侯爵家三男は快適に暮らしたい。〜前世の知識で異世界魔導具づくり〜



「……暑い」

思わず口からこぼれた言葉に、手元の紙が揺れる。

何度目になるか分からないため息をつきながら、俺は机の上に広げた設計図を眺めた。

「これじゃあ、いいアイディアも浮かばないな……」

前世では当たり前だったものが、この世界には存在しない。
ならば、作ればいい。
そう思って魔導具師を目指しているのだが――。

「去年までは送風機があれば快適だったのに、今年はそれだけじゃ夏を越せない気がする…」


ちなみに、この世界に送風機という画期的な魔導具が存在するのは、祖父のおかげだ。
15年前、祖父が生み出したそれは瞬く間に広まり、今では貴族だけでなく庶民の家にも置かれるほど普及している。

「今年の夏が特別暑いだけなのか……それとも…温暖化か?!」

いや、日本…ましてや地球じゃあるまいし。
そんなわけないか。

そういえば、じぃちゃんが送風機を作った後、風量調整機能を追加したり、静音性を高めたりと改良は続けていた。
でも――冷たい風を出す魔導具は、未だに存在しない。

……不思議だ。
風を起こすことができるなら、温度を下げることだってできそうなのに。

それこそ前世であれだけお世話になって、欠かせなかったエアコンがあれば、今年の夏も快適に過ごせるのに。

……あれば?

いや。

なければ。

「作るか……」


送風機の魔導回路を応用すれば、冷風を出すこと自体は難しくない。

問題は温度調節だ。

ただ冷たい風を出すだけなら、今の技術でも可能だろう。でもそれでは部屋を冷やしすぎてしまう。

「快適に過ごすには、一定の温度を保つ必要があるんだよな……」

設計図を眺める。


だけど――。

「この制御の魔法陣が難しいな……」


ここで悩み続けても仕方がない。 まずは形にしてみるか。

この作業部屋程度の広さなら小さい魔核一つで足りるはずだ。まぁ、足りなければ調整すればいい。


小さい魔核なら消費も少ない。 試作品で使うにはちょうどいいはずだ。



さて、問題は本体だ。

「加工し易い鉄製の板を箱型にするのが1番簡単かな…」


前世のエアコンは壁に取り付けるものだった。

でも、ここは王都にある侯爵家の屋敷だ。 勝手に壁へ穴を開けるなんてできない。
……父さんに相談すれば許可はもらえるかもしれない。
でも、まず試作品である以上、失敗した時のことを考えるべきだ。

そうなると、置型か。


でも問題は、冷却する際に発生する熱をどう処理するかだ。
前世のエアコンには、外へ熱を逃がすための装置があった。

「室外機の役割を担う魔法陣も必要になるな……」


まぁ、それは後で考えるとして――今は本体の加工だ。

鉄板に魔力を纏わせる。 硬い金属が少しずつ柔らかくなったところで、慎重に形を整えていく。力任せに曲げれば歪みが出る。魔力を一定に保ちながら、少しずつ形を変えていく。
ゆっくりと曲げ、箱型に形成する。



次は、風向きを変えるための羽根部分だ。

「前面の風向板は三枚でいいかな…」

細長く加工した三枚の羽根を、本体へ取り付ける。接合部分に魔力を流し、金属同士を馴染ませる。
そして、羽根が滑らかに動くように微調整を加えた。


残る工程は、魔導回路と制御用の魔法陣の組み込みだ。
ここが、この魔導具の要になる。


「さて……ここからが本番だな」

そう思った瞬間――

コンコン。

扉を叩く音に、俺は顔を上げる。


「フィン様、昼食のお時間です」


作業部屋の扉の向こうから、使用人の声が聞こえた。

「もうそんな時間か……」

魔導時計を見ると、いつの間にか昼を過ぎようとしている。
夢中になると時間を忘れるのは、昔から変わらない。

「分かった。今行く」

設計図を片付け、俺は立ち上がった。

今日から始まる、新しい魔導具作り。
まずは、この暑い夏を少しでも快適に過ごせればいい。

そんな軽い気持ちで始めたはずだった。