「好きです、付き合ってください」を噛まずに言う練習だったのにメロ先輩とお付き合いした

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 先週の金曜日。夏休み明け、顧問に進路のことで相談があって久しぶりにバスケ部の活動中の体育館に行った。
 短い休憩時間、1年の部員が顔を突き合わせて大声で喋ってる内容が俺の耳まで届いた。

「大塚だけ勝手に抜け出して調理部でお菓子食べさせて貰ってるの、ズルくね?」
(大塚ね……)

 一年部員の問題児。プレイはうまい、でも自己中な俺様気質。しょっちゅう他の部員と揉めてて、でも休憩の時にふらっとどこかに行って戻るようになってから、ラフな動きをすることが減って来た。
 2・3年的には、大塚がいい気持ちの切り替え方法を見つけたんだと解釈してたんだが、そういうわけだったのか。

「なんか今週の金曜日の休憩時間に佐藤呼び出して、変なチャレンジやるらしいとか調理部の女子が言ってたな。『好きです、付き合ってください』って佐藤に十回連続で言わせて、噛まなかったらあいつがビュッフェ奢るんだと』
『なんだそりゃ? 告白っぽく切り抜いてインテレグラムの本アカに流したら、佐藤と気まずくなって、大塚ももう調理部に行けなくなるんじゃん』

(なんだこいつら。男の嫉妬って面倒くせぇな……)

 そもそも大塚も女子呼び出してわけ分からないチャレンジさせるとか、ノンデリ過ぎてドン引きだし、その『佐藤』って子がただ大塚の事が好きで、お菓子を作って食べさせてただけなのに、下らない争いに巻き込まれて傷つくのは可哀そうだと思った。
 だから俺は次の金曜日にも休憩時間の前に体育館に来て、出入り口付近でその子が来るのを待ってた。
 らしくないことをしている自覚はあった。
 何故かといえば、いままで付き合った女子に言わせると俺は冷たい人間、らしい。
 向こうから付き合って欲しいって言われて、付き合ったけど、あまり長続きしない。連絡が来たら返したり、行きたいって言われる場所にはそれなりに一緒に出かけたりもしてた。
 でもそれではダメなんだって。

 『全部何もかも私からじゃん、依弦って誰にも関心ないんだね』そんな風に言われて、毎回同じ理由でフラれた。

 夏の終わり、進路のことで、当時付き合ってた子とも揉めた。
 彼女はどうしても俺と同じ大学に行きたいから一緒に一般入試にしようと言ってきた。でも俺は一年の時から好成績をキープし続けてきて、行きたい大学の指定校推薦をとる予定だった。
 その時も「私の事が好きだったら、私に合わせてくれるはずでしょ? 依弦は自分のことばっかり」って言われてふられた。
 俺はそんなに自分の事ばかり考えているか? 俺を好きって言ってくれる子は俺の見た目を気に入って、中身も自分の思う通りになって欲しいって思う子ばかりで、結局俺の中に勝手な理想ばかりを見ているんだって、気がついた。

(好きって言ってくれる人と付き合ったらまあ幸せなんじゃないかって思ってたけど……そうでもない)

 だから関係ないのに首を突っ込んで、顔も知らない女子が傷つくのを俺が阻止しようとしているなんて、元カノたちが知ったら『人に関心がない依弦がそんなお節介するなんて、どういう風の吹き回し?』ってせせら笑って呆れられそうだとは思った。
 だけど現れた『佐藤』は可愛らしい顔をしていたけど、男子で……。それが澪だった。

 びっくりしたけど、あの生意気な大塚が執着している相手に興味も湧いてた。
 澪は視界にいた俺には気づかず、扉に寄り掛かってぶつぶつ「好きです、付き合ってください」の練習を始めた。それはもう、必死な様子で。
 華奢な身体で、紙袋を持って、たまに上下に手を振って拍子をつけたり、何回かぶつぶつ唱えて「あ、噛んじゃった」って可愛らしい独り言を呟いてた。なんか健気な姿に、増々気の毒になって来た。
 どう忠告すればいいんだろう。お前嵌められるぞ、止めとけっていえばいいんだろうか。
 大塚に騙されたって傷つくところを見たくないと思った。ビュッフェなんて俺がいくらでも連れて行ってあげるって言いたかった。
 可哀そうで、可愛くて、不思議な感情が浮かぶ。
 とにかく声をかけてみよう。
 澪の前に俺が飛び出したのと、「好きです、付き合ってください!」まっすぐで迷いのない声が、矢のように俺に向かって飛んできたのが同時だったと思う。

