プリンセスになりたくない俺は、準プリンスと付き合うことにした

 放課後、相澤の呼び出し(「顔貸せよ」と言ってみた)に成功した俺は、校舎裏の非常階段で初めてまともに相澤と向き合う。
「一週間だけ付き合う?」
 相澤の言葉をそのまま繰り返してしまうくらい、俺は混乱していた。
 踊り場を抜けた風は、夏休み明けとは思えないほどひやりと冷たい。雨が降るのかもしれない。雨どころか季節外れの雪ですら降ってもおかしくはないだろう。俺がこの提案に頷いたのなら。
 だって、まさか「それならアンケート実施までの一週間、僕と付き合えばいいんじゃないかな」なんて言われると思わないじゃないか。
「相澤、彼女いないんだっけ?」
「いないよ。吉田くんもいないよね」
 なんで断定できるんだと思いながらも事実なので頷くしかない。
「それなら問題ないね」
「いやいやいや」
「だって困ってるんでしょ」
「そうだけど。でも、付き合うって、相澤のこ、こい、恋人に俺がなるってことだろう?」
「そうだよ」
「それはさすがに申し訳ないだろ」
「誰に?」
「誰にって。相澤のことがすきなやつなんていっぱいいるし、相澤だって俺と付き合ってるって噂されていいことなんてないだろ」
「つまり吉田くん側に問題はないんだね?」
「それは、まあ、頼んでるのこっちだし」
「だよね」
 およそ生徒会長らしくない不敵な笑みを相澤は浮かべていた。あれ、こんな顔するやつだっけ? ほとんど遠目にしか見たことなかったから知らなかった。
 俺とは違い、一回も染められたことのなさそうなサラサラの髪が揺れる。隙間から覗く瞳、薄く日焼けの残る肌、鼻筋から顎にかけてのライン、なんでもない瞬間を美しい絵画を見たときのような心地にさせるほど、相澤は整った顔をしている。さすが去年の準プリンス。
「相澤は本当に迷惑じゃねえの?」
「プリンスにどうやったらなれるか教えてほしいってことだったよね? それなら実際にそばで参考にしたほうが効率的でしょ。僕もいちいち説明するよりラクだし」
 確かに口頭で説明されたところでうまく実践できるかどうかは不明だし、こちらとしてはありがたい。なにより相澤がラクなほうがいいに決まっている。
「投票まで一週間しかないしね」
 踊り場の手すりを背に、相澤が視線を遠くへ向ける。校舎の端に位置するので、見えるのは体育館の屋根と裏山くらいだ。グラウンドは一部しか視界に入らない。それでも相澤の視線がなにを言いたいのかはわかる。
 二週間後の文化祭では、校舎正面のグラウンドに立派なステージが作られる。
 そうだ、迷っている暇なんてない。せっかく相澤が協力してくれるのだ。しかも俺のためにわざわざこんな提案までして。どう考えても俺より相澤のほうが困るだろうに。ここは相澤の心意気に敬意を表するべきであって、俺が戸惑うなんてあってはいけない。
「わかった。よろしく頼む」
「――うん」
 静かに落とされた言葉を風が攫う。湿度を含んだそれが、確かな雨の気配を連れてくる。空は暗く曇り、灰色のフィルターがかけられる。それなのに、どうしてだろう。
「吉田くん」
 俺の名前を呼んだ相澤は笑っていた。先ほどまでの不敵な笑みでも、普段目にする隙のない微笑みでもない。太陽なんて見えないのに、眩しそうなもので見るかのように。
「一週間よろしくね」
 右手を差し出され、わざわざ握手してくれるのかと心が弾んでしまう。すでにすごい仲間っぽい。
「ああ、よろしく」
 同じく右手を伸ばした俺に「違うでしょ」と、相澤の手が方向を変える。一瞬で左手があたたかな温度に包まれた。反射的に振り払いそうになるが、相澤が距離を詰めるほうが早かった。
「僕たちはもう『恋人』なんだから」
 耳のそばで囁かれ、びくっと肩が揺れる。
「ね、吉田くん」
「……あ、ああ」
「じゃあこのまま一緒に帰ろうか」
 え、と揺れた言葉をぐっと飲み込む。いやいやいや、断ろうとしてどうする。相澤がここまで協力してくれているのだから、俺は感謝して全力でプリンスについて学ばねば。
「わかった」
 俺が頷くと、左手を包む形が変わる。するりと指の間に相澤の指が入る。初めての繋ぎ方に「えっ」と相澤を見上げる。けれど、相澤は「ん?」と笑って顔を傾けるだけで離そうとはしない。
「……いや、なんでもない」
 こういうさり気なさがプリンスにはきっと必要なのだろう。