど遠かったらしいが、無理もない。奥にしても、あれほどまでに取り乱す我妻を見たことはなかった。利き腕の故障が彼にどれだけショックを与えているのかと思うと、胸を痛めずにはいられなかった。
「舐めやがって。プロ野球選手がなんぼのもんだっつんだよ」
 ただひとり、国分だけがしつこく悪態をついていた。奥も同じ野球選手であることも忘れて、アスファルトに唾を吐いている。
「おっくんには悪いけど、おれ、あいつは嫌いだな。調子こいててさ」
「いつもは、あんな奴じゃないんだけどな」
「どうかねえ」
 国分はまだ怒って、それでも風向きを見極めながら奥から少し離れて煙草をくわえる。
「未成年だろ」
 冗談はやめろというように、国分が手を閃かせる。奥は苦笑いを浮かべて、喜多嶋とともに地面に直接腰を下ろした。
「この間、怪我しちゃってさ、あいつ」
「マジ?」
 喜多嶋が目を見開く。国分は無反応だが、話を聞いてはいるようだった。
「それで、ちょっと荒れてんだよ。悪かったな」
 さすがに気が咎めたのか、国分は曖昧に頷いてみせた。
「でも、だからって、おっくんにあたることはないよなあ」
 喜多嶋の言葉には、国分も頷いた。奥は少し迷って、しかし、けっきょくため息をついた。
「実は、おれのせいなんだよ」
「おれのせいって、怪我のこと?」
 喜多嶋が顔を上げる。国分は半分も吸っていない煙草をバスケットシューズの底で踏み潰した。即座にもう一本を取り出したが、唇に挟んだまま、奥が話し終わるまで、吸おうとはしなかった。
 我妻に怪我を負わせた夜のことを一部始終話してしまうと、奥は全身で息をついた。後悔と畏怖とは、意識しているよりもずっと深く、心を侵食していたらしい。昨日会ったばかりの年下の少年たちに打ち明けることで、まるで教会で牧師を相手に懺悔したような安堵をおぼえた。もちろん、そんな経験はなかったが。
「そんなにすごいの」
 聞き終えると、国分は火のついていない煙草を握りつぶして、いった。
「そんなにすごいピッチャーなの、あいつ」
 一貫性のない国分の態度に当惑しながらも、奥は頷いた。
「すごい。たぶん、あと数年もしたら、メジャー行くんじゃないかな」
 嫉妬心さえ湧かなかった。スタートこそ奥のほうが順調だったとはいえ、今となっては、差は埋めようがない。
「そんじゃあさ、応援しなくちゃじゃん」
 いかにも呑気な国分の口調に、奥は眉を寄せた。
「応援って、おまえ」
「ダンスだって、たいへんなんだぜ、それなりに。おっくんだって、そう思ったでしょ」
「まあ……」
「そのこと、あいつにもガッツリわからせてやりたいじゃん」
 そういった国分の顔からはすでに怒気は消え去り、代わりに年齢相応の無邪気な笑みが浮かんでいた。
「おまえ、発想がぶっとびすぎてるよ」
 隣で喜多嶋がため息をついたので、奥も思わず笑ってしまった。どうやら、国分の性格をまだ、わかっていなかったらしい。
「だいたい、チアダンスなんて、やったことないだろ」
「そうだなあ」
 国分は首の裏をかいて、奥を見た。
「だれか、教えてくれそうなひと、いない?」

 奥や我妻と酒をともにした翌朝、真由子はあやうく遅刻しかけた。気を緩めていたつもりはなかったが、久し振りに仕事以外で外出して、多少浮ついていたようだ。
 慌てて出かけたので、テレビどころか、新聞にすら目をとおすことができなかった。
 我妻の怪我を知ったのは、偶然にちかかった。ロケバスの運転手が野球好きで、世間話として教えてくれたのだった。
 ほんの数時間話をしただけだったが、我妻がそんな不注意をしでかすとは思えなかった。詳しく知りたくて、奥に電話をかけたが、奥は電話に出なかった。
 電話がかかってきたのは、それからさらに1日たった夕方だった。
「もしもし、奥くん?」
 メイクをしていた手を止めて、真由子は携帯電話に飛びついた。
「よかった。わたしからも、また電話しようと思ってたんだ。この間のこと、気になってて……は?」
 田舎の両親が聞いたら顔をしかめそうな素っ頓狂な声を上げて、真由子は鏡のなかの惚けた自分の顔を見つめた。
「チアダンス?」