プリンセスになりたくない俺は、準プリンスと付き合うことにした

「お待たせ」
 涼やかな声が鼓膜を打つ。決して大きくはないのに、まわりのざわめきも漂う油の匂いも一瞬で浄化してしまう。放課後のファストフード店が緑の風が吹く草原にでもなったかのようだ。
「お腹空いたね」
「ああ」
 相澤がトレーをテーブルに載せ、向かいに座る。トレーひとつに二人分の飲み物とバーガーとポテトがぎゅうぎゅうに載っていた。
「……ありがと」
「吉田くんも席とっておいてくれてありがと」
 相澤がとても自然に微笑むので、そのまま見つめてしまう。すごい。相澤は隙なくプリンスらしさを出してくる。俺は周囲を浄化させる声は持っていないから、この微笑みだけでも参考にしたいところだが、自分の笑顔が想像できない。可愛いと言われないためには常に睨みをきかせなくてはならなかったし。そういえば、相澤の笑顔を可愛いと思ったことはないな。そうか可愛いではない笑顔もあるのか。もっと観察しないと。
「吉田くん? 食べないの?」
「……食べる」
 無遠慮に見つめていたというのに、相澤は嫌な顔ひとつしない。慣れているのかもしれないが、やっぱりすごい。
 相澤の言ったとおり、そばにいたほうが参考にすべきことは簡単に見つかる。そういえば「一緒にいればいるほど似るものだから」ってうちのばあちゃんが言っていたな。そうか、だから相澤もわざわざこんな提案をしてくれたのか。やっぱり相澤はすごい。頭がいいのは知っていたが、勉強だけではないんだな。
「あっ、これ美味しい」
 ストローから口を離した相澤が「吉田くんも飲む?」とこちらへ傾ける。ほんの少し顔を近づければ、ストローの先が唇にあたる、そんな距離だ。
「いや、大丈夫」
「遠慮しなくていいよ」
 断ったはずなのに、なぜか「はい」とさらに距離を縮められる。思わず上半身を反らせば
「吉田くん、こういうの気にするタイプ?」
 と相澤がくるりと丸い瞳を向けてくる。猫がおもちゃを前にしたみたいに。
「こういうのって」
「回し飲みとか? 間接キスとか? 気にする?」
「キ……、いや、べつに気にしねーし」
「そうだよね。こういうのっていちいち気にするほうが格好悪く見えるもんね」
 動揺を悟られたくなくて、わざと眉間に力を込める。決して俺は間接キスに反応したわけじゃない。格好悪いのが嫌なだけだ。
「はい、美味しいよ」
「……じゃあ、ひとくちだけ」
「うん」
 さすがに差し出されたまま咥えるわけにはいかないので、紙コップごと受け取る。冷たい水滴が一瞬で指を濡らした。そういえば中身なんだろう。確かめずに受け取ってしまった。
「相澤は気にしないんだな」
「僕?」
「相澤こそもっと気にするタイプかと思った。格好悪いとかそういう意味じゃなくて」
 見た目だけでなく、相澤はひとつひとつの所作が丁寧で美しい。だからこそ潔癖でもあるのかと思ったのだけど。自ら差し出してくるということは違うのか。
「そうだね。僕は結構気にするタイプだよ。吉田くんが特別なだけで」
 思わず強く吸い上げてしまい、冷たい甘さが喉の奥まで飛んでくる。炭酸が刺激とともに弾ける。
「ゴホッゴホッ……っ、なんで……ゴホッ」
「大丈夫? 変なところ入った?」
 お前のせいだろう、と言いたいが喉の違和感を吐き出すほうが先だ。ひと通りむせ終えて、涙目になったところでようやく落ち着く。
「ごめんね。そんなにびっくりすると思わなくて」
「……特別ってなんだよ」
「特別でしょ? 吉田くんは恋人なんだから」
 決して大きくはなかったが小声でもなかった。反射的に周囲を見回す。近くにうちの学校の制服はいない。ちらちらと相澤を盗み見る視線はあるものの、距離があるから会話は聞こえていないだろう。聞こえていたらもっと表情に出ているはずだ。
 はあ、と安堵のため息を漏らせば「そんなに気にしなくていいのに」とくすぐったそうに相澤が笑う。
「さっきも言ったけど、噂になったらお前が困るだろ」
「困る? 僕が?」
「そうだよ。俺はあることないこと言われるのなんて慣れてるけど。お前は違うだろ。あくまで俺に協力するためであって本気じゃないんだし、それに」
「吉田くん」
 すっと言葉が遮られる。そしてなぜか相澤は再びストローをこちらに向けてくる。
「味わからなかったでしょ。もうひとくち飲みなよ」
「いや、でも」
「参考に――するんでしょ?」
 にっこりと微笑まれ、相澤の笑顔は「壁」であると同時に「圧力」でもあるのだと知る。決して逆らってはいけないと俺の本能が警告する。そうか、プリンスには爽やかさだけじゃない、上に立つ者としての力も必要なのか。
 相澤はやっぱりすごい。睨んで相手を黙らせる俺とは違う。笑顔で屈服させるなんて。俺よりもずっとヤンキーの才能があるかもしれない。つまりプリンス力を身につければヤンキーレベルも上げられるということか。一石二鳥じゃないか。
「ああ、参考にさせてもらうな」
 いつもの鍛錬に加え、今日からは笑顔の特訓もしなくては。できることがひとつでも見つかり、少しだけ胸の重さが抜ける。
「これブドウ味か? 美味しいな」
 改めて口のなかに広がっていく甘さを味わっていると「吉田くんって……」と小さく息を吐き出される。続きがあるのかと待ってみたが「こっちちょうだい」と相澤にコーラを奪われただけだった。