侯爵家三男は快適に暮らしたい。〜前世の知識で異世界魔導具づくり〜




フィリップ兄さんは仕様書を片手に、すぐさま作業台へ向かった。


「あ、紺色の扇子ならあるよ」

「いや、自分のを持っている」

そう言うと、ジャケットの内ポケットから、黒の扇子を取り出した。

扇子型魔導具は、冷却魔導具をそのまま小さくしただけでは動かない。
限られた大きさの中へ、冷却の術式、送風の術式、そして魔導回路を収めなければならない。
細かい調整もこれまで以上に必要になる。

どこかでまた、微調整のため、フィリップ兄さんに声をかけられるだろうな。

フィリップ兄さんが扇子の骨組みに、魔導回路を描き始めたところで、俺も止めていた手を再開させた。

慎重に術式を描き足していく。
魔力を流すと、今度は干渉することなく、安定した流れが生まれた。
あとは、設定した時間に合わせて魔力を通す制御部分だけだ。
闇属性の術式が、魔力の流れを抑制し、必要な時だけ魔力を通す。

いい感じだ!
これなら問題なさそうだ。

あ、これにも魔核を使うよな……。
小型で足りるとはいえ、また材料費が掛かるな。これに関しては、時間指定の起動・停止機能を付けるかどうかで、操作盤を、分けて販売するのが良さそう。

その辺もアレク叔父さんと相談になりそうだ。

次は冷却魔導具の本体に、魔導時計の回路と時間指定を受信する術式を組み込んで――


「フィン、魔導具回路の微調整を頼む」

「……分かった」

渡された扇子の骨組みには、綺麗に描かれた魔導回路があった。

「これ、微調整がいらないくらい綺麗に描けてるよ。魔力の流れに乱れもないし、魔導回路同士が接触するような箇所もない」

「そうか。扇子型魔導具の方が冷却魔導具より細かいから、心配だったが」

なんだかんだ言って、フィリップ兄さんは優秀だからね……。

「では、このまま冷却機能を組み込むことにする」

そう言って、フィリップ兄さんは再び作業を再開した。


俺も続きをしよう。

本体に組み込むのは、先ほどやったことの応用だ。
魔導時計の回路と、時間指定を受信する術式を描き込んでいく。
ただ、今回は冷却魔導具そのものを制御する必要がある。 起動と停止のタイミングだけではなく、魔力の流れが安定した状態で切り替わらなければならない。

ここでも魔力絶縁板が必要だな。

……いや、待て。

切り替えの部分だけなら、魔力絶縁板を使えばよかったのでは……?
わざわざ無属性魔法で魔力の流れを制御する必要はなかった。
魔力絶縁板で流れを分離し、必要な部分だけを繋ぐ。 その方が術式も単純になるし、作る側の負担も少ない。

……とはいえ、今さら作り直すのは面倒だ。
そこまで手を入れる気力もない。

次に改良するときの課題だな。


――起動・停止の術式を組み込む際に、少し修正が必要だったけど、何とか完成した。

本体と操作盤の受信にも問題はない。

一度、試してみるか。

一分後に起動するよう設定する。

……。

よし、ちゃんと一分後に起動した。

次は一分後に停止――

これも問題なく停止した。

あとは、寝る前に数時間後の起動を設定しておいて、起きた時に正常に作動しているか確認するのが良さそうだな。


今回のタイマーを再現するのは、少し苦戦した。でも、その過程で一つ思いついたこともある。

フィリップ兄さんが冷却魔導具を作って、最初に起動させた時のことだ。

「寒っ!!」と叫ぶほど強力な冷却だった。

これを既存の冷蔵庫に応用すれば……冷凍庫も作れるんじゃないか?

今のところ、この世界には冷蔵庫は存在する。ただし、冷凍庫は見たことがない。魔導具ではなく、魔石を使って冷凍に近いことをしているだけだ。

冷凍庫を作って、料理長にアイスを作ってもらったら……。

今年の夏は完璧だと思う!

まぁ、フィリップ兄さんの魔力量があってこその、あの寒さだっただろう。 それを再現するとなると……中型の魔核が必要になるか。

……材料費が嵩むな。


「よし、完成だ。試してみよう」

そんな事を考えていると、フィリップ兄さんが完成した扇子型魔導具を仰いでみせた。

「「寒っ!!」」

……やっぱりフィリップ兄さんは、フィリップ兄さんだった……。

「フィン、調整を頼む」

「……うん。全体的には綺麗に描けてるけど、所々、術式の線が太くなってる所があるね」

魔力の流れを確認する。

「この部分で魔力量の流れが増幅したみたい。……術式描写ペンのペン先が少し潰れかけてる。俺が使っていた方も替え時だったけど、こっちも替え時だったみたいだね」

「ペン先を見ただけじゃ分からないな」

「うん、描いてみないと、その差は分かりづらいかも」

「普段から術式描写ペンを使っているが、こんなにも差があるとは気付かなかった」

「魔導具作りでは、細さが重要だからね。魔導回路や術式は、できるだけ細かく描けた方がいい。でも、フィリップ兄さんは魔導師だから、必要な太さが違うんじゃないかな。魔力量に合わせて、ある程度の太さが必要になると思うし」

「確かに。考えてみれば、普段使っているものに、ここまで細いものはないな」

「この細さのものは最近発売された物だから、余計に見る機会もなかったのかも」

修正を終えると、扇子型魔導具は安定して動作するようになった。

「はい、出来たよ」

「ありがとう。ちょうどいい涼しさになった」

「俺はさっきフィリップ兄さんに頼まれてた、師団長室の冷却魔導具をこれから作るけど、フィリップ兄さんはどうする?明日仕事でしょう?」

「いや、3日ほど休みにしている。副師団長には一週間、休みを取れと言われたが」

「そうなんだ」

「なので、私も冷却魔導具を寮で使う様にもう一つ作ろうと思う。先ほどフィンが作っていた、時間指定の機能付きのものを」