 なんであの時「いいよ、付き合おう」なんて言ったのか、自分でも分からない。
 でももしかしたら、俺は変わりたいって思ってたのかもしれない。
 誰かの都合だけで好きになられるんじゃなくて、もっと俺を知ってもらいたい、俺も相手を知りたいと思える人と付き合ってみたいって。
 澪はその点、出会った時から意外性の塊だった。真ん丸大きな目、柔らかそうな丸い頬、華奢で頼りなげに見えたのに、心は広くて暖かい。
 傍にいると癒されるし、護ってあげたいってどんどん大事にしたくなる。

(もしかして、これが俺にとっての初恋なのかもな) 

 そう思わせる、特別な子だ。
 あの告白が勘違いだったと、俺が知っていたことを澪に知られた時、多分俺とのお付き合いを終わらせようとした気配があった。
(絶対にダメだ。ここで掴まえないと)
 勘違いでも何でもいいんだ。恋をするなら澪がいい。
 告白が実って、両思いになってからも、俺たちの関係はのんびり、ゆったり、お互いのペースで続いた。
 今日は俺の部屋で一緒に試験勉強、これがデート代わりなんて、可哀そうだよなって思うんだけど、澪はそういうの構わないらしい。
 澪は見た目はふわふわのんびり可愛らしい感じだけど、心には一本筋が通ってて、凄くしっかりしている。大塚にもあの後はっきりと言ったらしい。
『調理部のみんなもこれまでみたいに大塚君が、お菓子食べに来るのは良くないって思ってる。だから差し入れ用に別途材料費を頂きます。バスケ部で他にも食べたい人がいたらちゃんとその人の分も作るから、大塚君が話を纏めてきて』
 そう言い切って、あの自己中で俺様な大塚を動かしたらしい。うちの部の司令塔に是非欲しいぐらいだと思った。
 澪は、しなやかで優しく、人としてちゃんと立っている感じがする。それがいいところだ。だけどしっかりしすぎないで欲しい。俺の方がずっと、澪に構いたくなってしまって困る。

「なあ、そろそろ休憩しない?」

 集中して課題を解いていたのか、澪もふーっと柔らかい吐息を付いた。

「うん。今日のおやつはこれでーす! クランベリーシフォンケーキ」

 紙袋の中からやたら大きな箱を取り出すと、中を開けて、ふわふわの表面を俺に見せて来た。

「美味しそう」
「ふわふわにできました!」

 そう言って笑う頬がうっすら赤くて、すごく可愛い。俺は思わず指を伸ばして、澪の頬に触れた。

「ふわふわだ」
「ち、違います。僕じゃなくて、シフォンケーキが……!」

 あまりに可愛い顔をしてたから、思わず顎に手をかけて、衝動的にキスしてしまったのは俺が行けないんだろうか? 

「ふえ……」

 眉を下げて泣きそうな、困ったような顔になった澪に、俺はもう一度キスをしてから立ち上がった。

「飲み物と皿持ってくるから、ちょっと待ってて」

 部屋を出たら、中から「わああああっ」って悲鳴が聞こえてきて、俺も扉に寄り掛かって両手で口元を覆ってしまった。

「顔あっつ……」

 口元がにやけてしまう。俺いま、人に見せられない、だらしない顔になってるな、きっと。澪が可愛すぎて、煽られて、自分でもどうしようもないぐらいに初恋に翻弄されてる。

(俺も『わああああっ』だよ)

 そしたら扉が後ろからぐっと押された。扉の間から澪が真っ赤な顔を覗かせる。

「あ……、僕もお茶入れるの手伝い、ますね」

 林檎みたいに色白の頬を真っ赤にした俺の恋人は、スィーツより甘くて、堪らなく可愛い。もう一回桜色の唇にキスをして、俺は甘いお菓子の香りがする恋人をぎゅうっと抱きしめた。