「好きです、付き合ってください」を噛まずに言う練習だったのにメロ先輩とお付き合いした

 そもそもの始まりは、調理室から。

 僕は調理部唯一の男子部員。ぼんやりしてるのが大好きな性格で動きもややスロー気味。
 運動は特別苦手じゃないけど、わざわざやりたいと思わない。人前に出て歌ったり踊ったりとかもそんなに好きじゃない。自分のペースでゆったりのんびりしているのが一番好き。

 そんな僕だけど料理は性に合ってて、周りは女子部員ばかりだけど、みんな優しい。
 週に2回、火曜はしょっぱいもの、木曜は甘いものってみんなで好きなレシピを募って作ってる。
 それ以外の活動は秋の文化祭でのクッキー販売や、無料で配るレシピ集作りぐらい。のんびりゆったり、ゆるゆる部活だからすごく楽しいし気に入ってる。

 今日の活動は甘いものを作る日。僕はずれたバンダナを直すため、鏡の前に立った。
 黒目ばっかり大きい奥二重の目に、白くてややぷくっとした頬。調理部に入ってから家族が喜ぶからって、家でもお菓子作りをするせいか、顔が丸くなったって言われたところ。食べ過ぎには気を付けないと。

(このバンダナ、いつも使ってるのより、ちょっと小さいんだよね。結びにくい)

 もたもたしてたら後ろでどんどんって音がした。振り返ると窓の向こうに背の高いユニフォーム姿の男子がいて、窓を乱暴に叩き続けてる。

「澪君、大塚が来たよ」

 周りのみんなも慣れっこだ。彼はバスケ部員の大塚君。今日もまた出来立てスィーツをつまみ食いに来たんだ。
 大塚君と僕はクラスが一緒。一軍陽キャって感じの彼と大人しめグループにいた僕とでは会話の接点がなかったんだけど、部活の帰りにたまたま会って一緒に帰ったことがあった。その時に作ったシフォンケーキをあげてから仲良くなったんだ。

「今行くね~」

 活動は調理部の方が早めに終わることが多い。だから大塚君は部活の合間の短い休憩中に、勝手に抜け出して、こうして窓をどんどんって叩いて調理室につまみ食いしに来る。
 俺様な性格な上、すごくちゃっかりしてるけど、なんか放っておけない奴だ。

「今日はこれ、メープルスコーン」
「おう、ありがと」

 秋も深まって来た。窓から吹き込む風が少し冷たくて心地よい。大塚君は窓越しに僕が差しだした香ばしいスコーンをがつがつと頬張ってる。
 大塚君はイケメンといえるけど、目がクリッとしてて前歯がちょっとだけ大きいから、頬っぺたを膨らましていると欲張りなリスみたいでちょっと微笑ましい。
 僕がニコニコしながら大塚君が食べる姿を眺めてたら、ちょっとだけそっぽを向いてた。

「じっと見んなし」
「えー、美味しそうに食べてくれるところが見たいんじゃん」

 大塚君は素直じゃない性格だから、味の感想とかはいつも適当。
 甘い、しょっぱい、辛い、みたいな、日本語覚えたての子どもより語彙力低め。でもまあ、こういう人なんだって思ってるから僕は気にならない。

「あのさ」
「うん? もっと食べたい」
「ああ、もう一個食える、じゃなくてあの……」
「なあに?」

 歯切れが悪いけど、なんかぶつぶつ一生懸命言おうとしてるから僕も窓越しに身を乗り出した。

「おい、危ないぞ」

 向こう側で大塚君が僕の肩をぐっと掴んだ。

「別に一階だし。大丈夫」

 僕らのやり取りを見てた女子が、「空気感甘酸っぱ」とか言いながら通り過ぎていった。 大塚君は僕を調理室側にぐっと押し戻してやっと目を見て来た。