侯爵家三男は快適に暮らしたい。〜前世の知識で異世界魔導具づくり〜



どうしようかな。
自分用とアレク叔父さん用に扇涼《ヴェント》を作ったせいで、手元に残った普通の扇子は一本だけになってしまった。

「どうした?」

「……あぁ。扇涼《ヴェント》を作ったから、普通の扇子が、この一本しかないの忘れてたんだ。一応、普通の扇子も持っておきたいし……」

「では、私のを魔導具にしてくれ。侍従が五本も持って来ていたのでな」

「分かった」

じぃちゃんから、濃い緑色の扇子を受け取った。

俺とじぃちゃんは、それぞれ扇子の骨組みに魔導回路を描き始める。

「これはまた……細かいな」

じぃちゃんは老眼鏡を少し押し上げながら、慎重にペンを走らせた。

「うん。でもこれじゃないと、回路同士が干渉しそうになるんだよね」

「……あぁ。それにしても……清涼機《ブリーズ》を更に小型化するとはな。ただでさえ細かかったものを……」

「魔導回路描写ペンも、一番細いペン先でぎりぎりだよね。最近売り出されたものなんだけど、これがなかったら扇涼《ヴェント》は作れなかったと思う」

魔導回路を描き終えると、次は扇子の要部分に魔核を配置した。

あとは、冷却機能と魔力制御のための魔法陣を描き込み、扇ぐ動きを感知して起動する魔法陣も組み込んでいく。

「……なるほど。魔力消費を抑えるために、動きを感知して起動……か。理にかなっているな」

「うん。細かいだけで、難しくはしてないからね」

物によってはブラックボックス化した方がいい物もあるだろう。
複雑にすれば、性能を上げられるかもしれない。
でも、その分だけ調整も修理も難しくなる。
生活魔導具なら、できるだけ単純な方が扱いやすい。

じぃちゃんはしばらく、扇子へ組み込んだ魔法陣を確認した後、満足そうに頷いた。

「よし。俺も完成」

あとは動作確認をすれば……

「……おぉ。涼しいな。 つまみでの風量調整もしやすい。なにより、元の扇子の重さとあまり変わらないのがいいな」

「小型の魔核を一つ使っているくらいで、あとは扇子本体の重さだからね。
扇涼《ヴェント》を思いつく前は、清涼機《ブリーズ》を持ち運べないか一瞬考えたくらいだよ」

「フィンは昔から、たまに突拍子もないことを考えるな」

そう言うと、じぃちゃんは楽しそうに笑った。

「……さて、少し休憩にするか」

俺は慣れた手つきでお茶を淹れ、じぃちゃんの前にカップを置いた。

「……美味い」

「この茶葉、お気に入りなんだ。すっきりするでしょ?」

「あぁ。制作の合間に飲むには、ちょうどいい茶葉だ。 さて、応接室に戻るか」


応接室へ戻ると、ばぁちゃんと父さん、それと母さんの三人だけがいた。

「あれ?兄さんたちは?」

「食後に部屋へ戻ったわ」

「そうなんだ」

「もう扇涼《ヴェント》が出来たの?」

「あぁ。清涼機《ブリーズ》の応用だったのでな、そこまで時間はかからなかった。……これは本当にいい魔導具だな」

「持ち運べるから、移動の時にも使いやすいよ」

「こちらに来る時の馬車の中が暑かったが、これがあれば涼しく過ごせるだろう」

「清涼機《ブリーズ》を馬車で使ったら、少し寒いくらいだったんだよね。
あれをさらに小型化するとなると、結構大変そうなんだ。
だから、扇涼《ヴェント》の風が出ている時間を十分程度から三十分くらいに変更する方が、現実的なんだよね」

「もう少しで社交シーズンに入るから、馬車で移動することも多くなるのよね。フィンが扇涼《ヴェント》を作ってくれて、助かったわ。
サマードレスとはいえ、この暑さには敵わないもの」

まぁ……母さんは侯爵夫人だからな。サマードレスといっても、簡素なものを着るわけにはいかない。装飾や生地の分、余計に暑いのだろう。

「そうだわ、フィン。貴方の礼服も頼んであるから、それを着て王家主催の夜会に参加しなさい」

「……え。自分で用意するつもりだったんだけど」

「どうせ、目立たない地味な服で済ませようとか考えていたのでしょう? 三男だからといって、手を抜いてはいけませんよ」

「まぁ……フィン。学園を卒業して、こんなに素敵な魔導具を作れるようになって……立派に成長したと思っていたのに。まだそんなことを考えていたのね? ティアナと一緒に礼儀作法を学び直す必要があるかしら」

「いや! 大丈夫! ちゃんとしようと思ってたから!
ばぁちゃんはティアナのことだけ考えてくれていたらいいから。ティアナにとって大事なデビュタントだからね」

隣で、じぃちゃんが苦笑いを浮かべていた。

「お前は本当に昔から変わらんな」